友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

経済オンチの戯言

2015年06月30日 18時22分00秒 | Weblog

  

 今年はどうしてか、ギボシの葉が大きく育った。寄せ植えでいただいたものを鉢に移してもう何年にもなる。ギボシは友だちの別荘の周りにたくさん自生していたので、山の野草と思っていた。育てやすいというので、園芸用に改良され出回ったらしい。昨年の秋、乾燥牛糞を与えた効果だろう、葉が大きく育った。花の茎も3本伸び、うち2本が花を咲かせた。何日か前に、ミカンの木のアゲハチョウの幼虫のことを書いたが、今朝、どんなに探しても1匹も見つけることが出来なかった。風雨のためとはいえ、なぜか悲しくなる。

 財政危機に陥ったギリシアに対するEUの支援が期限となり、どうなっていくのか注目されている。私はギリシアには行ったことがないが、写真で見るギリシアは青い空、青い海、むき出しになった石が点在する高原、パルテノン神殿などが思い浮かぶ。西洋文化の源、ギリシア神話や円形劇場での演劇など今日でも愛されているものが多い。どうして途方もない財政危機に陥ってしまったのか、新聞やテレビでいろいろと解説してくれるが本当のところはよく分からない。

 借りたものは返さなくてはいけない。けれど、返したくても返せないくらい膨大なら、貸した方にごめんなさいと謝って、それで終りにする以外ない。それで貸した方が生活できなくなるというのなら大変だけれど、貸すことが出来るのは裕福な証拠でもある。私が一番よく分からないのは、お金を貸すとどうして利子がつくのだろう。利子という制度を考えた人は凄いと思う。有るものを貸したのだから、貸したものが返ればいいではないか、なぜ利子がうまれるのだろう。

 ギリシアが「返済できません」と宣言したらどうなるのだろう。「世界の市場は大きな打撃を受ける」と言われているが、どんなことが起きるのだろう。ギリシアのチプラス首相、ドイツのメルケル首相は辞任となるだろうが、そんなことより、世界経済の仕組みが変わるのだろうか。世界政治の方向が変わるのだろうか。世界の人びとが死ぬような事態にならないのなら、一度ギリシアは債務不履行を宣言してみてはどうだろう。これは経済オンチの戯言かな?

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自民党議員の本音

2015年06月29日 18時41分15秒 | Weblog

 権力者が一番嫌いなのは批判されることだ。オヤジが息子や娘から、「お父さんのこういうところが間違っている」と指摘されると激高するタイプは多い。これまでオヤジとして君臨していただけに、権威まで否定されたと思ってしまう。安倍首相を支持する若手の自民党議員が、文化芸術懇話会なる勉強会を立ち上げ、安倍首相と共著のあるブレーン・百田尚樹氏を講師に招いた。百田氏は「沖縄の2つの新聞はつぶした方がいい」と言った。

 国会で自民党が推薦した憲法学者が「安保関連法案は憲法違反」と断言し、内閣法制局の元長官までも「憲法違反」と述べるなど、安保関連法案に対する専門家の厳しい見解に、推進派の議員たちは腹立たしいのだ。最後は数で押し切れると思うのに、マスコミが反対を煽っているとしか見えない。激高したオヤジが「子どものクセに生意気言うな。誰のおかげで食べさせてもらっている」と言ってはならない言葉を口にしてしまうように、自民党議員も本音が出てしまった。

 「マスコミを懲らしめるには広告収入が入らないようにする」「スポンサーにならないように経団連に働きかける」。野田聖子議員に言わせれば「飲み屋で話すような愚痴を言うのは情けない」ということらしい。国会でこの問題を野党が取り上げた時、安倍首相は「個々の人が何を考え何を言うかは自由ですから」と答えていた。にもかかわらず、谷垣幹事長は勉強会の中心人物である木原青年局長を更迭し1年間の役職停止に、マスコミ批判をした議員を厳重注意の処分とした。

 今朝のテレビでも、安倍首相の憲法改正をめざす応援部隊が「オウンゴールした」と報じていた。「国のため、国民のための安保関連法案なのに、マスコミは批判ばかり」と、自民・公明の議員は思っているのだろう。だから「つぶす」というのであれば、彼らが嫌いな中国共産党政治と同じだ。自民党としては、何とかイヤな風を抑え、なんとしてでも安保関連法案を成立させたい、その決意が処分であり幕引きなのだろうが、政府と国民は平等な関係なのに、オヤジと子どもの関係と錯覚しているところが恐い。

