哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

モーツァルトとバッハ

2005-10-04 21:29:51 | 音楽
 ここのところ一般向けのクラシックが流行っているそうですね。しばらく前にはモーツァルトの音楽に癒し効果があると言われてブームになっていましたが、今でもモーツァルトの音楽を癒し効果のために聴き続けておられる方は多いのでしょうか。

 映画『アマデウス』も面白かったし、モーツァルトの音楽の心地よさもよくわかるのですが、どうしても長調のその「軽薄さ」と、短調のやや「陰鬱」な気分は、ちょっと好きになれません。

 私が最も好きなのは、JSバッハの音楽です。CMやBGMでもよくバッハの音楽が使われているように、普遍的な旋律であり、またその音楽の根源的な響き、荘厳さ、まるで宇宙の旋律のような、何か超越したものまで感じます。

 チェロのパブロ・カザルスは、毎日祈りを捧げるようにバッハを弾いたそうですし、先日のTV「題名のない音楽会」では、あのブーニンが心の支えになった音楽としてバッハのカンタータをピアノで弾いていました。
 バッハの音楽は、宗教を超えて支持される音楽だと思います。

『カラシニコフ』 朝日新聞社刊

2005-10-04 01:45:29 | 
 朝日新聞に連載されていた「カラシニコフ」の続編が終了しました。最初の連載は単行本になっていますので、続編も本になるのかもしれませんが、内容は最初の方が断然面白い、というか「考えさせられる」内容です。

 内容は、まず旧ソ連で開発されたAK47がいかに世界に普及したか、から始まります。AK47はとても簡単な構造で、壊れにくく、子供でも分解清掃できます。軍用銃としては、アメリカの銃よりも優れているそうです。そして冷戦終結後、民族対立の激化の中で、AK47が普及し、子供までもが銃をもたされて戦闘が行われているというのです。
 そしてソマリアランドやシエラレオネでは、鉱物資源等の利権を国家支配者が私物化し、それらをめぐっての内戦が続けられてきたというのです。


 この本を読んで私が思ったのは、「国家の公共性」です。国家支配者が国の資源を所有し国民のために有効に活用する、あるいは資源が私有されていても税金納入を通じて公共への貢献がある、というなら理解できます。しかし、国家支配者が私腹を肥し、その利権をめぐって反政府派と内戦状態というのであれば、これはギャングの抗争と同じではないですか。

 国家というのは、何らかの意味で「公共性への意思」をもつ団体でなければなりません。それがあれば王政でも構わないかもしれません。つまり民主主義の理念よりも重要なのではないでしょうか。