旅限無(りょげむ)

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北朝鮮の核 余話 其の弐

2008-10-18 16:13:22 | 外交・情勢(アジア)
■ブッシュ政権が北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除に踏み切る10日前、産経新聞に重要なインタヴュー記事が掲載されまして、これを下敷きに過去のブログを検証しようと考えていた矢先に、指定解除!の呆気ない幕切れとなってしまったのでした。インタヴューに応じているのは米中央情報局に25年間在籍し、1996年から北朝鮮分析を担当。2003~2005年には東アジア部長としてブッシュ大統領に北朝鮮情勢を直接報告していた、アーサー・ブラウン氏です。

金正日総書記の健康状態が注目される中、北朝鮮は寧辺の核関連施設の再稼働に向けた動きを加速させている。……20年にわたり北朝鮮分析を担当したアーサー・ブラウン氏(57)は産経新聞と会見し、「金正日氏は元の執務状態には戻れない」とする一方、「北朝鮮はすでに核弾頭の小型化に成功している」と述べ、強い懸念を表明した。……

■核弾頭の「小型化」に関しては韓国の情報筋からも話は出ておりました。妙に呑気な日本ですが、これ見よがしに巨大なミサイルに載せなくても、高速不審船に取り付けて英雄的決死隊が日本海を渡って来る悪夢もイメージしておいた方が良いかも知れません。偽札を詰め込んでいた外交官の手荷物に納まるほど小さくなってはいないでしょうからなあ。


--金正日総書記の病状は

「深刻な脳卒中で左側にマヒが残った。手術をやったかどうかはわからない。……北朝鮮は中国に連絡し中国は北朝鮮に医者を送ったが、1日か2日かかったため、病状が悪化した。元の執務状態には戻れない。しかしダメージの程度は不明だ。5人の中国人医師と2人のフランス人医師が担当した。6カ月は危ない状況が続く」

■どうやら米国では「もう死んでいる」説を採用していないようです。治療を担当した医師からの情報を北京政府がどれほど米国に流しているのかは分かりませんが、フランスからも医師が飛んで来たという事実には注目すべきでしょうなあ。日本にも優秀な脳外科医がたくさん居るのに、遠い欧州から医師が呼ばれるという事は、日本人が考えるよりも遥かに北朝鮮と欧州諸国との間には緊密な関係が構築されている証拠です。地下資源ビジネスの先陣争いが始まっているという話は有りましたが、大きな軍需産業を抱えているフランスの動きには要注意でしょうなあ。


--米国は「ポスト金正日」についてどう、分析しているか

「まだ『ポスト金正日』という段階ではない。80%の回復で彼が(執権を)続けるかもしれない。……もし彼(金総書記)が死亡したらどうなるのか。3人の息子の一人が継ぐのか、集団指導体制になるのか、(第4夫人といわれる)金玉氏や義弟の張成沢氏が実権を握るのか。いずれにしても実際にはわからない。向こうがまだ、決めていないからだ。分析は推測だ」

 --「ポスト金正日」で北朝鮮が改革開放に向かう可能性は?

「金総書記が生きている間に改革開放はない。むしろ強硬になるだろう。自信を持って表に出せる後継者がいない段階で解放政策には向かわないだろう」

--金総書記の健康問題で北朝鮮の核管理の不透明に懸念が高まっているが

「金総書記が生きているか死んでいるかとは関係なく、(CIAは北朝鮮による)核拡散があると考えている。長期的な計画として(北朝鮮が核兵器を売却することは)あると考えている」

■どうやら、ブッシュ政権が慌てて指定解除に踏み切ったのは、芝居かもしれない第二回核実験に驚いたからではなく、対テロ戦争の中で最悪のケースと考えられている「核拡散」の可能性が高まっている事実をつかんでいたからのようです。任期が切れる前に、少なくとも核拡散の芽を摘んでおかねば、後々、世界中に禍のタネをばら撒いて去ったバカ大統領という評価が固まりますからなあ。そのためにも、将軍様には交渉相手として何としても生きていて貰わねばならないわけです。

北朝鮮の核 余話 其の壱

2008-10-18 15:11:43 | 外交・情勢(アジア)
■「起きて欲しくない事は、それが最も起こって欲しくない時に起こる」という不愉快な連鎖を『マーフィーの法則』と言うのだそうです。ヴェトナム戦争を経験した米兵士が自らの実体験から導いたものだとか……。

北朝鮮が、世界各地の大使館など在外公館に対し、職員の出張を控え、本国の「重要発表」に備えるよう命じる「禁足令」を出していることが17日、分かった。複数の関係者が明らかにした。数日以内に発令されたと見られる。関係者の間では重要発表について、「南北関係か、金正日総書記の健康関連の話ではないか」との見方が出ている。
10月18日 読売新聞

