哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

日めくり池田晶子 50

2011-11-20 19:10:10 | 哲学
 池田晶子さんの代表作の一つであるソクラテスシリーズの中でも、ごく普通のサラリーマンがこぼしそうな言葉にするどく切り込んだ今回の文章は、哲学の論理と日常の会話のような言葉とのギャップが大変面白い。酒好きな池田晶子さんと居酒屋で飲んだら、きっとこんな会話になるのだろう。




50 人生は理屈以外の何ものでもない。



ソクラテス 君は、君の人生で、したいことをしていないと言うんだね。
サラリーマン 当たり前じゃないですか。世のサラリーマンで、したいことをしているなんて言えるヤツがいたらお目にかかりたいですよ。したいことをする自由がないのが、サラリーマンというものなんです。
ソクラテス それなら、やめちゃえばいいじゃないか。
サラリーマン またそういうことを-。これだから自由業のヤツとは話が合わないんだ。
ソクラテス そうかね。それで僕は、君がしたいことをする自由がないというから、したいことをするためにそれをやめる自由が、君にだってあるじゃないかと言ったんだが。
サラリーマン そりゃあ理屈ではそうですよ。でも家族の面倒はどうするんです。
ソクラテス 君が責任もって面倒みるんだよ、当たり前じゃないか。
サラリーマン それが大変なことなんです。私ひとりならまだしも、私の年齢で組織を離れて、家族に人並の生活をさせるのは並大抵のことじゃないんです。貴方はほんとに何もわかっちゃいないんだから。
ソクラテス それなら家族を捨てちゃえばいいじゃないか。
サラリーマン まったくもう-。
ソクラテス じゃあ、逆に僕から尋ねるけどね、君が所帯をもったのは君の意志だね。
サラリーマン 意志だなんて御大層なものが、あったのかどうか。まわりが皆そうしているから、何となくそうしただけですよ。
ソクラテス しかし、そうしないこともできたのに、そうしたんだから、それは君の意志だね。
サラリーマン まあ、言い方なんて、どっちでもいいですけどね。
ソクラテス 子供を作ったのも君の意志だね。
サラリーマン 意志も何も、出来ちゃったものはしょうがないでしょう。
ソクラテス しかし、作らないことを意志することもできたんだから、やはりそれは君の意志だね。
サラリーマン まあ、そう言っても構わんですけどね。
ソクラテス 所帯をもったのも、子供を作ったのも君の意志、そして、それを捨てることができるのに養うことを現に選んでるんだから、これも意志だ。すると、君の人生は何もかも君の意志どおりに動いてきてるじゃないか。
(『帰ってきたソクラテス』「不平不満は誰に吐く」より)