いまさらながらの原点回帰
あの世に聞いた、この世の仕組み
“気づき”とは何か(その5)
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
お話の続きの前に、ちょっとだけコメント欄にいただいたご質問にお答えしておきたいと思います。
先日、こんな書き込みをいただきました。
「どうして気付いている、気付いていないって、第三者の黒斎さんが判断できるの?その人の断片しか見てないし、聞いていないんでしょ?」
こんな質問も、時々聞かれることがあります。
なので、この場を借りてお話しておきたいな、と思ったわけですが、なんといいますか、「気づき」のことを、難しく考えすぎていたり、特別なものと思いすぎていることはないですかね。
といいますのも、相手と意志や理解の共有がはかれているかどうかの確認は、誰もが日常的にできていることだと思うんです。
少し話をすればわかることもあるし、言葉はなくとも、相手の表情やちょっとした仕草などでも確認することができるはずです。
例えばです。
一昔前にとんねるずの石橋貴明さんがちょくちょく口にしていた「オナラじゃないのよ!オナラじゃないのよ!」というフレーズがあります。
これを、その響きの面白さだけに食いついて、テレビの前で「オナラじゃないのよ!オナラじゃないのよ!」とケラケラ笑いながら真似をしている小学生。
その子を見ながら、「いや、これはそういうことじゃないんだけどなぁ…」と苦い顔をしたお父さんとお母さん。
その後お父さんとお母さんは、「困ったもんだね」なんていう気持ちを込めて互いに目を合わせました。
そこには、言葉はなくとも、同じ理解、また、認識の疎通が図れていますよね。
……たとえが微妙に古いですか、そうですか。
別な話し方にしましょう。
「相手が気づいているか否か」は、先日のクイズを例にとっても確認できますよね。
先日のクイズ、Q1について話をしていた3人の友達がいて、互いに「あの答えは“S”だよね」と話していたとします。
A君はB君に尋ねました。
「B君は何をきっかけに気づいたの?」
B君は答えます。
「あぁ、ドーナツを食べながら、レモンティーを飲んでいたのさ」
そしてB君は続けて、テーブルを鍵盤に見立ててトトトンと弾きました。
A君はB君のその返答にクスリと笑いました。
彼が、その言葉の中に「ドレミの歌(ドはドーナツのド、レはレモンのレ)」を臭わせたことを察知できたからです。
たしかに、答えそのものからは少しずれた、断片的な返答ではありますが、彼が「ドレミ」の法則性に気づき、答えが“S”だとわかっていると確認できました。
しかし、C君はB君のその言葉と仕草に「きょとん」となっている様子。
そこで、B君はC君に尋ねてみました。
「C君は本当に法則に気づいてる?」
C君は答えます。
「もちろん!こないだD君に聞いたもん。キーワードは“いまここ”でしょ!」
A君とB君は、C君の返答に首をかしげてしまいました。「い、いまここ?」
C君の答えに、A君とB君は、「C君は、何か勘違いしているな(同じ理解を共有できていないな)(C君はD君に嵌められたな)」ということがわかりました。
A君「そういうことじゃ、ないよねぇ」
B君「ねぇ」
C君「ええ!?違うの?」
この時、A君とB君は、さほど会話を交わすこともなく、自分たちの理解が共有できていること、また、C君が気づきに至っていないことがわかります。
そんなわけで、相手が同じ気づきを経験しているかどうかは、そんな、ちょっとした会話や雰囲気などでもわかることは、ご理解いただけるかと思います。
と、いうことで。
脱線はこれぐらいにして、前回の続きに入っていきたいと思います。

ロープ(執着)から手を放し、「ヒャー!」となった僕は、その直後に想定していなかった感覚を味わいました。
「プライドが崩壊してしまったら、あとは地獄の苦しみ(抱えきれない惨めさ)が待っている」とずっと思い続けて生きていたのですが、実際には違っていたんです。
待っていたのは、「地獄の苦しみ」ではなく、なんとも表現しがたい「開放感」でした。
それまで抱え続けていた常識が「ぐるん!」と、反転してしまったのです。

気がつけば、「あれ?」という間に世界は逆さまになってしまいました。
それに伴い、感覚は「下降」ではなく「上昇」に切り替わりました。
その時初めて、自分の意識が「水の中(現象界の波動の中)」にいたことを知ったのです。

僕がずっと恐れ、抵抗していた、僕を引きづり下ろそうとしていた力は、「引力」ではなく、「浮力」だったことに気づきました。
(その後、これが般若心経で綴られている『遠離一切顛倒夢想(逆さまに解釈された幻想世界から遠く離れなさい)』のことだと思いました。それまで僕は、上を下、下を上と誤認した世界に生きていたのです。)
その後、その力(流れ)に抵抗せずにいると、そのまま未知の次元に出てしまったんです。
お風呂の中にピンポン球を沈めて、その手を放したら、その浮力で「ポン!」と空中へ出ていきますよね。
そのような感じで、意識が「水(苦しみ)」に覆われていた世界から、「空(何の抵抗もない世界)」に投げ出されたんです。

もう、その時の爽快感・開放感たるや、ふなっしーの「ヒャッハー!」どころではありません。
「目覚め」や「気づき」の記録の多くに、その経験で大笑いしたり、妙にハイテンションになっちゃったり、ということがあると、どこかで聞いたことがあると思います。
