塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

香川はユナイテッドに残留すべきではないか

2013-12-20 23:39:58 | 日記
 二者択一に結末は果たして。

 香川は残留すべきなのかレンタルを含む移籍を模索すべきなのか、正直わかりかねます。

 例えばドルトムント。

 クロップとファンの愛情が今でも生きているこのクラブは、移籍先として最適かというとそうではなく、既にムヒタリアンとギュンド
アン、ロイスにオーバヤメンと香川の穴を埋める陣容が出来ています。

 間違ってはならないのは、香川の能力は記者もフロントも認めていると言う事。

 ただモイーズの構想には含まれていない、つまりぜいたく品であるという事だけが起用に踏み切れない背景にありますし、極端な話で
すがルーニーのようなマルチではないというわけです。

 プレミアの他クラブに移籍するか、ブンデスリーガに復帰するか、ユナイテッドに残留か。

 香川にとって痛恨だった出来事は、サー・アレックスという理解者であり、庇護者が引退していまったことでしょう。

 モイーズにとっては今は

 「エバートンとユナイテッドの違い」

 に順応すべきことが最優先で、正直能力は認めるものの自身が描く選手像とはいささか異なるこの日本代表の事まで、考慮できるゆとり
が無いというのが本音ではないでしょうか。

 フェライニはやってきましたが、レイトン・ベインズの獲得は棚上げとなり、さすがにフェライニ一人だけではモイーズのアイディアを
具現化するのが難しいと言う事でしょうね。

 僕は香川はユナイテッドに残留すべきだと考えます。

 それは

 1・ファンの感情を逆なでする移籍は避けるべき
 2・受け入れ先が見つからない可能性もある
 3・逆にモイーズの考えを具現化できるならば、評価は確実に上昇する

 という3つの観点からです。

 ユナイテッドが競争力を維持するには香川の力が必要ではないでしょうか。
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選手にとっての評価の別れめとは

2013-12-20 22:44:48 | 日記
 選手にとっての評価の分かれ目

 自分勝手な動きと、監督の指示を考慮しながらも今ピッチで自分がすべきことを最優先して行うことの線引きはどこにある
のでしょうか。

 例えば「欧州サッカー批評7号」の中で、西部謙司氏と清水英斗氏が対談形式でマルセロ・ビエルサの戦術について語って
います。

 ビエルサは古典的とも取れるマンマークを守備の柱にしています。

 つまり両氏は

 「マンツーマンなので責任の所在が明確」

 と指摘しています。

 つまりビエルサの視点からすれば、マークをずらすのではなくマークすべき選手を失った味方の選手が、最後まで追いかけ
る必要があります。

 つまり選手の視点がこれとは別の意図があったとしても、ビエルサの観点からすればその選手は間違いなく、落第となって
しまいます。

 イビチャ・オシムが日本代表監督時代、

 「ピッチ上では選手が自主性をもって戦わねばならない」
 「選手が自己判断を行い、責任を持つ必要がある」

 というわけですが、では選手にとって責任あるプレイは何を示すのか。

 まず退場や不用意なファウルを避ける事は大前提です。

 そしてヒールキック、ヒールパス、ラボーナのようにテレビのハイライトで用いられるプレイ、観客のどよめきを産むプレイ
は、勝っているか否か、試合の時間帯はどうなのかなど、

 「様々な要因」

 を考慮せねばなりません。

 全盛期のロナウジーニョの技術は、確実の勝ち点3に結び付いたからこそ評価されました。

 テレビ映えする技術は子供が真似をするという利点がある一方、監督との対立を生む諸刃の剣と言えそうです。
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自信を得るにはどうするべきか

2013-12-20 01:28:43 | 日記
 「自分で自分を信じなきゃ、誰も信じてはくれないよ」

 この言葉はまだアディダスと契約していたころ、コービ・ブライアントが出演した広告に記載されていたものです。

 ブライアントは現在ナイキの契約選手ですが、アディダスは「クレイジー8」という名前で、彼が愛用していたバッシュを
再発売しており、彼の影響力が確認できます。

 でも、人間と言う生き物は自分を信じると言う行為そのものが大変難しいと思います。

 僕だってそうですし、モウリーニョがあれだけマスメディアを牽制する素振りを見せるのは、自尊心を護るための方法論と
いう見方も出来ます。

 「選手経験も無いのに」

 と陰口を叩かれては、モウリーニョだろうがクロップだろうがトゥヘルだろうが、反論の余地は限られてしまいます。

 「自分で自分を信じること」

 これは先日行われたJリーグ合同トライアウトでも同様です。

 メディアはヴァンフォーレを解雇され、トライアウトに参戦した伊東輝悦39歳に注目しましたが、彼と20代前半の若さ
で参戦した選手達とは比較することは出来ません。

 伊東は五輪代表、ワールドカップ、エスパルスとヴァンフォーレで刻んできた道がありますし、サッカーにおける良いときも
悪い時も肌で知っています。

 でも若手は恐らく

 「悪い時」

 しか知らないわけです。

 バブルが弾けた後の不景気しか知らない、現在の20代に希望を持てと言って何の確信が得られないのと同様ですよね。

 「俺はやれる!」

 陳腐な言い方ですが、自分にアンジをかけるように繰り返し繰り返しつぶやくことが、自分を信じるきっかけになりるかも
しれませんが、自信とはやはり厄介なものです。
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