のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『スラムドッグ$ミリオネア』

2009-06-02 | 映画
やっとこさ『スラムドッグ$ミリオネア』を観てまいりました。

うーむ面白かった。
そしてこれまたいい作品でございました。
スクリーンいっぱいに溢れるエネルギーと鮮烈な色彩感覚に圧倒されました。
観る前は何となく、『世界最速のインディアン』のような「痛快な、いい話」かなと思っていたのでございますが、蓋を開けてみればインド社会や人間の心の暗い側面がほとんど間断なく描かれており、R指定になっている理由が分かりました。
しかしそんな暗さをもぶっちぎる疾走感で、躍り出したくなるインドポップスに乗せて映画はガンガン進んで行くのでございます。

スラムに暮らす3人の孤児、主人公ジャマールとその兄サリーム、初恋の人ラティカは、貧困、犯罪、宗教対立といった社会的な闇、そして嫉妬,金銭欲、利己心といった人の心の闇に否応なく呑み込まれ、その中でしたたかに生き、成長して行きます。
巨大で混沌とした闇の中を、希望とラティカへの思いを胸に一心に駆けるジャマール。
苦いあきらめを抱いて、闇のただ中で躍るラティカ。
そして時に悪辣な手段を使って、如才なく闇の中を泳いで行くサリーム。
「運命」に翻弄されたのは、さて、誰だったのか。

ジャマールたちを呑み込む闇は所々で目を背けたくなるほどのどす黒さを呈しますが、その中を突っ走る兄弟のパワフルさからは目が離せません。
また、回想シーンの疾走感に対して、クイズ場面の緊張感はまさに手に汗握るハラハラもの。
スクリーンの中で、見ず知らずの無学な「スラムドッグ」、ジャマールを応援する観衆と一緒に、スクリーンの外ののろも両手を握りしめ、祈るような気持ちで彼の一答、一答を打ちまもったのでございます。
私は「クイズ・ミリオネア」を見たことがございませんので、クイズの仕組みも知らなかったんでございますが、そのことが場面の緊張感を削ぐことはございませんでした。

映画は、不正手段でクイズを勝ち抜いたという疑惑をかけられたジャマールが留置所で取り調べ(というか拷問)を受ける場面から始まり、留置所、クイズ場面、そしてジャマールの回想シーンが交錯しながら進んでまいります。
時系列が行ったり来たりするにもかかわらず見づらさを全く感じさせず、ラストの数分で、それまでに語られたことごと-----ジャマール,サリーム,ラティカに降り掛かった運命、そして3人の選択-----が、ひとつの終幕に向って加速度的に収斂していくその描き方は実に見事でございました。

インドの暗い側面ばかりを描いてけしからん、というインド国内の反発もあるようでございます。しかしインドが長い歴史と独自の文化を持っていることや、昨今目覚ましい経済成長をとげていることが言わずもがなの事実なら、依然として世界最大の貧困人口を擁する国であることも隠しようのない事実なのであっって、そういう側は描くなと言うのもいかがなものかと。
それよりもこの清濁合わせ呑んで疾走するエネルギーを、これぞインドパワーじゃー と誇ってやればいいのじゃないかしらん。
映画を批判したところで、社会問題を解決できるわけでも隠せるわけでもございませんし。

Jai Ho