僕も実際に大きな歓喜を味わいました。
当時、その様子を目の当たりにしていた妻は、「この人の頭は壊れ、とうとう行くとこまで行ってしまった…」と嘆いておりました(笑)
しかし、その「ヒャッハー!」は、ずっと続くわけではありません。
ピンポン球は一度大きくジャンプしても、ピークを過ぎるとそのまま「スッ…」と、水面へと下降するのです。

そこにはもう、「ヒャッハー!」(高揚感)はありません。
クイズの答えがわかった時の喜びが、時間とともに薄れ消えていくのと同じです。
その後はただプカプカと、ユラユラと、水面に浮かぶ「くつろぎ」の状態です。
以前経験していた苦しみ(水圧)を、まったく感じさせない「空」に漂うだけです。
そして気づくんです。
頑張れば頑張るほど、上を目指せば目指すほど苦しんでいたその原因が、わざわざ自分から「水圧の高い場所」へ向かっていたからなのだと。
僕にとって、この「ヒャッハー!」の経験は、とても大きく、それまで抱え続けていた苦しみから一気に解放される出来事でした。
大きな衝撃を与え、人生を大きく変えた『気づき』そのものでした。
しかし、この『気づき』はまだ、世に言う『悟り』ではありません。俗に、『小悟』と呼ばれる小さな気づきです。
と、言うのも、水(現象界意識)から空の意識へ出たとしても、まだ、「空の中に漂う自分」という『分離意識(自我)』が、まだしっかり残っているからです。
と、いうことで。
このお話、まだまだだいぶ続きます。
【トークライブ・インフォメーション】
噂の闇金業者(笑)、知井道通さんとのコラボトークライブが本格始動!
まずは道通さんの地元、福井からスタートです!
道通と黒斎の『神様のパズル』
【福井会場】2月22日(土)14:00スタート 協力/リラクゼーションハウス ゴールドマインさま
[詳細・お申し込み]
【名古屋会場】4月26日(土)18:00スタート 主催/室井悠嘉さま
[詳細・お申し込み]
*****
平日のお話会『月イチ☆』および『月イチ☆WEST』の3月分受付を開始しました。
平日のお話会『月イチ☆』
【東京会場】3月24日(月)19:30スタート
[詳細・お申し込み]【完売御礼】
平日のお話会『月イチ☆WEST』
【大阪会場】3月27日(木)19:00スタート
[詳細・お申し込み]
*****
ソロライブ、今回は愛知県豊橋からお招きをいただきました!
今回は特定のテーマを設けず、質疑応答をメインとした会にしていく予定です。
あの世に聞いた、この世の仕組み in 豊橋
3月22日(土)19:00スタート 協力/長洲さま
[詳細・お申し込み]
*****
阿部敏郎さんとのコラボトークライブ『阿雲の呼吸』、お陰様でお申し込みが各会場の募集定員を超えたため、受付を終了しております。
沢山のお申し込み、ありがとうございました!
今後、キャンセルなどが発生した場合には改めてお知らせさせていただきます。
以下、受付フォームがクローズ中のため、備忘録として各日時と会場を記載しておきます。
『復活!阿雲の呼吸 ~いざ!NOW!~』
(各会場共通)開演 13:30~終演 17:00(開場13:00)
【大阪会場】2月8日(土)TKP大阪梅田ビジネスセンター ホール4A(大阪市福島区福島5-4-21)
【名古屋会場】2月9日(日)栄ガスホール(名古屋市中区栄三丁目15-33)
【東京会場】2月11日(火・祝)国際ファッションセンター KFCホール(墨田区横綱1丁目6-1)
*****
エックハルト・トールDVD発売記念『エンライトメント・ナイト in 自由が丘』は、募集定員に達したため受付を終了させていただきました。
キャンセル等がありましたら、改めてお知らせさせていただきます。
←「ヒャッハー!」のかけ声とともに押して欲しいなっしー
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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お話の続きの前に、ちょっとだけコメント欄にいただいたご質問にお答えしておきたいと思います。
先日、こんな書き込みをいただきました。
「どうして気付いている、気付いていないって、第三者の黒斎さんが判断できるの?その人の断片しか見てないし、聞いていないんでしょ?」
こんな質問も、時々聞かれることがあります。
なので、この場を借りてお話しておきたいな、と思ったわけですが、なんといいますか、「気づき」のことを、難しく考えすぎていたり、特別なものと思いすぎていることはないですかね。
といいますのも、相手と意志や理解の共有がはかれているかどうかの確認は、誰もが日常的にできていることだと思うんです。
少し話をすればわかることもあるし、言葉はなくとも、相手の表情やちょっとした仕草などでも確認することができるはずです。
例えばです。
一昔前にとんねるずの石橋貴明さんがちょくちょく口にしていた「オナラじゃないのよ!オナラじゃないのよ!」というフレーズがあります。
これを、その響きの面白さだけに食いついて、テレビの前で「オナラじゃないのよ!オナラじゃないのよ!」とケラケラ笑いながら真似をしている小学生。
その子を見ながら、「いや、これはそういうことじゃないんだけどなぁ…」と苦い顔をしたお父さんとお母さん。
その後お父さんとお母さんは、「困ったもんだね」なんていう気持ちを込めて互いに目を合わせました。
