友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

市長さんに手紙を書いてみた

2018年05月31日 17時53分53秒 | Weblog

  祭りを一生懸命で支えてきた団体に対して、上から一方的に「協力金を出せ」という発想が許せないから、「市長に手紙を出そう」と言うことになり、みんなで協議して文面を私が作った。行政は上から下までどこの機関も、いったん決まったことを修正する能力はないから、「何も変わらないだろう。しかし、一石を投じる必要はある」と先輩たちは言う。

 日本大学のアメフット部の体質も、「森友」・「加計」問題も、わが市の「協力金」問題もよく似ている。立ち止まって考えてみれば、「おかしい」と誰でも思うし、誰がウソをついているかも分かるのに、ボンヤリした闇しか見えない。こんなことでいいのかと思いながら、何も変わらないまま時は過ぎていく。「もう、やってられない」けど、私たちのような年寄りは、ただ見守るしかない。

 今日は朝から雨降りだったから、市役所に行く時間は充分あった。秘書課に行くと知り合いの職員が愛想よく迎えてくれた。「アポは取ってないので、市長さんに手紙書いてきたから渡しておいて」と手渡した。何しに来たんだろう?何が書いてあるのかと訝しく思ったことだろう。中身を確かめて、渡すべきか秘書課で処理すべきか判断するのかな。

 私が議員だった時には無かった「統括参事」という役職ができた。その人が選挙前、立候補予定者の事務所に、市長の出陣式と立会演説会に出席するようにと案内を持って来た。昼間だから勤務時間中なのに、しかも特定の候補のために活動していいのか、ズーッと疑問だったので、現職の議員で分かる人に、「これは問題にならないのか」と聞いてきた。

 彼は「問題だとは思いますが」と前置きして、「特別職なので、自分の時間を使ったと言われると、それ以上追及できないですね」と教えてくれた。「変えなくてはいけないことがいっぱいあるのに、変えていくことの難しさに愕然とします」と正直に語る。大丈夫、「おかしいことはおかしい」と言える人がいることが大事。声を上げ続けることが、いつか大きな転換につながると私は思う。

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もう、やってられない!

2018年05月30日 18時28分00秒 | Weblog

  朝から雨降りだったので、届けられた市の広報を見ていた。市の夏祭りについて、驚く内容が掲載されていた。市で行なわれる夏祭りは、実行委員会形式で行われ、市が前面に出ない。それはこの形の発案者であった前町長が、市民が企画し市民が運営する夏祭りにすることで、より多くの市民の参加を期待したからである。

 だから町長は、町内のあらゆる団体がそれぞれに工夫を凝らして何を売ってもいいし、値段もそれぞれの団体に任せ、売り上げは団体の活動費に充てればいいと提案した。祭りに付きものの露天商を排除し、市民団体が食べ物や飲み物、あるいは手芸品、採集してきた昆虫などを販売する夜店を開き、素人の活動でより多くの市民を呼び込むことに努めてきた。

 舞台も盆踊りだけでなく、様々に工夫され、より多くの出演者が生まれた。私たちの夜店でも、まだ幼い子どもが、「冷たいラムネはいかがですか」と声をかけて売った。そんな幼い子も大きくなるにしたがい、売った商品をタオルで拭いて渡す思いやりを考えるようになった。巣立っていった子どもたちも夏祭りには帰って来て、夜店を手伝うまでに成長した。夏祭りの会場に足を運ぶ人たちも、今ではもうすっかり「故郷の夏祭り」を楽しみにしている。

 ところが実行委員会は、各部門の応募者に「協力金を出してもらう」「雨で中止になっても返金しないことを了承して」とまでいう。各部門の人たちは皆、夏祭りを盛り上げたい、故郷の夏祭りを大切にしたい、そう思って時間と労力を投入してきた。それなのに、「協力金を出せ」とは何という発想なのだろう。もっともっと夏祭りを市民の祭りにするために、何をすべきかとは考えなかったのか。