■「重要発表」と言っても、またぞろ何処かの軍隊を視察しただの、サッカー試合を観戦しただのという話ではなさそうです。「健康関連」の発表にしても、長寿研究所が開発した秘薬が効いて奇跡的に元気になった!という話でもなさそうです。テロ支援国家指定が解除され、形だけでも核関連施設の査察を受け入れて、ほんの少しばかりまともな国に変身するポーズを取り始めたことになっている、と米国政府が言い張っている状況でありますから、「将軍様はもう死んでいる」とか「三代目は○○同志になってます」などの大変化を既成事実としてさらりと発表するのかも知れませんなあ。

■在外公館からの一斉引き上げ命令ではなく、配属された国内に留まれ!という命令ですから、核弾頭や生物化学兵器入り弾頭を載せたミサイルを相手構わずぶっ放そうという話でもなさそうです。拙ブログで、以前に北の原爆50年史と、続・北の原爆50年史なるバカ長い駄文を掲載しましたが、結局は北朝鮮の思惑通りに事が運び、民意も無く恐ろしく人命を軽視した独裁国家ならば、原爆さえ持てばどんなに強大な軍事大国を相手にしても外交交渉で粘り勝ち出来るという悪しき前例を残す結果になってしまいました。

■「虎は死して皮を残す」の諺のように、将軍様は親子二代で原爆を残して逝くことになるのか?その遺産を使って残された悲願の「南北統一」を実現しようと強引な駆け引きを始めるのか?その前に牙と爪を隠して海外からの投資資金を掻き集めて資源外交に本腰を入れるのか?世界中が金融危機への対応で右往左往している時に、援助寄生経済から偽札麻薬密輸経済へと移行して生き延びた北朝鮮が、再び核兵器を使って新たな寄生経済を発明しつつあるのかも知れませんなあ。

■日米安全保障条約に拉致問題でヒビが入り、ミサイル問題で裂け目が出来て、とうとう核問題で砕けてしまったような米朝間の交渉でしたが、今のところ日本政府は律儀にインド洋での給油支援活動を続ける上に、アフガニスタンでの戦費を負担せざるを得ない立場を堅持し続けるようですから、対テロ戦争を全面的に支持していれば北朝鮮問題が包括的に解決されるという小泉政権が振り撒いた幻想が消えても、政府の中には国交正常化を先行させて拉致・核・ミサイル問題を解決しようとする動きが復活するのでしょうなあ。

■「対話と圧力」という言葉も聞かれなくなって久しく、拉致問題を解決する方策を独自に見つけ出すことも出来ないまま時が過ぎるのは、かつて外務省の槙田邦彦アジア局長が言い放った「たった10人のことで日朝国交正常化交渉が止まっていいのですか」という声が政府内に今でも木霊しているのではないか?世論の反発に怯えて選挙対策用に拉致問題を解決する!と言うだけの政治家が増えれば、「餅は餅屋」だと外務省が古い証文を引っ張り出して来そうです。何せ相手側には『日朝平壌宣言』に添えてあったはずの秘密文書が残っているはずですからなあ。

■ブッシュ政権が急転直下、テロ支援国家指定を解除する直前の動きを再確認しておきます。10月10日の報道から……。


米ABCテレビ(電子版)は9日、米情報当局が過去2週間にわたる人工衛星画像の解析の結果、2006年10月に核実験を実施した北朝鮮で、再実験の準備ともみられる兆候を把握したと報じた。……北朝鮮の核実験施設とみられる場所で大型ケーブルの移動をはじめ、06年の核実験当時と同様の不審な動きが見られるという。ただ、こうした動きが実際に再実験に踏み切るための準備なのか、テロ支援国家指定の解除など6カ国協議における米側の譲歩を引き出すための威嚇行動なのかははっきりしないとしている。……
2008年10月10日 産経ニュース

■結果的には「威嚇」が功を奏してブッシュ政権がばたばたと指定解除を決定したのですから、本気で再実験の準備をしていたのかどうかなど、もうどうでもよい話になってしまいました。厳しい条件が付いた「無能力化」交渉が進められていたはずなのに、いつでも核実験の準備が始められるというのは、実に変な話であります。これからも、何かが欲しくなったら大型ケーブルを引っ張り出して、意味ありげな白煙でも上げれば、米国が慌てて注文に応じるだろうと北朝鮮が学んだとしたら、非常に厄介なことになります。

■残念ながら平和ボケが進み過ぎた日本では、核兵器が飛んで来ることを想像する能力が失われておりますから、大型ケーブルが出て来ようと、発射台にミサイルが取り付けられようと、大急ぎで国交正常化交渉を進めよう!という騒ぎにならないのは面白い現象ではあります。自分たちが平和憲法を守っている限りは、何故か絶対に攻撃を受けないという信仰が広まっていて、明らかに領海を侵犯し入国管理法を破り、好き放題に謀略活動をしていた北朝鮮の船をUFOみたいに「不審船」と呼ぶことに不自然さを覚えない。拉致犯罪が露見しても大規模な反北朝鮮デモが起こらない。こうした点は北朝鮮にとっては嬉しい話なのでしょうが、遠い昔、黒船が江戸湾に侵入して来るまで眠っていた国ですから、威嚇が効かない点は北朝鮮側としては困ったことなのでしょうなあ。