友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

それでは良いお年を!

2022年12月30日 16時22分34秒 | Weblog

 いよいよ明日は大晦日を迎える。テレビも新聞も1年を振り返り、過ぎ去ったことを思い出させてくれる。しかし、過去は戻らない。「過去から学べ」と賢人は言うが、学ぶ人は多くない。「時の流れに身を寄せ、なるようになる」の心境である。

 逆流に抗して、警鐘を鳴らす稀な人は古代からいた。時には権力者から世間を騒がす者として断罪され、あるいは世間から鬱陶しい者として敬遠された。時代は賢人が予想した方向へと進んだが、その時は受け入れられなかったのだ。

 平凡な暮らしを求める庶民には、日々の暮らしこそが大事なことで、先の見えない冒険は危険なことでしかない。今朝、7時前、太陽は輝いて東の空から上って来た。神々しい輝きだったのに、その後は薄い雲に覆われてしまった。

 天気予報で晴天が続くとあったので、私はルーフバルコニーに出て、植木鉢に水を撒いた。風は強くなかったが、冷たくて身を切られる思いがした。寒さに震えながら、来年も元気に花を咲かせて欲しいと、植木鉢に向けて水を撒く。

 過去は取り返せないから、未来に向かって出来ることをする。人の営みはそういうものだったと、80歳を前にしてやっと気付いた。このところ、気になっていることがある。妹や姪っ子や甥っ子に、「どうしてる?」と電話をしてみようかと思い悩む。

 日頃の行き来は全く無くなってしまった。コロナ禍でなければ1年に1回、名古屋駅前に集合して食事会を行ってきたが、それが途絶えてからは電話もしていないので、電話をかけると何事かと思われそうだ。

 このままコロナ禍が収束すれば、夏には集合して食事会を再開しよう。姪っ子や甥っ子のところの子どもたちは結婚したのだろうか。それぞれ子どもが大きくなり、各家で親族の集まりを行っているだろうか。

 我が家は3日に、長女一家がやって来て新年会を行う。明日から3日まではブログを休みます。何もせずに、グタグタと過ごす恒例の年末年始です。それでは良いお年を!

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それも仕方ないよと言い聞かせる

2022年12月29日 18時43分32秒 | Weblog

 今年のカミさんはとても張り切っている。今朝も台所の重い収納ケースをひとりで持ち上げ、中に入っていた鍋などを全部取り出し掃除を始めた。頑張っているのに見て見ないふりは出来ないから、私も手伝うことになった。

 今、流行りの掃除機をテレビ通販で買ったことも良い刺激になっている。「これ、とっても軽いからいいわよ」と掃除機を動かしている。「手が空いているなら、中を雑巾掛けして」と言われ、すぐ雑巾を用意して取り掛かる。

 台所は換気扇の掃除だけになったが、「それは明日にするから、午後はご褒美に花屋へ行ってもいいわよ」と機嫌がいい。ルーフバルコニーの植木鉢は少なくしてきたが、大きい鉢が3個、何も植えられずに残っている。どうしようかと私が迷い、放置されていた。

 せっかく鉢があるのだから、やっぱり春にはチューリップが見られる方がいい。そう思い直して花屋へ行った。正月に向けてたくさんの花が並べられているが、チューリップの球根が見当たらない。

 店内をぐるっと回って、ようやく片隅に置かれた球根を見つけた。大きめの球根だから値段は高いはずだが、色が白と紫の2種類しかない。7個ずつ植えて合計21個と計算してレジへ行くと、「10個で500円なんですが」と言われて、1個戻すかと思ったが、カミさんが「1個別に払います」と言ってくれた。

 培養土を1袋買い、帰ってすぐに植えた。もうチューリップを販売する時期ではないから、緑の芽が出ていた。今年の春に咲いたチューリップの球根は小さいから、浅い鉢に植えてある。春になって咲く時期がズレるかも知れないが、それはそれでいいじゃーないかと言い聞かせる。

 ルーフバルコニーで気がかりだったことは無くなったが、まだ咲いているペチュニアが春にどれくらい咲き揃ってくれるか、ちょっと気になる。まあ、それも仕方ないよと言い聞かせる。

