旅限無(りょげむ)

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良いお役人 其の参

2006-03-29 12:25:29 | 政治
■ますます能天気な調子が高まって行きますぞ。

自然を大切にする心は、省エネ製品や低公害車に生かされ、自然の中で育まれた美と感性は、家具や家電製品の洗練されたデザインに結実している。自然の食材を大切にする日本食は、世界の垂涎(すいぜん)の的でもある。

■病硬膏(やまいこうこう)に至る、とはこの事でしょうなあ。「省エネ製品」は二度の石油ショックを乗り切る為に渋々始まった技術ですし、「低公害」製品は1960年代の深刻な公害問題に怒った住民が、あちこちに革新首長を選出したりマスコミが次々と反公害キャンペーンを張ったので、困った企業が対策を取り始めただけの事でしょう?それは日本の伝統でもないし、伝統的な「美と感性」とも無関係です。それにしても、「美と感性」が大好きな人ですなあ。御自身は「名文」だと思い込んでいるのでしょうが、誰か教えて上げた方が良いですぞ。

■本当に日本の家電製品が「洗練されたデザイン」を手に入れているのなら、ドイツ人に大金を巻き上げられて奇怪なゴミ処理場を建設した大阪市などは大罪を犯していることになりますし、服やらバッグやら、借金してでも欧州製を買い漁っている日本人をどう説明すれば良いのでしょう?日本の大金持ちは、日本車なんか買わないでしょうに!その上、「世界の垂涎の的」であるはずの日本食文化は遠い昔に崩壊していているのは、昨今の「牛肉騒動」でも分かるでしょうし、こんな寝言を言っている暇が有ったら早く捕鯨が再開できる手助けでもして欲しいものですなあ。野菜も魚介類も環境汚染が深刻な中国から続々と輸入されて、貧乏人は安全よりも安価である事を選ばねばならないのが、現在の日本食文化の状況と言うものです。


日本の伝統産業を支えた巧みの心は、日本のモノづくりに息づいている。引き継がれた技や知恵に新しい技術や発想を取り入れる手法は、日本特有の巧みの技を造り上げてきた。精巧な陶磁器や漆器、木製品などはその伝統性を超えて、現代の生活様式に新しい潤いを与える力である。日本の織物は、海外で洋装ファッションの素材としても高く評価されている。

■紙面に掲載されているスーツ姿の写真を拝見すると、その服地は絶対に英国製ではないのでしょうな?そして、毎日使う汁椀も高級漆器なのでしょうし、茶碗や皿も数千円以上で購入した物なのでしょう。間違っても100円ショップなどで買った商品ではないに違い有りません。それにしても、この人が講読している新聞には、「2007年問題」で大量の退職者が伝え切れない技術や情報が膨大に消えてしまうと日本中が大騒ぎしている事や、伝統工芸品は後継者も顧客も失って間も無く死滅する運命を辿っている話なども載っていないようです。それにしても「伝統性を超える」だの「新しい潤い」だの、どこからこんなヘンテコリンな表現を引き出して来るのでしょう?「巧みの技」などと、内橋克人さんが随分前に流行らせた言葉を恥ずかしげも無く使える神経も大したものです。


日本人の心の中には、個性を磨き、気品を保ち、礼節を大切にするふるまいの心がある。華道や茶道の奥義は、形を精神の美しさにまで高め、連歌は、調和と創造を象徴する優雅さがある。これは、気品あるデザインや粋な演出につながろう。……

■引用はこの辺で終りますが、この段落などは藤原正彦先生の本からの丸写しではないかと思われます。「個性」「気品」「礼節」の心と最も縁遠いのが官僚の世界なのではないでしょうか?そんな世界に何十年も居ながら「華道や茶道の奥義」を学べたら奇跡です。「調和と創造を象徴する優雅さ」などと、ここにも意味不明の表現が飛び出していますなあ。御本人は得意なのでしょうが、意味がさっぱり分かりません。そして「粋(いき)」というのは江戸文化だけに通用する感覚で「野暮」の反対です。この野暮を煮詰めたような文章中に突然出て来ると、読んでいる方は大いに慌ててしまいますなあ。

■福川伸次さんの肩書きは「機械産業記念事業財団会長」なのだそうで、名前だけ見たら何をやっている財団なのかさっぱり分かりません。元通産事務次官の74歳だそうですから、バブルが破裂した頃には50代の働き盛りだったのでしょう。こんな人が活躍していたのですから、欧米にしてやられるのも納得が行きます。「新日本様式協議会」などという恥ずかしい暇潰しは早く止めて、少しは中身の詰まった日本語が書けるように勉強し直して欲しいものであります。


……最近、日本は共産国家ではないのだし、別に役人に贅を凝らした住宅をあてがうこともないだろうにという意見が出てきた。
 そうしたら森義朗前総理が、役人からいい官舎を取り上げたら、いい役人が集まらなくなると言い出した。
 過去にいい役人がいたとは知らなかった。

■これは『週刊新潮』3月30日号に高山正之さんが書いた「変見自在」の最後の段落です。福川さんのような人は、こういう分かり易い文章は嫌いなのでしょうなあ。

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