いるべき場所
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実家のお寺は、大きなお炊き上げの火が燃え、除夜の鐘をつく。ここ10年ほどは甘酒もふるまって、深夜零時を待って初詣する方々が、約三千人ほどいらっしゃる。兄が護摩を焚き、私はその後ろで般若心経を太鼓つきで1時間ほど唱えて続ける役だった。
一方、密蔵院は、明治以来住職が不在で、25年前に私が入って久しぶりに住職がいるお寺になった。しかし、大晦日、私は実家のお手伝いだから、家内一人で午前二時までお参りになる方々の対応をしてきた。
35歳くらいから、私は「自分の預かっているお寺で、この一大イベントに何もせずに、他のお寺を手伝っているのは、はなはだ変だ」と思っていた。
長男が私の代わりを務められるようになったので、思い切って今年から、私は密蔵院で年を越すことにした。住職が大晦日に本来いるべき場所にいられることになったのだ。長男を含めて子供たち3人は実家のお手伝いで帰りは明朝だ。
夫婦二人で年を越すとは、なんとも二人三脚っぽくていいと思う。
みなさまにとって、前向きに、笑顔で、貫祿のある生き方ができる一年になるように、家内と数人の方々を後ろに、午前零時から護摩を焚くことにした。
ご一同さま、
よい年を迎えられますように。心より念じております。
合掌 密蔵院 芳彦
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