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もっと慎重にやるべきだったと落ち込んでいる

2022年12月28日 17時38分06秒 | Weblog

 朝、「銀行、郵便局、酒屋と回りたいから運転お願いね」と、カミさんに頼まれた。出かけるまで、「忘れ物は無いよね」と何度も確認していたのに、郵便局に着く直前になって、「あっ、無い。忘れてきた」と声を上げる。

 慣れっこになっている私は、「改めて来ればいいじゃん」と言うと、「来月のついでの時でいいか」と納得している。カミさんは常に「ついでにやりたい」のだ。銀行へ行った時、駐車券をもらってきたが、無料だったからとバックに仕舞い込む。

 「銀行も困るかも知れないから返して来たら」と言うと、「固いこと言うのね」と渋っていたが、「じゃー、行ってくる」と銀行に駆け込んで行った。「入口に立っていた守衛さんに渡したら、『わざわざ申し訳ありません』と言われてしまった」と笑顔で帰って来た。

 昼からは時間があったので、玄関ドアをきれいにして迎春飾りを、また玄関の靴箱の上も新しい敷物にして花と鏡餅を飾った。鏡餅は床の間とか神棚に備えるものだろうけれど、我が家には床の間も神棚も無いので、いつも玄関と書棚と小物入れの上に置いている。

 母や祖母が見たら、「そんなところに置いて」と叱られるのかも知れないが、儀式の仕方は時代と共に変化していくのだと思う。以前は車の前方に、しめ縄を取り付けた車がマンションでも見られたけれど、最近は無くなった。

 正月には学校の運動場で凧揚げをしたり、マンションの中庭で羽根つきをする子の姿がある。コロナ禍の閉そく感から解放された、子どもたちの元気な声が響くといいな。しかしまだ、我が家は台所や浴室の掃除が残っている。もうひと踏ん張りしないと、正月が迎えられない。

 壁紙が無数の押しピンの跡で汚れていたので、白のスプレーを吹きかけてきれいにするつもりだったのに、息が詰まるといけないからと窓を全開にして作業をしたので、家具にまで塗料がかかってしまった。もっと慎重にやるべきだったと落ち込んでいる。

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アダムとイヴ以来の人間の課題である

2022年12月27日 17時40分36秒 | Weblog

 こんな寒い日に朝早く起きて、カミさんはゴルフに出かけた。身体を動かすことが好きだから苦ではないのだろうが、ナマケ者の私にはとても出来ない。洗濯物を干して、食洗器にセットしてスイッチを入れ、床を掃除しながら昼食はどうしようかと思案していた。

 書店から、「ご注文いただいていた本が届きました」と電話が入った。いつものようにフレンチトーストと野菜サラダの昼食を止めて、どこかの喫茶店で玉子サンドとコーヒーにしようと切り替わった。正午では混むだろうからと思い、遅らせて入った。

 やっぱり喫茶店は高齢者ばかりだ。週刊誌を見ながらコーヒーをすする男性が5人、女性も2人いるがそれぞれテーブルにひとりで座っている。2人組の男たちは中学の同級生のようで、認知症検査を受けてきたことで盛り上がっていた。

 帰りに書店に寄ったが、ここもやはり高齢者が多い。それにしても裸の写真雑誌が増えている。ビニール紐で縛ってあるから中身までは分からないが、かなりきわどい写真が表紙に使われている。チラッと眺めていく人はいるが、買い求めるには勇気が要る。

 そういえば以前、話題の週刊誌を買おうと思いコンビニに入ったところ、雑誌のコーナーに裸の写真がたくさん並べてあった。コンビニは書店のように、ビニール紐で縛って無いから手にして中身を見ることが出来る。誰も居ないことを確認して手に取ってみたが、レジへ持って行く勇気は無かった。

 昔からエロ本と言われるものは存在したが、こんなにもあから様では無かったと思う。発信する自由、受け取る自由が保障されているのかも知れないが、何か違う気がする。自由を法律で規制するのはよくない。発信する側、受信する側、資質のレベルを高めることだと思う。