そこには、言葉はなくとも、同じ理解、また、認識の疎通が図れていますよね。
……たとえが微妙に古いですか、そうですか。
別な話し方にしましょう。
「相手が気づいているか否か」は、先日のクイズを例にとっても確認できますよね。
先日のクイズ、Q1について話をしていた3人の友達がいて、互いに「あの答えは“S”だよね」と話していたとします。
A君はB君に尋ねました。
「B君は何をきっかけに気づいたの?」
B君は答えます。
「あぁ、ドーナツを食べながら、レモンティーを飲んでいたのさ」
そしてB君は続けて、テーブルを鍵盤に見立ててトトトンと弾きました。
A君はB君のその返答にクスリと笑いました。
彼が、その言葉の中に「ドレミの歌(ドはドーナツのド、レはレモンのレ)」を臭わせたことを察知できたからです。
たしかに、答えそのものからは少しずれた、断片的な返答ではありますが、彼が「ドレミ」の法則性に気づき、答えが“S”だとわかっていると確認できました。
しかし、C君はB君のその言葉と仕草に「きょとん」となっている様子。
そこで、B君はC君に尋ねてみました。
「C君は本当に法則に気づいてる?」
C君は答えます。
「もちろん!こないだD君に聞いたもん。キーワードは“いまここ”でしょ!」
A君とB君は、C君の返答に首をかしげてしまいました。「い、いまここ?」
C君の答えに、A君とB君は、「C君は、何か勘違いしているな(同じ理解を共有できていないな)(C君はD君に嵌められたな)」ということがわかりました。
A君「そういうことじゃ、ないよねぇ」
B君「ねぇ」
C君「ええ!?違うの?」
この時、A君とB君は、さほど会話を交わすこともなく、自分たちの理解が共有できていること、また、C君が気づきに至っていないことがわかります。
そんなわけで、相手が同じ気づきを経験しているかどうかは、そんな、ちょっとした会話や雰囲気などでもわかることは、ご理解いただけるかと思います。
と、いうことで。
脱線はこれぐらいにして、前回の続きに入っていきたいと思います。

ロープ(執着)から手を放し、「ヒャー!」となった僕は、その直後に想定していなかった感覚を味わいました。
「プライドが崩壊してしまったら、あとは地獄の苦しみ(抱えきれない惨めさ)が待っている」とずっと思い続けて生きていたのですが、実際には違っていたんです。
待っていたのは、「地獄の苦しみ」ではなく、なんとも表現しがたい「開放感」でした。
それまで抱え続けていた常識が「ぐるん!」と、反転してしまったのです。

気がつけば、「あれ?」という間に世界は逆さまになってしまいました。
それに伴い、感覚は「下降」ではなく「上昇」に切り替わりました。
その時初めて、自分の意識が「水の中(現象界の波動の中)」にいたことを知ったのです。

僕がずっと恐れ、抵抗していた、僕を引きづり下ろそうとしていた力は、「引力」ではなく、「浮力」だったことに気づきました。
(その後、これが般若心経で綴られている『遠離一切顛倒夢想(逆さまに解釈された幻想世界から遠く離れなさい)』のことだと思いました。それまで僕は、上を下、下を上と誤認した世界に生きていたのです。)
その後、その力(流れ)に抵抗せずにいると、そのまま未知の次元に出てしまったんです。
お風呂の中にピンポン球を沈めて、その手を放したら、その浮力で「ポン!」と空中へ出ていきますよね。
そのような感じで、意識が「水(苦しみ)」に覆われていた世界から、「空(何の抵抗もない世界)」に投げ出されたんです。

もう、その時の爽快感・開放感たるや、ふなっしーの「ヒャッハー!」どころではありません。
「目覚め」や「気づき」の記録の多くに、その経験で大笑いしたり、妙にハイテンションになっちゃったり、ということがあると、どこかで聞いたことがあると思います。
僕も実際に大きな歓喜を味わいました。
当時、その様子を目の当たりにしていた妻は、「この人の頭は壊れ、とうとう行くとこまで行ってしまった…」と嘆いておりました(笑)
しかし、その「ヒャッハー!」は、ずっと続くわけではありません。
ピンポン球は一度大きくジャンプしても、ピークを過ぎるとそのまま「スッ…」と、水面へと下降するのです。

そこにはもう、「ヒャッハー!」(高揚感)はありません。
クイズの答えがわかった時の喜びが、時間とともに薄れ消えていくのと同じです。
その後はただプカプカと、ユラユラと、水面に浮かぶ「くつろぎ」の状態です。
以前経験していた苦しみ(水圧)を、まったく感じさせない「空」に漂うだけです。
そして気づくんです。
頑張れば頑張るほど、上を目指せば目指すほど苦しんでいたその原因が、わざわざ自分から「水圧の高い場所」へ向かっていたからなのだと。
僕にとって、この「ヒャッハー!」の経験は、とても大きく、それまで抱え続けていた苦しみから一気に解放される出来事でした。
大きな衝撃を与え、人生を大きく変えた『気づき』そのものでした。
しかし、この『気づき』はまだ、世に言う『悟り』ではありません。俗に、『小悟』と呼ばれる小さな気づきです。
と、言うのも、水(現象界意識)から空の意識へ出たとしても、まだ、「空の中に漂う自分」という『分離意識(自我)』が、まだしっかり残っているからです。
と、いうことで。
このお話、まだまだだいぶ続きます。
【トークライブ・インフォメーション】
噂の闇金業者(笑)、知井道通さんとのコラボトークライブが本格始動!
