平家物語・義経伝説の史跡を巡る
清盛や義経、義仲が歩いた道を辿っています
 



崇徳院と後白河天皇の確執を発端とした保元の乱で、源義朝は清盛とともに
後白河天皇に味方し、崇徳院方に勝利しましたが、この恩賞で
清盛との差がついていました。 義朝はその恩賞を取り仕切っていた
藤原信西に強い怒りを覚えます。
後白河院近臣の藤原信頼もかつて朝廷内で絶大な権力を持っていた
信西に出世の邪魔をされ、やはり信西に恨みを抱いていました。

平治元年(1159) 義朝と信頼は手を結び、清盛が熊野詣に出かけ
都を留守にした間に兵をあげ、信西を殺してしまいます。
その上、二条天皇と後白河院を幽閉しました。
清盛が攻め寄せても、天皇がこちらについている以上、
彼らは謀反人となります。知らせを聞いて慌てて都に戻った清盛は、
天皇と院を何とか奪い返すことに成功しました。
天皇、院を奪われ、義朝と信頼は賊軍となり、
清盛が官軍となってしまいました。
 

二条天皇が救い出されて、六波羅が御所になると
関白、太政大臣以下公卿殿上人が続々と参上しました。
内裏にいた武士たちも踵を返し六波羅へと馳せ参じます。
六波羅には車、人、馬が込み合って鴨川の河原まで埋まるほどです。
やがて集まった公卿による詮議がはじまりました。大内裏は
2年前信西の尽力で新築したばかりで炎上させるわけにはいきません。
「負けたように見せかけ大内裏を退き火災のないようにせよ」と
公卿詮議による結果勅命が下されました。

官軍の大将軍は三人です。清盛の嫡男重盛、清盛の弟頼盛・教盛、
清盛は仮の皇居を守るため六波羅に残ります。
その勢三千余騎、六条河原に打ちいで馬の鼻を西へ向てぞひかへたり。
左衛門佐重盛は生年22歳、その出で立ちはというと、大将が身に着ける
赤地の錦の直垂にはじの匂いの鎧、腰から下をおおう草摺は、
家紋の蝶をかたどった金物が打ってある。
冑の緒を締めて平貞盛より代々平家に伝わる小烏という太刀を帯(は)き
切生の矢を負い、重藤の弓を持って、黄鴾(つき)毛の馬に柳桜をすった
貝鞍を置かせて打ち乗った。あっぱれ大将軍かな!
「年号は平治也、花の都は平安城、我らは平家也。三事は相応していて
どうして今日の戦いに勝たないことがあるだろうか。」
(『三事相応』すべてに「平」の字がついていることをいっている)
と重盛が勇ましくはっぱをかけると、兵士たちから気勢がどっとあがった。

迎え撃つ側は八百余騎、平治元年12月26日
昨日の雪ふりて消えやらず、庭上(ていじょう)に朝日さし、
紫宸殿にうつろひて物の具の金物ども
耀(かがやき)合て、ことに優にぞみえたる。

総大将悪右衛門督信頼卿生年27歳、その内心は分からないが
体格・見目ともによく、その上立派な武具を身に着けているので、
こちらもあっぱれな大将ぶりです。
馬は奥州の基衡が、陸奥国一の名馬といって院に献上した
たくましい黒馬に金覆輪の鞍を置き、
左近の桜の木の下に東向きに引き立てます。

武士の大将・左馬頭義朝生年37歳はというと、薄黄色の直垂に獅子の丸の
裾金物を打った黒糸縅の鎧を着け冑の緒を締め、厳物つくりの太刀を帯き
黒羽の矢を追い、節巻の弓をもって、黒鴾毛の馬に黒鞍を置いて
紫宸殿の大庭の東門に引き立てます。
嫡子悪源太義平は19歳、次男中宮大夫進朝長は16歳、
それぞれ美しい装束に身を固め勇ましげに馬を引き立てます。

三男右兵衛佐頼朝は、絹の直垂に源太が産衣という鎧を着け、
白星の冑の緒を締め髭切の太刀を帯き、12本差したる染羽の矢を負い、
重藤の弓を持ち柏の木にみみずくのとまっている模様を
青貝ですり出した鞍を置いた栗毛の馬を引き立てた。
この源太産衣と髭切の太刀は源氏重代の武具の中でもことに秘蔵の品であった。
かって八幡太郎義家の幼名を源太といい、源太が2歳の時、
院が「源太を連れてまいれ」と仰せられ、急いで鎧を縅、
鎧の袖に源太をのせて参上したので源太が産衣と名付けられました。
鎧の胸板に天照大神、正八幡大菩薩と鋳づけ左右の袖には藤の花が
咲きかかっているさまを縅(おど)したものです。

源太産衣と髭切は、代々嫡子に譲られたので、悪源太義平が賜るはずでしたが、
後に大将となる兆しでもあったのでしょう三男頼朝に授けられました。
※「はじの匂いの鎧」上は赤黄色で下にいくほど、ぼかすように縅した鎧
※「重藤(しげとう)の弓」藤を巻きつけた弓
※「節巻の弓」竹の節を藤で巻いた弓
※「鴾(つき)毛」馬の毛色の一種、地肌は赤みをおびた白い毛で、
       これに黒色・濃褐色の毛が混じっているもの
※「物の具の金物」武具の金具
※「厳物(いかもの)つくり」金具が全部銀製
※「獅子の丸の金物」獅子の形を丸くした模様の金物
頼朝は兄義平、朝長、父の腹心鎌田正清を見まわして「まもなく六波羅より
平家が押し寄せてくる。敵の機先を制してこちらから攻め込みましょう。」と
おっしゃるので13歳とはとても思えず大人びて見えます。
天竺・震旦(しんたん)はいざ知らず、我国において
源義朝の一党に優る武士があるようにも見えません。