 でも、どうすれば資質のレベルを高めることが出来るのだろう。裸の写真を見たくない男はいないし、女は美しい裸体を見せたい。アダムとイヴ以来の人間の課題である。

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しかし何のための議会なのか

2022年12月26日 17時14分25秒 | Weblog

 「月収25万円 町議立候補ゼロ」の見出しで、紙面の3分2を使った記事が今朝の朝日新聞にあった。神奈川県大井町で町議の補選に、誰も立候補しなかった。同時にあった町長選の投票率は38.75%と報じている。

 月収が低いことも要因かも知れないが、補選となると1対1のケースが多くなるので敬遠されたのだと思う。定年退職された人なら、月収25万円は魅力だろうが、町議になって何をしたいという意志が無かったのだ。

 昔は町議とか村議になることは一種の名誉職で、地区で順番が決まっていることもあった。記事の中の元鳥取県知事の片山喜博氏の言葉が的を射ている。「議会に活発な議論がなく、住民を引き付ける魅力を欠いている。議会は首長からの提案をそのまま通すだけになっている」と。

 続けて、「住民の関心を失えばなり手が集まらず、議員の質が下がればさらに住民が遠ざかる」と現状を指摘する。議員報酬を引き上げても、議会が今のままでは活性化は望めない。議員が何をしているのか、住民に見えなければ関心も湧かない。

 議会報告を行っている議員は何人いるだろう。住民が議員の活動に関心を持ち、毎日何をしているのかチェックする必要がある。報酬を支払っているのに、議員活動に関心を持たないのは住民の責任であり、これでは議会は議論の場にならない。

 自治体の将来をどう描くのか、議員が勉強して発言しなければ行政も昔のままだ。住民の税金を使うのに、議員にプランがなければ行政の言うがままになる。その方が行政も議員も「楽」かも知れないが、しかし何のための議会なのか。

 議員報酬を引き上げ、多様な議員が多く誕生し、議会が活発な論議の場となるなら、それも方策かも知れないがそれだけでは期待できない気がする。

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残念ながら人の世はこんなものだから

2022年12月25日 16時40分39秒 | Weblog

 「Merry Christmas」と、キリスト教徒でもない日本人が喜んで言うようになったのはいつからだろう。難しいことを考えずに、楽しければいいじゃーないかと言われそうだが、何となく気になる。

 私が小学生だった昭和20年代、私の小さな街の菓子屋でもクリスマスケーキが売られていた。テレビでクリスマスの街の様子が映し出されていたが、『ジングルベル』が流れ、荷物を抱えた行き交う人の群れは楽しそうだった。中にはワインを飲み、踊っている男女がいた。

 20年代より30年代と、年を追うごとにクリスマスは派手になっていった。戦争のことはすっかり忘れ去られ、豊かな享楽的な日々がやってきた。クリスマスがキリストの誕生だと知ったのも小学生の頃だと思う。

 我が家は25日の朝、子どもたちが目を覚ますと気付くようにプレゼントを置いていた。ビックリする子どもたちに、「サンタさんからの贈り物だね」と言った。多分、子どもたちは小学4年くらいまでは信じていたかも知れない。

 しかし、我が家はマンションでエントツが無い。おかしいと思っても、それを口にしてプレゼントが来なくなるより、知らぬふりして受け取っていたのだろう。子どもは親が思っているより賢いようだから。

 キリストがなぜこの世に生まれたのか、その意味を私は子どもたちに教えられなかった。今になって、旧約聖書や新約聖書を時々読んでみて、キリスト誕生の背景が分かってきた。神の存在を信じようとしていた若い頃とは違い、自分と神を客観視できるようになったからだろう。

 天の神は地上の人々を見て、怒り心頭だろう。こんな人間を創造してしまい悔やんでいるに違いない。私は神の怒りを忘れて、今晩もワインを飲み、美味しいものをいただこう。残念ながら人の世はこんなものだから。

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当たりのいい孫娘の体調不良が心配

2022年12月24日 17時06分15秒 | Weblog

 

 朝、カーテンを開けると一面の銀世界だった。なぜか嬉しくなってケイタイを向けたが、寒くて外には出ずに、部屋の中からの撮影になった。雪景色に心が躍るのは、雪の無い地域で暮らしてきたからだろう。