まずは道通さんの地元、福井からスタートです!
道通と黒斎の『神様のパズル』
【福井会場】2月22日(土)14:00スタート 協力/リラクゼーションハウス ゴールドマインさま
[詳細・お申し込み]
【名古屋会場】4月26日(土)18:00スタート 主催/室井悠嘉さま
[詳細・お申し込み]
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平日のお話会『月イチ☆』および『月イチ☆WEST』の3月分受付を開始しました。
平日のお話会『月イチ☆』
【東京会場】3月24日(月)19:30スタート
平日のお話会『月イチ☆WEST』
【大阪会場】3月27日(木)19:00スタート
[詳細・お申し込み]
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ソロライブ、今回は愛知県豊橋からお招きをいただきました!
今回は特定のテーマを設けず、質疑応答をメインとした会にしていく予定です。
あの世に聞いた、この世の仕組み in 豊橋
3月22日(土)19:00スタート 協力/長洲さま
[詳細・お申し込み]
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阿部敏郎さんとのコラボトークライブ『阿雲の呼吸』、お陰様でお申し込みが各会場の募集定員を超えたため、受付を終了しております。
沢山のお申し込み、ありがとうございました!
今後、キャンセルなどが発生した場合には改めてお知らせさせていただきます。
以下、受付フォームがクローズ中のため、備忘録として各日時と会場を記載しておきます。
『復活!阿雲の呼吸 ~いざ!NOW!~』
(各会場共通)開演 13:30~終演 17:00(開場13:00)
【大阪会場】2月8日(土)TKP大阪梅田ビジネスセンター ホール4A(大阪市福島区福島5-4-21)
【名古屋会場】2月9日(日)栄ガスホール(名古屋市中区栄三丁目15-33)
【東京会場】2月11日(火・祝)国際ファッションセンター KFCホール(墨田区横綱1丁目6-1)
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エックハルト・トールDVD発売記念『エンライトメント・ナイト in 自由が丘』は、募集定員に達したため受付を終了させていただきました。
キャンセル等がありましたら、改めてお知らせさせていただきます。

コメント ( 48 ) | Trackback ( )
« “気づき”とは... | “気づき”とは... » |
しっくりきます!
色々とぐるぐる考えていたのか、浮かんでくる思考を眺めていたのか、今となってはよくわからないんですが、唐突に「自分は生まれていない」「この世界も実は無い」というのが、急に来ました。
「ストン」というよりは「ぞわぞわぞわぞわ…」という感じです。
そして「怖い」と思いました。
ただただ「怖い」と。
支離滅裂ですみません。
意味がわからなくて、ただただ困惑しています。
これはなんなんでしょうか?
この説明わかりやすくて良いですね。
先日の月イチWESTでこの説明をされましたが、
即興で生まれた説明なのでしょうか?
だとしたら、質問者の方が居たから生まれた説明なんですよね。
よく、「誰一人欠けてもこの世界は成立しない」って言いますけど、こういう事なんですね。
更に、あの質問者の方があの日あの場に居られるには今までの人生が必要不可欠だった訳だし。
最近、その事への理解が深まり、「ほんま、何一つ無駄な事なんてないんやなぁ」と感じております。
そして、そんな理解を深める海外ドラマが存在するのですが、ご存知でしょうか?
キーファー・サザーランド主演の“TOUCH”です。
もろスピ系で驚きました。シーズン2で打ち切りになったらしいですが、シーズン1に関しては秀逸な作品でした。レンタルDVDもあるようですので、オススメですよ。
なんかDVDの宣伝みたいなので承認しなくて結構です。
今週末の大阪コラボ伺いますね。
めっちゃ楽しみです!