「もし今度の合戦に負けたなら東国へ下り、家来を集め後日都に攻め上り
平家を滅ぼし源氏の世にしよう。」と義朝は強がりをいうが、
源頼政や天皇親政派の源光保と光基は
「保元の戦いで藤原頼長の御前で義朝の父為義が同じようなことを
申されましたが、負けてしまわれました。
その時降伏してきた父為義の首を義朝が斬ったが、
平治の今は如何であろうか分からないよ。」と
早くも心変わりしたように見えます。

 大鎧の画像は風俗博物館よりお借りしました。

鎧は札(さね)と呼ぶ短冊形の小片を細い革紐で連結して一段とし、
さらにこれを数段革または絹の紐で通し連結してつくる。(縅・おどす) 
貫(つらぬき)は毛皮の沓(くつ)

画像は丸十人形店よりお借りしました。

 『参考資料』
日本古典文学大系「保元物語・平治物語」岩波書店 古典講読シリーズ日下力「平治物語」岩波セミナーブックス 
鈴木敬三「有職故実図典」吉川弘文館

 

 

 
 
 

 

 
 
 


コメント ( 4 ) | Trackback (  )


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コメント
 
 
 
いよいよ頼朝の初陣ですか! (yukariko)
2009-08-02 22:16:37
でもこれから頼朝より一世代上の有名な人たちが綺羅星のごとく現れるから、彼はまだ形ばかりですね(笑)

天皇、上皇の勅命を頂いて賊軍を討つ戦いに向かう3千の軍勢の総大将が22歳の若武者重盛。

赤地の錦の直垂にぼかしの鎧、揚羽蝶の家紋を打ち出した草摺なども華やかで匂いたつようなヒーロー部下たちも大いに意気が上がった事でしょう。

それに引き換え、信頼卿は見た目の武者振りはあっぱれ偉丈夫にみえてもそこは軍事に疎い貴族、軍を率いる義朝、悪源太19歳は別にしても朝長16歳は年若いし、八百余と天皇方より数で劣る軍で朝敵の名を付けられては気持もひるみますね。

いよいよ軍記物の面目躍如で詳しいいでたちの描写、合戦の様子を描くのも美文調の語り物。

特有の難しい言葉の解説を一緒にして下さるので
その描写や様子がある程度想像できますが、具体的に思い描くのはなかなか難しいですね。

よく出てくる「源太産衣」の由来も初めて知って『なるほど。』と納得。
案外そういう言葉の由来って書いてないんですよね。三男の頼朝が授かったのも色々複雑ないきさつがあるのかな?
 
 
 
分かりにくかったですね。 (sakura)
2009-08-03 17:39:30
合戦の武具は普段目にする機会があまりない上、名前も特殊ですものね。
コメントを頂いてそうそうと思い、記事の中に鎧の写真と名所を加えておきました。

兄たちをさしおいて頼朝が源太産衣を着用したのは、母親の実家の身分の違いでしょうね。

「唐皮という鎧、小烏という太刀は、平将軍貞盛より
当家に伝えて維盛までは嫡々九代にあいあたる」(平家物語)
と平家にも相伝された武具があると書かれています。

当時、武具の相伝は源平だけでなく一般の御家人にもあったようです。

このあとすぐ源頼政や源光保・光基も平家側に味方しますし、
ご想像通り信頼は途中で逃げ出すし義朝側はさんざんです。

 
 
 
ありがとうございます! (yukariko)
2009-08-03 20:45:25
赤糸縅鎧の華やかさにはびっくりしました。
若武者がこれを着用したらさぞ引き立ったでしょうね。
ご親切にも鎧武者の写真と詳しい説明を入れて下さったのでとてもよく分かりました。

『驕る平氏は久しからず…』と謡われてしまう平氏ですが武者振り、貴族ぶり、そして都落ちする時の様、親が子を思う(武人としては情けないのかも知れませんが)様子などそれぞれに心にじんと来るお話が一杯伝えられていますから、みな平氏贔屓になりますね。

判官贔屓という言葉もありますが、元は源氏の容赦ない仕打ち、やりようを嫌った庶民階級の気持ちを代表していると思います。
 
 
 
こちらこそありがとうございました! (sakura)
2009-08-04 15:01:31
またお気づきの点があればコメントお願いします。
Yukarikoさんのようにいろんなことはできませんが、
できる範囲で対処させていただきます。

平家物語に登場する重盛は落ち着いた感じがしますが、
平治物語に登場する重盛は若い!
重盛もそうですが、大将の合戦装束は味方の士気を
奮い立たせるのにはとても大切なものです。

でもあまり派手な装束は、合戦中敵に存在を知られ
狙われるという不利な点もあります。

次も義平と叔父(義仲の父)との争いを書くことになります。
 
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