「市民による市民のための勉強会」を発足させて10年になる。10年50回の目標達成まであと少しになった。ここまで続けられたのは、なんと言ってもお金を出してくれた山田さんのおかげだ。私はただ事務的なことをまめにこなしてきたに過ぎない。例会の場所を決め、会の司会をし、講師の依頼に走り、講座の準備をする。そんなことを繰り返して10年になってしまった。
せっかく知名度が上がったのに、これで終わるのはもったいないと言う人もいるが、私は引き際だと思っている。前にも書いたけれど、植物の葉は太陽の光を取り込む重要な役割がある。よく見ていると、新しい葉が出てくると古い葉は陽が当たらなくなって枯れていく。絵本『葉っぱのフレディ』はそうした命のつながりをよく表している。
どうするかは次の世代が決めればいい。必ずしも受け継ぐ必要はない。否定していくことになっても仕方ない。動物のように五感が発達していれば、次の場所へ移動すればいい。植物のようにこの場に留まるにしても、どう生きるかを判断する植物なりの機関が働くだろう。役割を終えたものは出来るだけ素早く交代した方がいい。
講師を引き受けてくださったその道の先人たちに感謝である。50人もの講師の皆さんがいたからこそ大和塾の市民講座は続いてきた。市民講座の役割を話し合っていた時、塾生のひとりが「市民社会の成熟の一助となること」と言った。私たちは我武者羅に生きてきて、豊かな社会を創り上げた。けれど、そこにまた新しい歪みが生まれてきた。
成長とはそういうものだろう。豊かさだけではダメなものがある。その原因に切り込み創り直していくには、主人公である市民が成熟していかなくてはならない。私たちがその役割を終えても必ず次の誰かがまた始めてくれる。そう信じたいし、いつもそうやって、人間は生きてきた。人間バンザイ!