ピンポン玉黒斎君かわいい。
でも凄く分かりやすいです。
私も、何かを成し遂げて成功するより、今を認めてあげられることのほうが比べ物にならないくらい幸せなんだって気付いた時は本当に嬉しかったです。
体と心が軽くなっていろんなことがクリアになりますよね。
すぐ忘れちゃうけど(笑)。
その時のことを思いだしました。
特定の誰かを崇め、キャーキャー言って盛り上がってるのを目にすると、そこらへんのタレントより有名人なんじゃないの?と思ってしまいます。
スピ系ブランド的な。
優劣なく、みんな同じ人間なのにな…
と、思う自分はただのひねくれものなのでしょうか。
ヒャッハーU+203Cとは、なりたいけどヒャッハーU+203Cな人が偉い人、あとはヒャッハー予備軍頑張れ的な疎外感。
こんな思いも、ヒャッハーになればなくなるんでしょうね。
ヒャッハーって何回書いたかな?
あと、実際に会っていたとしても他の人の心や考えていることや表面上の顔とか雰囲気とか声の調子とかだけでしょ
?
なんで自分が認識してることが誰かの中のすべてだと思うの?
やさしくできない。見下しているでしょ。自分が思っていること、これが真実だと思っていること、それらがどうして自分が認識していない他の誰かという、小さな宇宙。
実際の大きい宇宙にとって同じだと思うの?
自分の中にあることをどうしてわかってないんだと、押し付けているでしょう。
自分の真実こそが外の、大きい宇宙にとっても真実だと思いこんでる。
自分が認識したことしか認識できないんだよ?
この狭い世界を(自分という小さな宇宙を)認識し尽すことによって完全にコントロールし尽しな
あとdogさんのそれですが、私は臨死体験を赤ん坊として母親の腹の中から出るときに経験したので、怖いとは思わなかったんですが、(臨死体験したひとはその暗闇に恐怖を感じず立ち向かい、向き合えるんだそうです。)人間らしさがなくなる症状です。
http://angelightem.wordpress.com/2014/02/01/sophia-the-return-to-wisdom/
このサイトのソフィア ~ 叡智の帰還というところをスクロールで見つけてお読みください。
わたしのけいけんもかきますのでお好きに質問してくださいね。
あなたからの返事をまちます。
気づき..頭では理解したつもりになっても心が分かってくれないようです。
最近では別にきづきが訪れなくても良いかな?って考えるようになりました。そのせいかどうか分かりませんが、今は妙に心が落ち着く安心感を感じる毎日を過ごしています。
11月に本を購入し
2ヶ月前くらいからブログ読ませていただいてます
密度の濃いブログでびっくりです
この内容が無料だなんて…
いい人すぎますよー
(初コメなのに馴れ馴れしくてすみません)
次回楽しみにしています!
ちなみに
クイズはさっぱりでした
私はTVの前の子供で、C君ですねー
(D君の要素もあるかも?)
しかし、それでも世の中は上を目指すのが常なわけで、
これが前半生の常、人の道なんでしょうね。
黒斎さんどうもありがとうm(._.)m
この質問をしたのは、以前に阿部さん(だったかな?)が、気付き?目覚め?体験は体験自体人それぞれ違うから、その人が体験したかどうかは本人にしか分からない。
みたいな記事を読んだような気がしたので質問してみました。
阿部さんと黒斎さんはお互いが同じ体験をしたとすぐに分かったみたいですね。
私は頭が悪いので、スピ界のみなさんの言っている事がそれぞれ違って混乱してしまいます。
あれが本物でこれが偽物でとか、低次元の霊に憑かれたらああしろこうしろとか、霊に憑かれても良いことをして一緒に楽しめとか、そんなもの自体いないとか…(@_@)
難しく考えてしまいますね…。
ヒャーとヒャッハー
笑えました!
そして
わかりやすかったです!
続き楽しみにしてます(o^^o)
嘘です。
まぁ僕も軽い気付き以降は人生楽になりました。
というより、流れに身を委ねたほうが楽だと気付かされました。
どうかしてるぜ!という声がどこからともなく聞こえて来そうですがw
あと海外ドラマ「TOUCH」は僕もオススメです。
物事がシンクロする感覚が上手く表現されてていいですよ♪
ほんっとうにわかりやすいですよね~☆彡
福井の講演会行きます(//∀//)☆楽しみ☆
今回の記事を一回読んだら、やっぱり私にやってきたのは、「それ」じゃなかったなかな?って思いましたよ~!(◎_◎;)
で、黒斎さんの今日の言葉をもう一度たどっていって、自分の体験が違った、「それ」ではなかったということを書こうと思ったんだけど…。
丁寧にたどっていくと、やはり自分の体験したことと、多少のプロセスの違いはあれ、とても似ているような気になってきたんですよ。
もう、悟ったんだか、悟ってないんだか、こんがらがって訳が分からなくなってきました!(◎_◎;)
おそらく、自分が体験したのは、ほんの入り口の『小悟』というものだったと解釈していますが…。
しかし、その気付きの前後から、生命への慈しみが強くなりました。今までも動物は好きだったけど、気付き後は虫を殺すのも躊躇するようになり、花や草木がこんなにも愛おしいものだったと気付きました。
これって、小悟ではないのですかね???!(◎_◎;)
あれは23歳、まだ某スーパーで働いていた時の事.....