 「協力金」を集めても大した金額にはならないだろう。そんなことよりもなぜ市長に掛け合わなかったのか、なぜ市民と協議もせずに一方的に決めてしまったのか、残念でならない。長い間、実行委員の座に就いていると、上からの目線になってしまい「権力の暴走」に気付かないのだろう。酒の販売は禁止、店内での飲酒もダメ、そして今度は「協力金」である。もう、やってられないよ。

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そのまま無視している

2018年05月29日 19時21分56秒 | Weblog

  曇り空だったので、絶好の作業日和。朝からひたすら作業に集中し、全ての鉢の土を入れ替えた。鉢が多すぎるから長引くと、この際、鉢を減らすと決めた。処分する鉢は土の捨て場に置いておくと、誰かが持って行ってくれる。割って不燃ごみで出すより、リサイクルになっていいはずと私は思うが、そう思わない人もいるだろうから、少しずつ持って行くようにしている。

 今日は土を4袋運んだが、あまりの重さに息が切れた。明日も天気が良ければ、土を運びたい。量を減らして運ぶ回数を多くすれば良いが、それも何回もとなると、階段の行ったり来たりがしんどくなる。若くないのだから無理しないことだが、土を運び込んできたのも私なのだから、処分も自分でしなくてはならない。

 疲れ果ててパソコンの前に座ってブログを見ると、珍しくコメントが3件も寄せられている。誰なのだろうと思うと、私が地域新聞を作っていた頃、よく寄稿してくれた人だった。パソコンには彼からのコメントが連続して3件となっていた。こうなってしまうのは私のパソコンのせいなのだろうか。最近、またパソコンの様子がおかしい。

 「注意!342システムの問題がみつかりました」とあり、「これらの問題はシステムのパフォーマンスに対して危険となる可能性があります。クラッシュや損失を回復するために、これらの問題を修正することを強く推奨します。モデル:H61M-DS2 オペレーティングシステム Microsoft Windows 10 Home」とか、「警告 即時設定が必要です」とあり、その下に「注意!342システムの問題がみつかりました」。「Microsoft windows10  Home 件のドライバー」「IZGigabyte Technology Co, Ltd 件のドライバーの更新を利用できます」とあった。

 私には何のことか分からないので、街のパソコン屋さんに上記のメモを見せて、「どうしたらよいでしょうか?」と聞きに行った。「修正しても大丈夫だと思います」と教えていただいたのに、その時から「注意!」がでてこない。その代わり、「30%割引」とか「時間で50%割引」とかが出てくるようになった。ますます分からないので、そのまま無視している。

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NHKが学校問題をテーマにドラマ2つ

2018年05月28日 18時21分38秒 | Weblog

  民放のテレビは騒がしい番組が多いので、年寄りの私は疲れてしまう。懐かしい歌番組は落ち着いて観ていられるが、ワイドショーのような時事問題はうるさく聞こえてしまう。NHKテレビは民放とは違う路線だったのに、最近はどれもこれも民放と変わらない。なので、出てくる女性アナに心惹かれて見ている。

 そのNHKテレビが、土曜日と日曜日の夜に学校現場をテーマにしたドラマを放送していた。土曜日は『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』で、学校で起きた問題を法律で解決する「スクールロイヤー」の奮闘記である。実際には、学校に「スクールロイヤー」はいないが、そのうちこんな制度が必要になるのだろうか。

 曲がったことが許せない「お尻の青い」弁護士が、その正義感から「それはおかしいでしょう」と問題解決に乗り出す。長時間労働・いじめ・体罰・モンスターペアレントなどはどこの学校でも起きている。けれど、「まあまあ」と事を荒立てることなく「穏便に」済ませているのが現実の学校である。果たしてこの弁護士が言うように、解決できるのだろうかと思ってしまう。

 日曜日の夜は、BSプレミアムの『PTAグランパ』と題したドラマ。こちらはPTAの在り方を問うもので、役員を引き受けた定年退職したグランパの奮闘記である。初めから見ていないので、なぜ祖父がPTAの役員なのか分からないが、こういうケースもあるのかも知れない。もうひとりの男性役員は父子家庭で、このふたりが副会長である。会長は男性と決まっている訳ではないが、ヒマな人しか役員は務められないのが現実のようだ。