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運命は神様が決める

2015年06月28日 18時18分39秒 | Weblog

 朝から強い風が吹いている。ルーフバルコニーのサルビアや日日草が悲鳴を上げているのに、どうすることもできない。大きくなるまではと思い、南のバルコニーに移動しておいたオクラは直接風を受けずに助かった。オクラの花は芙蓉の花に似ているし、実もまた夏野菜の中ではよく食べる。心配なのはルーフバルコニーの角に置いたミカンの木にいるアゲハチョウの幼虫だ。木曜日の朝、5匹いたのを確認したけれど、その後の長雨と強風の中、大丈夫だろうか。

 昨夜はなぜか、小学校のクラス会のことが思い出され、卒業アルバムを引っ張り出して眺めていた。小学校に上がる前の幼稚園の時、近所に若くてキレイなお母さんの子がいた。色の白いポッチャとした男の子で、お母さんは「お友だちになってね」と私を家に招いてくれた。我が家とは全く違う匂いの華やか部屋だった。小学校6年も同じクラスだった。中学も同じ学校だった。色白でポチャとしたまま、おとなしくて目立たない存在だった。

 私は故郷を離れてしまったが、ある時新聞に「組抗争で銃殺される」とあった。幼稚園の時、普通の家とは違うとは思ったけれど、彼はヤクザの家に生まれ、跡目を継ぐように定められていたのだ。あんなにおとなしい感じだったのに、運命は容赦なかった。小学校5年のストライキ事件の後、私が性格を変えようとしていた時、その手助けとなってくれた男の子がいた。既に亡くなっていたが、長い間開かれなかったクラス会を呼びかけてくれたのは彼だと知った。成人して、一度くらい会いたかったのに残念だ。

 人にはそれぞれ運命がある。知り合いのイスラム教徒も「運命は神様が決める。私たちは生きている限りしっかり生きる」と言っていた。人の出会いも、去っていくのも、定めでしかない。今朝、大和塾のことで若い女性と話し合った。彼女はプロレスが好きだと言う。ボードゲームに嵌まっているとも言う。孫のような年齢だから、無理もない。「ラベル印刷ができないと言ってみえましたよね」と言い、スマホを片手に「原因は‥」とパソコンに向かい、「これで印刷できると思います」と言う。若い人は違う。

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「少年A」の両親の手記

2015年06月27日 18時13分34秒 | Weblog

 このブログを読んでくれている長女のダンナが「『絶歌』は手に入りましたか?」と言って、真新しい本を渡してくれた。書店では既に売り切れだった。店員さんに「入荷の見込みはありますか?」と尋ねると、「何ともいえないけれど、入ったらすぐ連絡します」と言われ、注文書に電話番号を書き込んできた。『絶歌』については賛否両論あり、出版社を非難する声も少なくないが、「被害者に失礼だ」と言う人が多い。

 出版は被害家族にとっては逆撫でされる思いだろう。被害者には思い出したくない残虐な事件で、殺害された子は戻らないし、傷つけられた子は恐怖に呼び戻される。それでも私は、少年Aがなぜ事件を犯したのか、彼自身がどのように考えているのか知りたいと思った。彼と自分の相違点・共通点を確かめておきたいと思った。年齢も違うし環境も違う。それでもふと自分が犯罪者にならずに生きてこられた境目はどこだろうと思う。

 先日の小学校のクラス会で、男子の少なくない人たちが中学を卒業するとそのまま地元の大企業に就職したと知った。「金の卵とおだてられてさ」と言う。九州や四国から集団就職でやってきた人たちを「金の卵」と呼んでいたとばかり思っていたが、地元の子どもたちもそんな風に呼ばれていたのか。「夜間高校へ通ったけど、眠くてなかなか勉強でなかった。5年かけて卒業し給料が上がるのかと思ったら、やっぱり中卒扱いだった」と話してくれた。

 昨夜、書店から『絶歌』が入荷したと電話があった。今朝、書店に行き事情を説明したら、「キャンセルですね」と言われた。「キャンセルしてもいいのですか?」と念を押すと、「大丈夫ですよ」と答えてくれた。見ると『絶歌』が山積みされている。その横に1冊、『「少年A」この子を生んで‥「少年A」の父母』と題する文春文庫が置いてある。私はすぐレジに持ち込んだ。少年Aの父親が何歳なのか知らないが、彼は中学を卒業して夢見るように神戸にやって来たと知る。

 普通のお父さん、お母さんが、子どもたちを暖かく見守り育ててきた。「ウソをつかない人であれ」とだけ教え、勉強のことはうるさく言わなかった。ごくごく普通のニューファミリーだ。同級生に毒を飲ませ、高齢の女性を殺害した名大の女子学生の両親も我が子の行為を理解できないだろう。被害家族は少年Aに対して賠償を求めている。印税はそのために役立てられるだろう。