 昨日でなくて、本当に良かった。孫娘は2人目を妊娠しているが、つわりがひどくて食べられず寝てばかりいると言う。昨日は自分の都合で、2歳の男の子を保育園に行かせていないので、見に来て欲しいと頼まれた。

 孫娘が必要とする物を揃えて自宅に向かった。心配だったのは前回、曾孫を驚かそうと隠れていたカミさんが、「バアー」と声をかけた時、ビックリして床に倒れ込み大泣きしたので、今回はゆっくり玄関から入った。

 ジジババの出現に、「オヤッ?」という顔はしたけど、すぐニッコリしてくれた。オモチャで遊んだり、好きな絵本を見たりした。お昼ご飯もよく食べた。孫娘は相変わらず食が細い。それでもまあまあ食べ、カミさんと話し、気分転換にはなったようだ。

 食事の後、アニメをひとりで見ていた曾孫の瞼が何度も閉じかかる。ふたりは2階に上がりお休みになる。私たちも横になってグダグダしていると、孫娘が下りてきて、「熱があるみたい」と言って、解熱剤を持って上がっていった。

 夕方、曾孫の熱は少し下がったが、元気は無くて母親に抱き着いて、ウットリウットリしている。私たちは孫娘のダンナの夕食の準備をし、彼が帰るのを待って、挨拶して帰路についた。ナビに来た時は植田で降ろされたが、帰りは鳴海から上がれになった。

 混雑することも無くスムーズに帰宅できたが、ブログを仕上げる余裕は無かった。しかし、今朝の雪景色には驚いた。スーパーのチラシを見ていたカミさんが、「このひげ剃り、クリスマスプレゼントしようか」と言ってくれる。「今晩はクリスマスイヴだから、盛大に祝いましょう」とも言う。

 「そうだね。ふたりだけだから」と同調する。曾孫の熱は下がったようだ。孫娘が雪景色を見せて、「おそとであそぼうか?」と声をかけると、ハッキリと「いや」と言ったそうだ。身の安全を確保するために熱を出したのだろうか。誰にも当たりのいい孫娘の体調不良が心配だ。

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当たりのいい孫娘の体調不良が心配

2022年12月24日 16時51分55秒 | Weblog

テンを開けると一面の銀世界だった。なぜか嬉しくなってケイタイを向けたが、寒くて外には出ずに、部屋の中からの撮影になった。雪景色に心が躍るのは、雪の無い地域で暮らしてきたからだろう。

 昨日でなくて、本当に良かった。孫娘は2人目を妊娠しているが、つわりがひどくて食べられず寝てばかりいると言う。昨日は自分の都合で、2歳の男の子を保育園に行かせていないので、見に来て欲しいと頼まれた。

 孫娘が必要とする物を揃えて自宅に向かった。心配だったのは前回、曾孫を驚かそうと隠れていたカミさんが、「バアー」と声をかけた時、ビックリして床に倒れ込み大泣きしたので、今回はゆっくり玄関から入った。

 ジジババの出現に、「オヤッ?」という顔はしたけど、すぐニッコリしてくれた。オモチャで遊んだり、好きな絵本を見たりした。お昼ご飯もよく食べた。孫娘は相変わらず食が細い。それでもまあまあ食べ、カミさんと話し、気分転換にはなったようだ。

 食事の後、アニメをひとりで見ていた曾孫の瞼が何度も閉じかかる。ふたりは2階に上がりお休みになる。私たちも横になってグダグダしていると、孫娘が下りてきて、「熱があるみたい」と言って、解熱剤を持って上がっていった。

 夕方、曾孫の熱は少し下がったが、元気は無くて母親に抱き着いて、ウットリウットリしている。私たちは孫娘のダンナの夕食の準備をし、彼が帰るのを待って、挨拶して帰路についた。ナビに来た時は植田で降ろされたが、帰りは鳴海から上がれになった。

 混雑することも無くスムーズに帰宅できたが、ブログを仕上げる余裕は無かった。しかし、今朝の雪景色には驚いた。スーパーのチラシを見ていたカミさんが、「このひげ剃り、クリスマスプレゼントしようか」と言ってくれる。「今晩はクリスマスイヴだから、盛大に祝いましょう」とも言う。