夜の11時を回った頃だったろうか.....テレビには恋のから騒ぎが映り、明石家さんまが「ヒャー」という声を発していた。
突然「ブビッ!」という音が部屋にこだまして二人は同時に固まった。
その時、ひとりが恥ずかしそうにこう囁いた。
「オナラじゃないよ」
その刹那、私の脳裏には石橋貴明の顔が浮かびゲラゲラ笑ってしまい「それ」どころではなくなってしまったのである。
ヒャッハーとチャプンで爆笑してから登校しました(^^)
続きが楽しみです。
(*^_^*)
というよりは・・・
良かったー!
良かったーー!!
良かったーーー!!!
だよね!
だよねっ!!
そーーーーだよねーーーー!!!!
(嬉し泣き)
でした。
黒斎さんの説明わかりやすいですよ^^
今回の記事、すごいおもしろいです!
悟りや気づきからほど遠いところにいる私ですが
なるほど~っておもいました。
ちょっと気になるのが、
今まで頑張っていたBさんやEさん、あこがれのDさんが
水圧の高い、下の方になってしまいましたよね(゜Д゜;)
この3人は一見、よく見えたけど実は反対方向に努力してしまってるのでしょうか?
それとも、それはあくまでがむしゃらに頑張っていた黒斎さんから見たときの位置であり、ゆらゆらぷかぷかの状態の黒斎さんからは他の6人は違った風に見えるんでしょうか。
続きのお話が早く読みたいです!
同じ韓国に住む姉から1ヶ月前に、このブログを紹介されて、2006年の記事から読み始め、今日ようやく読破しました。^^
毎回「なるほど~」と、頷きながら拝見していました。
姉が「この世に~」&「もっと~」の本を読んでいる途中で・・・今度会った時に、借りる予定です。
ちなみに、私も日本でグラフィクデザインの仕事をして(手作業時代:8年程)、2年前から韓国でも(PCで)資格を取り、好きな仕事を再開しました。
黒斎さんはもう完全にこちらだけで、デザインのお仕事はされていないんですか?
とんねるず(°▽°)
考えれば、考えるほど
訳がわからなくなります。
気づき。
勢い余って、どどどどーんと沈んでいくことも…(笑)
そういうのを、味わっています(;´∀`)
色んな人の話を聞いてるうちに
混乱してしまうという、質問者の方の気持ちにも共感できます。
以下その方へですが…
人それぞれとらえ方もあるし
同じことに対しても様々な表現のされ方があります。
また、たくさんの情報の中から「いまはコレ」と感じるものを選び取るのも大切なことです。
その選び取るもののセレクト加減が
気づきの段階によって変わってくると、わたしは思っています。
「こんな風に言われた」という言葉の表面にこだわらないで、
「わたし」がどう感じるか、どうあるかにフォーカスしてみてはどうでしょうか。
誰がどう言ったとか、何が嘘だとか真実だとか、本当はどうでもいいことなので。
相変わらずセンス抜群ですね。
笑いこけました。
最高です(≧∇≦)
私の場合はインパクトがなくて気づいている状態なのですが、ポーンととんだ感じはなくて、
しがみついていたロープを離した瞬間に実は大地立っていた事に気づいて思わず笑ってしまったという感じですね。
パイレーツ・オブ・カリビアン
笑
まさか重力が
浮力だったなんて
ε-(´∀`; )
別に見下す訳じゃないんだけど、C君は真理の言葉の羅列を延々と語っていて理解しているつもりになるんだけど、言葉の奥がかすって、響かない。
なんていうか砂の上の城みたいな。
ああいうのは通天耳の一種だろうか…違うな。
図解入りはなんて、わかりやすいんでしょうね。
言葉よりは、やはり体験に近いほうがわかりやすいんでしょうね。
Mitsuさんやマミ太郎さんのように、小悟した!って思っても、
あれ?違った??って人、多いんではないかな?
そういう人は、黒斎さんの預流向のお話をもう一回おさらいするといいかもしれませんね。
小悟でも大悟でも、そこは目的地であって、
目的は違いますよね。
目的地が、般若心経で綴られている
『遠離一切顛倒夢想』
(誤った見方から遠く離れること)、
目的は、「無有恐怖」
(恐怖や不安があるということがない。)
です。
目的がなぜ達せられるかというと、
「心無罣礙」(心にこだわりとらわれがない)
なわけです。
だから、悟っていても悟っていなくても、
恐怖や不安がなければ、それでよし。
ときどき、それらを感じるということは、
目的地に達していない。
ということではないでしょうか?