 2つの番組はともに、最終回であった。終わり方も「体裁をつくろう」学校と、真実を見つめてみんなで考えていこうとする「スクールロイヤー」や「保護者」たちが、一歩前に出るクライマックスであった。本当の解決はまだこれからなのだろう。日大アメフットの問題と重なっているような気がした。ドラマが制作されたのは随分前なのに‥。

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iPadは私の命

2018年05月27日 17時19分18秒 | Weblog

  長女のところの、小3の孫娘を1日預かることになった。午前8時前に迎えに行き、パパが迎えに来て一緒に食事をしていくまで、ひとりで我が家で過ごすのは珍しい。まだ、水撒きが済んでいなかったので、「パパちゃんの代わりに水撒きしてくれる?」と尋ねると、興味深い顔で「ウン」と言う。「1鉢に10まで数えてね」と教えると、バラの鉢から水遣りを初めてくれた。

 なかなか順調にやってるようだったので、私は自分の作業に向かった。しばらくしたら、「キャー」と声をあげる。「どうしたの?」と近づくと、「虫がいる」と嫌な顔をする。「どこ?」と探すが見つからない。「いないねえ」と言うと、「虫嫌い。もうやめる」と部屋に上がってしまった。怖いもの知らずかと思ったが、意外に女の子だった。それで、私がルーフバルコニーで作業し、孫娘は居間でiPadを見ながらひとりで何かワイワイ言っていた。

 こちらもしばらくしたら静かになった。何か夢中で見ているのだろうと思いながら、私は作業を続けていた。ふと、後ろが気になって振り向くと、私の背の後ろで孫娘はiPadを見ている。やっぱりひとりでいるのは寂しいのかも知れないなと思い、「パパちゃんと一緒にこれやる?」と聞いてみる。即座に「やらない」と答え、また居間に引き返ってしまった。カミさんが戻って来て、3人で買い物に行く。

 買い物をして、お昼ご飯を食べて、家も戻るとすぐ、自分が「買い物をしたものに名前を書く」と言う子どもたちの持ち物に名前を書くのは私の役割だったが、孫娘は「自分で書く」までに成長している。「私、目が悪くなった」と言うので、「えっ、どうして、いつ分かったの?」と聞くと、「0,2なの」と言うので、「メガネをかけないといけないの?」と聞くと、「先生はいいって」と答える。あんなにiPadばかり見ていれば、目は悪くなるだろう。

 そう言うと、「ダメ、iPadは私の命だから放さない」と答える。孫娘の時代はどんな世の中になっているんだろう。さて、あの子と長女のダンナのために、今晩の料理作りを手伝おう。

 

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男と女、そんなものか‥

2018年05月26日 18時59分54秒 | Weblog

  絶好の作業日和だった。朝から腰を屈めて黙々と、目を凝らし、手を動かして作業する。残りは後、16鉢となった。やはり思い切って鉢数を減らさないと、身体が追い付かない。マンションには土の捨て場があるので、使わなくなった土はそこに捨て、不要になった鉢はその前に並べて置いている。鉢はまた必要な人が持って行くので、リサイクルになっていいと私は思っている。

 先日、マンションで花の世話をしている友だちに、「土が必要なら差し上げますよ」と話したところ、「ぜひ、お願いしたい」と言うので、台車に載せて届けた。彼女が思っていた以上に良い土だったようで、「きれいな土ね」と褒めてもらった。鉢の土を入れ替える時、そんなに神経を使わなくてもいいのにと思うくらい、残った根を取り除き、カビなどに目を光らせてきれいにしている。

 ひとりで黙々と作業をしていると、昔のことを思い出すことがある。今日は何故だか分からないが、「男と女の間には 深くて暗い川がある 誰も渡れぬ川なれど エンヤコラ 今夜も舟を出す」と口ずさんでいた。記憶が定かではないが、私が聴いたのは作家の野坂昭如氏だった。その後、盲目の歌手・長谷川きよしさんが歌ってヒットした。歌手の加藤登紀子さんも歌っていたようだが聴いた記憶はない。