 「そうだね。ふたりだけだから」と同調する。曾孫の熱は下がったようだ。孫娘が雪景色を見せて、「おそとであそぼうか?」と声をかけると、ハッキリと「いや」と言ったそうだ。身の安全を確保するために熱を出したのだろうか。誰にも当たりのいい孫娘の体調不良が心配だ。

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人類が進歩していて欲しい

2022年12月22日 17時11分51秒 | Weblog

 朝から雨が降ったり、強い北風が吹いたりの荒れ模様だ。知り合いの女性が「12月22日の冬至をもって、世界が変わる」と、予言めいたことを教えてくれたが、本当に何かが起りそうな天候になった。

 理科の先生に聞いた話では、地球は今は氷河期に入っているそうだ。それが温暖化で、予測不能の異常気象を招いているということらしい。神に逆らって悪行を続けた人間に、神は大洪水という天罰を与えられた。

 神を信じていたノアの一家だけが、箱舟に乗って難を逃れた話が旧約聖書にある。神はノアの一家だけでなく、家畜や動物や鳥などをつがいで箱舟に避難させた。生き残ったノアとその家族は神を称え、清らかで真面目な一族であったはずなのに、その人間社会は今も争いや悪行が絶えない。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、アメリカ議会で支援要請の演説を行い大喝采を受けた。ロシアは新型大陸間弾道ミサイルを実戦配備するという。片方が軍備を増強すれば、相手もまた増強するのは分かっているのに、なぜ停戦が出来るようにしないのだろう。

 第1次世界大戦の時、最前線で敵対するイギリスとドイツの兵士が、クリスマスを前に『きよしこの夜』を歌い、その戦場は一時停戦が生まれたという。けれどクリスマスが終われば、再び銃を取り合って戦ったから、「まぼろしの停戦」だった。

 讃美歌を歌った兵士は、互いに死にたくなかったし、殺したくなかっただろう。国家間の戦争では国の責任者が、停戦に合意しなければ戦いを収めることは出来ない。ゼレンスキー大統領とプーチン大統領は最も責任が重い。

 ノアの箱舟の時から、何千年経ているのか、私は知らないが、せめて歴史を重ねてきた分だけでも、人類が進歩していて欲しいと思う。今日は冬至、頂いたユズがある。ユズ湯につかって、世界が平和になるようにとを祈ろう。

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こんな嬉しいことは無い

2022年12月21日 17時57分27秒 | Weblog

 クリスマスまで後3日、「水曜日はヒマしてるから」とカミさんに言われて、名古屋へ出かけた。栄のギャラリーで開かれている私の恩師の息子さんの『小さな国の世界展』と、県美術館で今日から開催された『二科展』を観てきた。

 恩師の次男は大学の美術教授だった。背が高くなっていて、会場で会った時は気が付かなかった。挨拶して、お父さんに似た振る舞いとお母さんに似た顔立ちだと気付いた。恩師には本当に助けてもらった。

 私が大学2年の時、我が家は破産し、兄貴は行方をくらました。そのことを先生に話すと、「じゃー、ウチに来い」と言い、空き家になっている家に住むようにと言われ、先生の家で書生として働かせてもらった。

 先生の6年生の長男の家庭教師、家の手伝い、先生の運転手が私の仕事だった。1年半ほどした4年の時、「東京の光村図書で働くように」と言われた。私が編集の仕事がしたいと話していたからだ。

 先生は私のためにいろいろ考えてくれたのに、私は先生に何も恩返しできなかった。今日、次男に出会って話しているうちに、先生が「ワッハッハー」と大声で笑い、「何も気にするな」と大きな身体で叱ってくれた気がした。

 先生から受けた恩を人様に、どうお返しが出来たのかと思うけれど、私が生きてきたことがお返しだったと勝手なことを考えた。人にはそれぞれの人生があり、他人を傷つけたり悪さをせずに、生きてきたのならそれで意味はあるだろう。

 結婚して2人目がお腹にいる孫娘が、つわりがひどくて助けて欲しいと電話してきた。ヒマなジジババがお役に立つなら、こんなに嬉しいことは無い。23日は豊明の孫娘の家に行く約束をした。ブログは休むことになるかも知れないな。

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