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小学校のクラス会

2015年06月26日 19時05分09秒 | Weblog

 昨日と違って、梅雨らしい一日になった。昨日の小学校のクラス会は男7人、女4人とと寂しかった。参加者は決まっている。5年の担任は亡くなり、6年の担任は認知症が進んでいて出られない。幹事はこの日のために場所を確保し、値段を交渉し、会費を決めてみんなに往復ハガキを送り、出欠と近況報告及び住所録をプリントして備える。幹事をやった者ならその苦労はよく分かるし、「みんなはクラス会をどう思っているのか」と聞きたくなる気持ちも分かる。

 幹事は出欠を記すハガキに、今後クラス会に参加するか否かを問うた。17人が「今後クラス会に参加しない」と回答してきた。そこで幹事は「参加者が固定しているから、これからはこのメンバーだけに連絡することでいいのではないか?」と言う。参加しないと回答した人の中にも、そうせざるを得ない人もいる。体調が悪いという人が何人もいるが、「まだ働いている」とか、「孫が生まれた」とか、理由が一時的な人もいる。「またお会い出来る日を楽しみにしています」と書いている人もいる。

 「昔の話などして何が面白い」と思っている人もいるだろう。「参加しても楽しくない」と思っている人もいるだろう。私も生まれ育った所でないこの街で、同じ学年の者だからというだけ理由で、毎年集いを行なっているけれど、正直何のための集いなのかと思った。クラス会も集いも、集まってお酒飲んで食べておしゃべりして、結局それだけで意義などあるわけではない。意味を求めなければ、たまには会うのもいいではないか。お互いに歳を取った。昔のことを思い出して、自ら輪に入っていく、そういう年齢になった。

 今回のクラス会に、卒業以来始めて参加した人もいた。彼は「検査が重なったが、今は体調もいい。幹事の名前を見たら会いたくなった」とわざわざ三重県からやってきた。幹事には手間をかけさせて申し訳ないけれど、やはり生存者全員に案内ハガキを送って欲しいと思う。それで参加しない人がいるのは仕方ないが、万が一、彼のように出てみようと思う人がいるかも知れない。意味のないことを真面目にやる馬鹿な年寄りでいいじゃーないかと思う。

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『円空・木喰展』

2015年06月24日 18時10分50秒 | Weblog

 松坂屋美術館で行なわれている『円空・木喰展』を観て来た。この辺りでは、円空はよく知られているが木喰は知らない人が多い。ともに江戸時代、仏像を彫って各地を旅した。円空は江戸の初期、木喰は後期に活躍したが、ふたりの間は百年ほど隔たりがある。仏像を彫るようになったのも、円空は32歳、木喰は61歳、ふたりとも掘った仏像の数が桁違いに多い。

 「木を彫る人だから、木喰というの?」と聞かれ、ちょっと考えてしまった。木喰が描いた絵にも「木喰」の名があったから、それで通していたのだろう。仏像を彫りながら諸国を転々としたというから、一宿一飯の礼のようなものだったのかも知れない。円空も木喰も、仏像を彫った人として私たちは理解しているけれど、ふたりは共に木食僧と言われている。

 木食僧とは肉や魚を食べない修行僧のこと。仏の道を求めて修行するが、ただの修行ではなく仏像を彫って地域に残していった。円空の仏像は丸太を削っていくというより、木端に顔を掘ったような簡単なものが多い。鉈一本で作ったと言われるように荒削りだが、顔をよく見ると彫刻刀で細かく細工してある。丸太ではなく木の端を材料にしているので仏像に厚みはない。

 木喰の仏像は丸太をノミで彫り、各部も細かく、仕上がりも丁寧である。制作日数を考えると円空仏よりも長くかかるだろう。仏像によっては色彩が施されたものがある。京都の仏師から仏像を購入するほどの財力がなかった地方の村々にとっては、「とてもありがたい仏様」であったと思う。だからこそ、大事に今日まで保存されてきたのだろう。

 この『円空・木喰展』は誰の企画なのだろう、そう思って置いてあった本を見て「オャッ!」と思った。「監修・小島梯次」とある。北名古屋市の円空研究家の小島さんだ。私が地域新聞を作っていた時の1990年の1月、「円空仏を探して」と題した記事を書いてもらった人だ。娘さんから、「うちの父は円空の研究者」と聞いたことがお会いするきっかけだった。本当にお世話になりました。