 私が地域新聞を発行するようになって、町長に呼ばれてスナックに行った時、「君も何か歌えよ」と言われて、この『黒の舟唄』を歌った。「なかなかいい歌だが暗いな。酒の席ではあまり真面目な歌でない方がいいぞ」と言われた。そこで町長から教えてもらったのが『くちなしの花』だった。確かに歌詞がこちらはよく分かる。『黒の舟唄』はどういうイメージなのか、なかなかつかめない。

 5番に「お前とオレとの間には 深くて暗い川がある それでもやっぱり逢いたくて エンヤコラ 今夜も舟を出す」とある。「やっぱり逢いたくて」というところはよく分かる。「男と女の間には、深くて暗い川がある」というのも、なんとなく分かる。哀愁の籠った歌だけれど、「ああ。悲しいねえ」という気持ちしかよく分からない。男と女、そんなものか‥。

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親子の会話

2018年05月25日 18時58分27秒 | Weblog

  ゴルフの反省会には、プレイヤーではない私も参加する。「いつもご招待いただきまして」と笑わせるつもりで言ったのに、「ご招待していませんよ。あくまでも割り勘です」と茶化された。勝った人が奢るというルールのようだが、詳しいことは知らない、と言うより関心がない。友だちの輪に入って、ワイワイと飲めればそれでいい。

 私の隣りに座った先輩の長女のダンナが、「ジイジの家に行っても、ジイジはテレビの番ばかりで、話しがないとヨメが言ってた」と言う。娘と父親はどんな話が出来るのだろう。我が身を振り返ってみても、娘が来た時、やっぱり私も何も話していない気がする。娘に「どんな具合だね?」と聞くことも野暮な気がするし、母親と娘のようにあれこれと話す話題が見つからない。

 義理の息子になる長女や次女のダンナとも、何を話すかと考えると特に無いように思う。父親が私に何かを話したかと思い出してみるが、高校3年で亡くなったためか、父親と会話をした覚えは余りない。母親とも記憶に残るような会話はない。家族というのは、意外に会話が無いものなのかも知れない。生活を共にしているだけで充分な関係なのだろう。

 しかし、カミさんの父親とは時々食事を一緒にしたので、そんな時はお酒が仲立ちするのか、義父はよく話してくれた。若い頃、教師になりたかったこと、呉服屋に奉公させられたこと、結核で家に戻ったこと、何もしないでは生活できないから警察官の試験を受けたこと、戦後の経済警察(?)がどんなに恵まれていたか、なぜ陶器作りに興味を持ったのか、義父は字がうまかったが、書に関心を持った理由など、次から次へと話してくれた。

 義父がどんな思いで生きて来たのか、ひょっとすると子どもたちよりも義理の息子の私の方がよく知っているかも知れない。実の親子の方が気持ちを伝えるのは難しいこともあるだろう。「ジイジはテレビばっかり見ている」と言わずに、子どもの方から話しかけてくれれば、意外に話せるのではないだろうか。

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上が謙虚でないと、「忖度」は度を越していく

2018年05月24日 17時25分21秒 | Weblog

 朝早く、電話がかかってきた。昭和11年生まれの先輩が、「清水寺の森清範・貫主の講演会をDVDにしたからあげる」と言う。午前9時に、いつもの喫茶店で落ち合うことにする。私が喫茶店に向かっていると、前から来た車がフラッシュする。先輩が「休みだったから、乗って」と言うので、近くの別の喫茶店に行く。

 82歳の運転は結構怖い。急な右折・左折は平気でするし、狭い道なのに180度の方向転換もやってのける。腰が悪いから歩く時は杖を突いているが、「車が無くてはどこにも行けない」と車を乗りこなしている。高齢者の運転が事故につながっていると問題になるが、車が無いと動けないのは山間部ばかりではないのだ。