山登りにたとえて、
「よい景色を見ること」が目的ならば、
「展望台」が目的地。
山の中腹の「展望台」でも、よい景色は見れます。
でも、雲がかかってしまうことも。
そのとき、頂上の「展望台」を目指せばいいのでは?
頂上にある「阿羅漢果」という展望台に。
黒斎さんは、「菩薩」という登山インストラクターですね。
「悟れたらラッキー!悟れなくてもハッピー♪」
合掌(^人^)
ネット調べたら、ヒャー!でしたw
松嶋菜々子さんのイメージがー。ドヒャー。
黒斎さん相変わらずキレキレですね。
例えがわかりやすいです!
ロープが執着で、手放したら、重力と思っていたものが浮力だった、
そしてこの世は現象界という水の中。だなんて!
素晴らしいです。
本、第三弾なるか!?
今回の例えも秀逸です♪
手放せば、自然に浮いていくんですね!!
このペースでいって、目指せ新刊ですv
悟るとこ自体が目的ではないんですね。
なんか、現時点で納得いった気がします。
段階により、気付きの深さ、確かさは変わってくるのですね~。
悟りの一瞥は喰らっても、人やら世界への恐怖心は増すばかり( ̄◇ ̄;)
心がとらわれやこだわりだらけな私は全然、目的を生きれていませんな(/ _ ; )
まだまだ、人間稼業という修行は長く続きそうです(-。-;
次に起こる気付きを、待たずに待つ(?)べく、日々を生きることとします(^-^)/
私もクイズの答えのようにアハッな体験がしたいですw
子供時代に耳にしたそのギャグは、
ただ単にフレーズそれ自体に笑っていました。
自分が年頃になって、始めてその現象を体験した時には、
まさしくU+203CおならじゃないのよU+203C
と、実感いたしました。
でも、それは大人にならないと
分からなかったことで…。
また、現象が起こるその直前までは
前兆すらなく…。
自力で起こせるものでもなく…。
う~ん、その辺りが気づきとの
共通点なんでしょうか?
気づきがおならじゃないのよ現象と
同様だとすると
憧れたり、夢見たり、待ち焦がれたりするものではないなぁ。と。
黒斎さんの例えの上手さに今回も脱帽です。
私、小悟をしたんですね。
その瞬間はものすごい至福と解放感を感じて大爆笑したのに
悟ったっていうほど何も分かってないんです。
ただ黒斎さんの言ってることは、よく分かります。理解できるし、自分でもそう思うんです。
でも、それを人に話すほど言葉も出てこないし何も分かってないし
毎日幸せだけどお金はなくて、でもお金がなくても平気といえば平気で買いたいものがあるから一応
引き寄せの法則とか試してみてでも法則は分かるけどその法則でお金に不自由のない生活は叶えられなくて
だけどまあ、そのうちどうにかなるかなって思ったり
小悟して2年経って、なかなか抜けなかった恐れはだいぶなくなりました。
うん、今日の話しみたいなひゃっほー&ちゃぷん。まさに、そんな感じです。
すっきりしました。
黒斎さんすらヒントであって、答え合わせの場では………ないと……思いますが………。
なんかコメ欄が時に仇になっているような気が…。
ヒッホーーが凄かっただけに、しばらくいい歳した大人が路上をスキップしてく、怪しさ満点山口さん家のつとむくん状態になってましたが、
落ち着くと見えてはいるんだけど、まだモヤモヤな自分を発見しました。
黒斎さんは元サラリーマンだったり、鬱を経験していたり、今は更に都会の世知辛い中にいて、だからこそとても響くものがある。
まだ田舎にいた時なら、ずっと自由業や、のんびりした環境で住んでるスピリチュアルな人の語ることは心に響いたかも知れないけど、都会暮らしするようになって、そういう人の語ることが全く響かなくなった。絵に描いた餅のようで。
自由業の人に、社会性どうこう語られたところで、あなたに何が分かるんだと思ってしまう。
説明すればするほど、却って混乱させるみたい
どうすればいいんだろう。
いや、講演者でもないし、いいんですけど…。
ものすごく腑に落ちました!!