 明日は小学校のクラス会です。ブログは休みます。

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子育て

2015年06月23日 19時14分41秒 | Weblog

 雨が上がったら暑くなった。昨日は夏至だったけれど、曇っていたので太陽が一番長く輝いている日という実感を味合うことはなかった。今日はどうだろうと見ているけれど、また雲が空を覆ってきた。ルーフバルコニーの南側はサルビア・日日草・キキョウが咲き揃ってきた。椿の根元に昨年は1本であったツユクサが鉢一杯に生い茂っている。北側のバラたちは2番手がまた咲き始めたけれど、5月の時のような勢いはない。アジサイも盛りは過ぎた。

 花は手をかけてやれば応えてくれる。しかし、中には思ったように咲いてくれない花もあるし、手をかけすぎて痛めてしまうことだってある。声を上げないだけに、よく観察していないと見逃してしまうこともある。最近、雑誌や週刊誌で子育てのことが取り上げられている。下重暁子さんの著書『家族という病』が新聞広告に出ていたし、女性週刊誌の広告に下重暁子さんと精神科医の香山リカさんの対談が掲載されていた。週刊誌『AERA』も特集で「完璧すぎる親を目指さない」を組んでいた。

 子育てで悩む親たちは30代から40代、つまり私たちかその下の団塊の世代の子どもたちである。戦後、家庭は大きく変わった。私の家は10人家族で、祖父は特別な存在で一家に君臨していた。家族で食卓を囲んで食べていたが、団欒することは一切なかった。それが核家族となり、子どもは少なくなり、食卓を囲んで談笑する家庭像が理想となった。私は「黙って食べなさい」と言わず、子どもたちが話すことを面白がって聞いていたし、家族で旅行するのを務めのように実行していた。

 親としての役割と思い、子どもたちを信頼していたし期待もしていたけれど、過度ではなかったと思う。子どもたちがどう感じていたのか分からないが、父親がどういう人間であるか、どういう価値観を持っていて、何を大切にしているか、これは強く押し付けた。「人には優しく、自分には厳しく」と言って聞かせてきた。子どもたちは伸び伸びと育ってくれた。今、その子たちは親になり、子育ての最中だ。家庭はこうあるべき、親は、子どもは、と形を求め過ぎないで欲しいと思う。それよりもひとりの人間として扱って欲しい。

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関心事はすれ違う

2015年06月22日 18時43分45秒 | Weblog

 文房具店の店主が「ホームページを開設しているかね?」と言う。議員の時は富士通に勤めていたプロに作ってもらい、資料を提供して更新までやってもらっていたが、今はもう止めてしまった。「簡単に出来るからやるといいよ」と言って、店主のパソコンの前に座らされた。それから、「これをこうするでしょう」「そしてこうすれば、こうなるから」「写真の取り込みも簡単に出来るよ」「スキャナーで」「トリミングして」と、次々にやって見せてくれた。

 パソコンはやれる人にはとても簡単かも知れないが、やれない人にはチンプンカンプンである。私はホームページの開設よりも、ワードで行なっていたラベル印刷が出来ないことの方がはるかに現実問題である。知っていたら教えてもらおうと思い、「ラベル印刷の仕方」を話題にしてみたけれど全く反応はなかった。関心事は見事にすれ違っていた。

 内閣府が少子化対策の資料として、結婚していない20代から30代の男女を対象に結婚に関する意識調査を行ない、その結果が発表された。それによると、恋人が欲しいと言う人は60%で、恋人はいらないと言う人が40%もあった。いらないと答えた人は、男よりも女の方が多い。その理由は「恋愛は面倒」「自分の趣味に力を入れたい」「仕事や勉強が大事」ということだった。私の周りでも結婚しない男女は増えているが、20代から30代の男女で結婚していない割合はどのくらいだろう。

 「男女とも収入の低い人ほど恋人を求めていない」と注釈にあったが、恋にも金銭の比重が大きいことが分かる。「貧しくとも美しく」などと言うのは、私たちのような古い世代で、「お金が無ければ美しくなれない」と若者は言う。恋愛はロマンチックなものだったのに、「お金もかかるし、気も遣う面倒なもの」になってしまった。肌のぬくもりを感じてドキドキする、そういう感情の昂ぶりはないのだろうか。

 結婚するかしないかは人の自由であって政府が命令するようなことではない。少子化を止めようとするのではなく、少子化社会へ向けてどういうシステムに造り替えていくかだと思う。家庭のあり方も男女の関係も当然変わるだろう。今は模索の時なのだろう。

