旅限無(りょげむ)

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対話と圧力 其の壱

2007-04-06 16:33:10 | 外交・世界情勢全般
■3月23日に発生したイラク駐留の英国軍兵15人の拿捕事件は、2週間で全員の無事帰還という形で決着を見ました。丁度、日本では英会話講師の英国人女性が日本人青年に殺害された事件が発生して大騒ぎしている時期と重なっていましたが、あちらは解決で、こちらは未解決であります。航空自衛隊の駐留延長問題も起きていたと言うのに、何故か日本での報道では詳しい事がまったく伝えられていませんでしたなあ。「表」の各種マスコミを使ったリーク合戦と、どうやら米国が暗躍したとしか思えない「裏」の交渉とが組んづ解れつしながら、ほぼ10日間の攻防が、表面的には外交分野だけで解決したようです。

■拿捕された兵士の中に女性が1人含まれていた事が、欧州とイランとの間で微妙な違いを見せて事態は動き続けました。地元の習慣に従ってスカーフで髪を隠してのインタヴューに始まり、直筆の手紙が2通書かれたり、途中では彼女だけを解放するという案が出たり消えたり、男の兵士からは「領海侵犯」を認める発言が有ったとか無かったとか、そんなニュースが流れる中で、ペルシア湾で大規模な演習をしていた米軍が、いよいよイラン攻撃を開始するのではないか?という憶測記事も飛び交いましたなあ。


イランに2週間にわたり拘束され解放された英兵士15人が5日、英国に到着し家族と対面した。今回の事件がイランの核開発問題に、どのような影響を及ぼすかに焦点は移った。イラン最高指導者ハメネイ師の国際問題に関する諮問役を務めるアリ・アクバル・ベラヤティ氏は5日、ブレア英首相が今回の事件について個人的に謝罪した書簡を送ったことから、英兵を解放するに至ったと述べた。英首相官邸はこれを明確に否定した。

■日本でも訪米を前にした安倍総理に「河野談話」という難題が再燃しているように、国家として「謝罪」するというのは大変なことです。相手が怒っているから、相手を宥めるために、などと簡単に考えて、うっかり相手とヒューマニズムを共有していると幻想を持つと、相手は「水に流す」どころか石に刻んで延々と利用し続けるのが外交というものです。ですから、領海侵犯は無かった!と主張し続ける英国政府としては、明確な「謝罪」を意味する文言などを使うはずはなく、イラン側がそう解釈出来るかも知れない、という程度の表現に留めているでしょう。

■ブレア首相は「謝罪」の代わりに「今後の約束」を伝えることで難しい交渉をまとめ上げたようです。イラン側も「贈り物」として兵士を解放すると言っているのですから、「謝罪」の有無を蒸し返すような事はしないでしょう。嗚呼、日本ももっと早く拉致犯罪の調査を始めて国中が大騒ぎしていれば、平壌での会議で「贈り物」が貰えたかも知れないのに……。


ブレア首相は、外交努力と強い国際的な支援が実を結んだとの見方を示すとともに、今回の事件がイランとの新たな対話のルートを開いたとし、今後も同国とのルートを維持することは理にかなっていると指摘した。そのうえで「ただ核開発問題あるいはイラン政権のテロ活動への支援問題に関して、国際社会は、意思を実行していく確固たる姿勢を堅持しなければならない」と述べた。……

■「国際的支援」とは言っても、米軍の「圧力」とは言わないのが外交の妙味と言えましょうなあ。米軍の「圧力」頼みの日本とは随分と違う味付けのようです。


……アナリストは、ブレア首相の外交政策顧問であるナイジェル・セインウォルド氏が、イランの核問題をめぐる協議でイランの首席代表を務めるラリジャニ最高安全保障委員会事務局長と直接対話したことは好ましいとみている。英国際戦略研究所のマーク・フィッツパトリック上級研究員は「ラリジャニ事務局長は穏健派ではないが現実主義者」として、ウラン濃縮の停止に向けて事務局長がイランの体面を保ちながら何らかの合意に達する方策をとることが期待されると述べた。
2007年4月6日 ロイター

■交渉は15人の奪還だけを扱っていたのではない事がよく分かりますなあ。米国が逮捕したイラン人外交官とのバーター取引という話も出ていたようですが、米英共に今回の問題とテロ支援活動の疑惑とを明確に切り離して交渉するという方針は揺るがなったようです。但し、核開発問題を外交交渉によって解決するパイプ作りには大いに利用したようです。すっかり暗礁に乗り上げてしまっているイランの核開発問題が、これを期に「対話」の英国と「圧力」の米国という役割分担が確立する可能性が出て来ました。

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