先日「(今は)本当はロープなんて無かったんじゃないか、とすら感じる」という旨を書かせて貰いました。
私はこちらのブログでヒャッハー!を2度経験させて貰っています。最初の1回は、私たちは自我の支配下にいると教えてもらった時です。
心配が頭のなかで洪水になっていて精神安定剤が出ていたほどには、自我のうるささには心当たりがありましたから(笑)
このうるさいのは自我って奴なのか!って知れてヒャッハー。
一度水面に出た際にハイテンションになり、親や友人に気づいた内容を話しまくったほどの衝撃を受けました。(思い出しても顔から火が出そう!笑)
でも、こちらを読み始めて間もなくの事で知識の乏しさから納得を持続できず、(再び自我の囁きにそそのかされるとでも言いますか)
マトリックスでいうところのサイファーのように、また水面下に戻り始めたのです。
次のヒャッハー!は2年後くらいでした。こちらでお勉強させて貰って、【私が思っていたワタシすら自我のフィルターを通したものだ】と気づいた瞬間、ヒャッハー!でした。
これはハイテンションにはなりませんでしたが、パッとひらめいて「あれ?じゃあ私が嫌いな ワタシ はいないんじゃん。私はワタシを愛していいんじゃん!」と気づいたら、
あとはぞわぞわぞわっと歓喜に心の底から震えて笑いが出て、少し嬉し泣きをしました。
(前置き長くなりましたが)その2回目で私はようやくヒャッハー!後の、水面にちゃぷんちゃぷんと浮いてる状態になれたんですね。
一度ちゃぷん状態になるとロープに捕まって潜ろうとしていたのが嘘みたいに、
「私、そんなことしようとしてたの!?(笑)嘘でしょ!
とてもあんな苦しそうなこと今からやれと言われても出来ないよ!」って思ってしまう。
まるで夢を見ていたみたいに、あの苦しさ、必死さが遠くに感じています。
あぁ、ふいに頭の中によぎりましたが、【現実としか思えない夢を見た事は?】みたいな台詞、マトリックスにもありましたっけ。
私は、人生をあんなに苦しんでいたのに、不幸だと思っていたのに。自分が嫌いで元凶を恨んでいたのに。死ぬまで恨み続けると思っていたのに。
何もかもが消えました。
今はもうロープの存在感すら「まるで無かったみたいに」希薄なのは、それが夢のように遠くなるからなんですね…。
恐らく毎日毎日当たり前のように通り過ぎていた道の花や川、動物に今までなら日々の小忙しさに365日感じず流してきたことが、ただ目の前の何でもなかったことに神々しさを感じたあの瞬間。
例えば鳥の声も毎朝聞いてたはずなのに、雀の声が朝4時くらいに脳天を突き抜けたように極楽のようにこだましてきた、あの状態のことなんじゃないかな。
これが当たり前だったんだけども。
それは自然からの働きかけで自己不在→一体化を招いたのか、自己が無くなったから自然と一体化したのか分かりませんが、どっちもどっちで、どちらが無くても起こらなかったと思います。
Mitsuさんのコメントに反応して、此方の心身が軽くなるのは似たような体験をしているような気がします。
Mitsuさん、貴重な体験を誠にありがとうございます。
そっか~。
自然と一体化するのも充分小悟なんだから、あとから「あれはやっぱり違ったかも」とか自分で否定する必要もないですね~。
私も、朝まだ頭がボッ~としながら出勤してる時に、ビルの谷間を飛ぶ鳥を眺めて、その自由さや美しさに何時の間にか共鳴してしまったり…。
なんてこたぁない、カラスなんですけどね。
カラスがこんなに自由に美しく大空を飛んでいたなんて…。
気付いてなかったんですね、以前は。
また、オシドリの夫婦が寄り添って川を泳ぎ無心に生きる姿に、えもいわれぬ慈しみの心が湧き上がってきたり…。
なんてことはない日常に、心が無になるというか、自然に共鳴してる瞬間がある。
それは「ワンネス」と言われるガツンとくる決定的な気付きではないですけどね。
じわじわっと、全てが一つであることを感じているのかも。
小さな子供の頃は、毎日意識せずにこんな共鳴感覚を無心に味わっていたんだろうな~。
これからも大なり小なり、こんな感覚を味わっていくでしょう。
相変わらず現実生活は経済的にままならなかったりしますけどね(笑) 大ピンチはなんとか脱出できてます。
彼なし金なし、友達激少ない、世間的にはいわゆる負け犬的独身40代ですよ~(⌒-⌒; )
まあ、当面なんとかはなってるし、人間できてないし落ち込むこともあるけれど「大丈夫」を合言葉に生きてます(^-^)/
小悟の後のプロセスは、分かりやすい黒斎さんのナビを読ませていただいて、いつか来るかもしれない次段階の予備知識とさせていただきたいところです(^ー^)ノ
スコーンと短いけれど深い眠りに入り、3回チャレンジしてみて、3回とも眠りに完敗です(汗)
でも、なぜか次の黄色い方も予約しちゃいました。
内容と関係なくてすみません。
久々に、本気のブログ更新ですね!
やっぱいい!(上からすんません)
黒斎さんのブログは池田晶子を読むような心地よさ。
ホントいつも思いますがスピの話しを説明する天才なんだよなぁー黒斎さんって。
ホント聞いても読んでも絶妙にワクワクさせられてます。
黒斎さんは、この世に生まれた至高の通訳さん。
よっ!神様というドラえもんが生みだした、翻訳こんにゃく!(こんなこと言われても嬉しくないか笑)
いやしかし黒斎さん感動と感謝をありがとうございます!
雲さんが出てこなかった訳がわかった暁には、理由を教えてください。
あっちから交信してこないということはないとニールドナルドをルシュの神様は言っていました。