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銃が放棄できないアメリカ

2015年06月21日 18時35分31秒 | Weblog

 アメリカのサウスカロライナ州チャールストンの教会で、白人青年が銃を乱射して牧師で上院議員の黒人ら9人が殺された。オバマ大統領は事件の犠牲者を追悼し銃規制を口にしている。次期大統領を狙うヒラリー・クリントンさんも銃規制に取り組む姿勢を明らかにしている。3年前、東部コネチカット州の小学校で乱射事件があり26人の児童らが殺害された時、オバマ大統領は銃規制の強化を打ち出したが、「銃所持を保障した憲法の権利を奪ってはならない」とする議会の抵抗で実現しなかった。

 アメリカはヨーロッパで迫害されたキリスト教徒が中心となって建国した国家である。独立宣言には「自由・平等」を高らかに謳い、「権利を守るために政府を設ける」とある。イギリスからの独立は戦争であったし、広大な土地を守るために銃を必要としただろう。「キリストの愛」が人々を守ってくれるはずだったのに、聖書を持ちながらもう片方で銃を持ち続けてきた。「自分のことは自分で守る」というのはキリストの教えではないが、当然のように浸透している。

 乱射した21歳の白人青年は、「彼ら(黒人)にこの国が乗っ取られる」と口にしていたらしい。人種差別政策をとっていた旧南アフリカの国旗を付けたジャンバーを着た写真があったから、黒人の抹殺を本気で考えていたのだろう。アメリカでは黒人が虫でも殺すように白人警察官によって殺されている。黒人全員が蜂起しても国を乗っ取ることは困難なのに、どんな教育を受け何を根拠に殺人行為に走ったのだろう。

 これが逆で、黒人の青年が白人を多数殺したのであれば、国家を挙げて対策を打ち出すだろう。ブッシュ前大統領は軍隊を中東に派遣したが、あれもテロリストであるイスラム過激派を全滅するためであった。白人の人種差別狂人集団はなぜ見逃されるのか。オバマ大統領が誕生し、白人と黒人の対立がなくなり、国家と国家の対立がなくなり、核兵器が廃絶され、これまでとは違う新しい時代が到来すると期待したのは私の幻覚だったのか。

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騒がず、文句も言わず

2015年06月20日 17時54分18秒 | Weblog

 日本らしい社会の仕組みだ。昨夜の夏祭りの会場抽選会で、実行委員会からなぜ酒類を販売禁止としたのか、当然説明があるものだと思っていた。しかし、決定したことについて細かく説明する習慣はこの国にはないようだ。担当の若い女性市職員が司会を務め、屋台部会長があいさつしたけれど、「今年は酒類の販売が出来ませんので、しっかりと守っていただきます。祭りは皆さんの協力がなければ出来ません。よろしくお願いします」と言うだけだ。

 その後すぐに場所取りの抽選に入る。顔見知りの何人かが、「どうして販売できないの?」と私に聞いてくる。「議員さんから圧力があったらしいね」と言って来る人もいる。会場内でいろんな声が出ている。すると、実行委員会の人が「ブースの中で酒を飲むことも禁止です。酒を飲む人はブースから出て、飲んでいただきます」とマイクで言い放つ。「えっ、ブースの中で飲めないの?」「夏祭りの会場ではみんな飲んでいるのに、何で飲めないの?」と不満の声も出る。

 屋台で酒類を売ってはならないというのは、何のためなのだろう。夏祭りからアルコールを締め出すのであれば、会場全体を禁酒にすればいいのに、「近くにコンビニもありますから、欲しい人はそこで買えますと説明してください」と言うのはどういうことなのだろう。個々の人が酒を持ち込むのは構わないが、屋台が売るのはダメというのは責任を回避したいとしか見えない。

 「売るのがダメなら、タダで渡すか」と皮肉を込めた冗談を言う人もいたが、会場から質問する人も、意見を言う人もいなかった。私はとても日本人らしい光景を見た気がした。何人かの顔見知りはいるけれど、個々で文句を口にするが横の結束で事態を変えようとするほどの連帯はない。意見を言って孤立してしまうことが恐い。大きなものには巻かれろ。異議を申し立てて、会場が紛糾し、収拾がつかなくなって時間が遅くなれば、問題の本質よりも「腹へったのに」ということになってしまう。

 何やら実行委員会の人と話す人もいたけれど、全体としては「会場の割り当ても決まったから早く終ろう」という雰囲気だった。生きていく上で、民主主義なんてどうでもいいものかも知れない。血が騒ぐのを抑えて、私は沈黙を守る。

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