友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

貸した本

2009年07月05日 10時04分48秒 | Weblog
 私の拙い短歌に早くも二人の教え子から批評をいただいた。彼女たちは毎日ブログをチエックしていてくれているようで、「ありがとう」とお礼を言っておきたい。長女のダンナもそして長女の友だちも、毎日ブログを読んでくれているそうで、母親である長女よりも娘のことを「早く知っているので驚いた」と長女が話していた。ダンナの方は私のブログを見ることで妻の実家の様子を逐次知ることができ、身近なことだから「政治のことも面白いけれど、今日はもっと面白いよ」とか、「ここに出ている身近な書店ってどこ?えっ、遠いじゃん!」と一つひとつ確かめてくれているようだ。

 素早く反応してくれる人たちがいると「今日はもういいか」と怠け心を出すわけにはいかなくなる。素早い反応と書いて、全く逆な人を思い出した。彼とは20年以上前から、友だちの家のクリスマスパーティーで知り合った。彼は広告会社に勤めるコピーライターで、ギターのうまい若者だった。私が参議院議員の秘書をしていた時、通勤電車でよく一緒になった。今から13年も前になる。丁度その頃、北海道の19歳の女性の短歌集に魅せられて、その本を読んでいた。偶然に一緒になった時、キャッチコピーと短歌の類似性について語り、「この短歌は面白いよ」と本を手渡した。彼はいつも電車の中では本を読んでいたから興味を持ってくれるだろうと思ったからだ。

 今年4月から短歌教室へ通うようになって、その短歌集のことを思い出し、彼に「電車の中で渡した19歳の女性の短歌の本が詠みたくなったので、ご連絡いただければ取りに参ります」と手紙を出しておいた。急に家に取りに行くのは失礼だと思ったし、手紙ならば「誠に申し訳ないことにどの本なのかわからず、探し出すことができません」と手紙で返事が来ることも致し方ないと思ったからだ。ところが1ヶ月以上経ても手紙も電話もない。どうしたものか、電話を何度もかけてみたけれどつながらない。考えた末に思い切って家を訪ねることにした。

 ベルを押してしばらくすると彼が出てきた。でもその顔を見たら、私の方がビックリしてしまった。「何の用事でした?」とは言わなかったが、そういう顔だった。「こんにちは」と言って、何しに来たか経緯から説明した。「どういう書名です?著者か出版社は?」と彼は尋ねる。19歳の女性の短歌集という以外に何もわからないと手紙に書いておいたのに、手紙を見てもらえなかったのかなとさえ思った。「いや、もしあったらでいいので、お手数をかけて申し訳ないけれど一度探してみてください」とお願いをして帰ってきた。

 私の顔を忘れたというわけではないようだったし、不快感を持っているという様子でもなかった。ただ腑に落ちないのは、前もって出した手紙のことには全く触れなかったことだ。あれから、「探したけれど見つかりませんでした」という手紙も電話も来ない。多分、どこにいってしまったのかわからないのだろう。実は私も知人から借りた本が何冊かまだ持っている。本は案外に貸しても借りても忘れ易いもののようだ。でも、「ありましたか?」とハガキを出してみようかとは思っている。
コメント
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