息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

花の下にて春死なむ

2011-02-09 16:18:52 | 北森鴻
北森鴻 著
第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞。

身元を明かさずひっそりと生きた、一人の俳人が死んだ。
そこに残されたのは、他よりも一足早く花をつけた桜の枝。

なぜ彼は自身のことを語らなかったのか。
なぜ彼は故郷への愛情を持ちながら帰らなかったのか。
それらの謎がひとつひとつ解けていく。

キーマンはビアバー「香菜里屋」のマスター。
表題作をはじめ全六編の連作であるが、どれもよく練られたストーリーながら
謎解きが面白く読みやすい。

私は著者のタイトル選びのセンスが好きだ。
他の作品もそうなのだが、とくにこの西行の歌には惹かれてしまう。
それはきっと私の記憶の始まりが、寒い葬儀の日だから。
1歳半くらいか、真冬に亡くなった身内の女性の葬儀、泣き顔の写真が残っている。
高齢で大往生だったので、それほど悲壮感がなかったと思われるが、
人見知りのひどかった私にとって、大勢の親族が集まり、逃げる場所もなく、
母親が多忙そのものである自宅での葬儀は、とてもショッキングだったらしい。
そして、田舎の家ゆえに、また遺体の保存のためにも、そこはとても寒かった。
寒さと悲しさとみじめさと、それが幼い記憶に残っている。
寒いときに死ぬのは嫌だ、という思いは、その後寒いときに自分の葬儀が行われていると
いう悪夢のかたちで姿をあらわした。
のちに、西行の
願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ
という歌に出会い、自分の理想を見たと思った。
そうなのだ。私はいつ死んでもいい。役目が終わったら早く死にたい。
でもできるなら、春、桜のころに死にたいと思う。
そして、そんな気持ちが北森鴻に出会わせたと思う。

昨年一月、突然この世を去った著者。もっともっと読みたかった。
でも彼の著書に出会えてよかった。感謝したい。