しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「絶唱」葬婚歌  (鳥取県桝水高原)

2024年06月29日 | 旅と文学

日本レコード大賞歌唱賞「絶唱」の歌詞は、詩人西條八十さんでないとありえない、
という程に小説を短い言葉であらわしている。


愛おしい 山鳩は
山こえて どこの空
名さえはかない 淡雪の娘よ
なぜ死んだ ああ 小雪

 

・・・


旅の場所・鳥取県西伯郡伯耆町・桝水高原  
旅の日・2020年10月27日  
書名・絶唱
著者・大江賢次
発行・河出書房新社 2204年発行

・・・

 

順吉はシベリアに拘留されていた。
順吉はラーゲリで2年間を過ごしていた。

 

 

 

第三章 葬婚歌

終戦の翌々年になっても、待ちに待った園田順吉は復員して来なかった。
小雪がついに寝ついたのはその夏だった。
その秋、園田惣兵衛が脳出血で、突然亡くなった。
主人の急死にあって、山番の老夫婦ははじめて小雪を見舞った。
それまで律義でもの堅い山番は主家をおもんばかって動じなかった。
いま、その封建の扉がやっとひらかれたのだ。


小雪の名にふさわしい冬が山陰地方に訪れて、チラリチラリと雪花が湖面に舞うころ
――園田順吉はシベリヤから復員してきた。
七年ぶりだった。七年前の小雪はあどけなさのただよう小娘であったが、
いま見る小雪はまるで別人の、老婆のようにやせさらほうてしまって、明日知れない重患にあえいでいるのだ。
七年間――ああ、云いようもない残酷無比な歳月だった。
小雪はちょっとためらった後で、
「.........七年ぶりでお帰りになったのに、私、けえ、病気でごめんなさいな」と、妻としての千万無量の想いをこめて、ソッとわびた。
「七年ぶりだのに・・・・・・ほんとにかんにんして」
「いいとも、いいともさ小雪、よくなれば何だって埋合せがつくじゃないか」
順吉は林檎の汁をしぼりながら、凍傷あとのまだらな顔でおだやかにいたわった。
しぼった果汁を吸呑にいれて、咽せないように少しずつのませてやると、
「ま、おいしや、私の胸ン中のあなたは話すだけだったに、やっぱり、ほんとのあなたに甘えていいかしらん?」


小雪が息をひきとったのは、永いきびしい冬が終りをつげて、どことなく忍びやかに春が近づいてきたころだった。
「山へ帰ろう!」
「小雪、おれの家へ帰ろう、もう誰もはばかることはないんだ、いいだろう?」
この瞬間の、小雪の表情ははげしいものだった。
最愛のひとの言葉を信じかねたふうに、しばらくぼんやりとみつめていたが、やがて、順吉の真意をコクリとうなずくと、
「私、ほんとは、いままで・・・・・・妻とは思っていなかったけに」
と、云ったかと思うと、 はじめてさめざめと泣いた。
そして、そのまま息をひきとったのである。


園田順吉は、これまた呆然と、最後の小雪のことばを信じかねたふうであったが、小雪をゆすぶりつけて、
「やっぱり園田家を気にしていたのか、かわいそうに・・・・・・なあ小雪、お前は僕のりっぱな妻だぞ! 
いいか小雪 日本一の妻なんだぞ!」
「おい大谷、小雪の婚礼 と葬式を一緒にやろうと思う」と、力づよく告げたではないか。
順吉はついに小雪に見せないでしまった大粒の涙をこぼした。

 

「西河克己映画記念館」


僕は小雪の墓穴を掘りながら、シベリヤの極寒を思いだした。 
収容所で日ごとに、捕虜の戦友たちは栄養失調から死んだ。 
零下三十度、屍はカチカチに凍てついた金属性の音をたてた。
僕たちは同様に凍てついた密林の大地を、ちびた鶴嘴でどんなに苦労をかさて墓穴を掘ったことか。
下手をすると墓穴を掘る方も凍傷でやられるのだ。
僕は、.....ラーゲルの、
あの金属性の音をたてる屍の始末をいつまでも忘れないだろう。 

「小雪!小雪!おうい小雪よう!」と、僕は呼んだ。
それから、なかばもの狂わしそうに小雪の墓標にしがみついて、頬ずりをしながら脚がズルズルとくずれ折れてひざまずくと、土饅頭のぬれた地面へ顔をおしあてて・・・・慟哭した。
このとき、もろもろの僕にまつわりついて、悩み煩わした瑣末な雑念がケシとんで、虚飾のみじんもないただあるがままの園田順吉が、赤裸々にノタうっていた。 
すでにいま、つねづね醜態ときめて抑制していたこの慟哭のふるまいも、かくしだての ない本然の美点となって光耀とかがやき、
まことに単純な愛しいひとを哀悼するこの涙にいっさいが洗い浄められて、もはやメフィストのしのびこむいとまもない--
僕は人間らしい、人間にひたりきっていた。・・・・

 

・・・


「夫が妻の墓穴を掘った」
という事や話は、管理人も見たり聞いたりしたことが一度もない。
小説ゆえだろうか。

 

 

 

「絶唱」は何度も映画化された。
社会派映画としてでなく、純愛映画として。


有名なのは、
小林旭・浅丘ルリ子。
舟木一夫・和泉雅子。
三浦友和・山口百恵。


管理人は舟木一夫・和泉雅子の映画を観に行った。
映画のラストでは観客全員がお決りのように泣いていた。

その頃、
純愛とは”死”が必須条件だった。
「愛と死を見つめて」
「わが愛を星に祈りて」
「絶唱」
どれも、愛し合う片方が死んでいった。
当時高校生の管理人は、
商売ッヶがあるなあ、とは感じながらも楽しんでいた。

・・・

 

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