 「花まつり」である釈迦の生誕記念が、江南市で開かれた時にビデオ撮影したもので、江南市仏教会が主催し、ココ壱番屋の合唱団「COCORONI」が「茶摘み」や「からたちの花」なども抒情歌を歌った。中心になって森貫主を招いた永正寺は、愛知県立芸術大名誉教授水谷たき先生の生家で乾漆彫刻展示されているし、見る人の方を見ているようにみえる釈迦像もあるから一度出かけたいと思う。

 82歳の先輩と話していると不思議に元気になる。物知りだがエラブラナイからかも知れないし、考え方や価値観が違っても非難したり見下げたりしないからかも知れない。相手を思いやるのは日本人の美徳なのだが、そこに上下関係があると「忖度」になってしまう。安倍首相も言っていたが、「忖度される側はわかりません」ということのようだ。日大アメフット部の監督の言葉を聞いても下の者への思いやりはどこにもなかった。

 釈迦は自分が何者なのかを悟ることに全力を尽くした。上の者が謙虚でないと、「忖度」は度を越していく。それが人の常だと思う。

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モヤモヤが募り、憂鬱な気分

2018年05月23日 17時50分04秒 | Weblog

 名古屋市美術館で開催中の、『モネ それからの100年』を見て来た。「すべてはモネからはじまった」と副題にある通り、モネの時代から絵画は変わった。それは社会変化の表れで、自我の独立と言える。近代までは芸術家は存在しない。依頼者に求められて作品を作る職人であり、絵描きだけでなく、音楽に携わる人も、舞台の人も、今、芸術家と呼ばれている分野は皆、その道の職人であった。職人と芸術家はどこが違うのか、それは自分の意思を作品に現わしているかにある。

 この企画展は学芸員の思い入れが強い。モネの作品を紹介すると共に、現代アートが並べられ、その飛躍に圧倒される。絵画に興味のない人は、「エッ、なあーに?」と度肝を抜かれる。確かにモネらの印象派から近代絵画が生まれ、現代アートへと展開してきた。だから、現代の作品もモネから出発していると指摘されればその通りだけれど、かなり強引な展示のように私は思った。ただ、現代アートの中にはどのようにして作られたのか、謎解きのような凄い作品があり、大変興味深かった。

 「モヤモヤとしてよく分からないのが現代」と言われれば反論はない。昨日、関学大の選手に反則行為をしてケガを負わせた日大アメフットの選手が、ひとりで記者たちの前で謝罪していたことをが頭に浮かぶ。彼は自分が犯した過ちを公の場で謝罪しなければならないと決意したと言う。自分の中のモヤモヤした気持ちを振り切らなければ、これから先、どうやって生きて行けるのかと悩んだのだろう。記者の質問に素直に答えていたが、監督やコーチを悪く言うことはなかった。

 何だかよく分からない「ウソばかり」が目につくこの頃、涙が出そうになった。「監督と選手の間に乖離があった」とか、「記録が残っていない」とか、「会っていない」とか、「そういうことは一切ない」とか、聞けば聞くほどモヤモヤが募り、憂鬱な気分になってしまうこの頃だ。今日の天気のように重苦しい。これから梅雨入りになるそうだから、もっと滅入ることになるのだろうか。「恋の季節」は訪れそうにない。

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「先生」と呼んでくれる卒業生をありがたいと思う

2018年05月22日 17時36分47秒 | Weblog

  悪質な反則行為で関学大の選手を負傷させた日大アメフット部の選手が、記者の前に顔と氏名を明らかにして、謝罪し、監督・コーチからの指示だったと述べた。彼は退部届を出しており、アメフットボールは続けられないと覚悟をしていた。日大の内田監督も井上コーチも「反則を指示したことはない」と言うが、「詳しくは24日に文書で回答する」としている。

 指示していない、選手が勝手に思い込んだ、監督の意向と選手の受け止めに「乖離があった」と前回、日大は関学大に回答しているから、どうしてそうなったかを詳しく回答するのであろう。日本のスポーツ競技は、小学生から社会人まで、監督・コーチの指導は絶対である。小学校の運動場からも「バカか、何やっとる」と檄が飛ぶし、練習が終われば「ありがとうございました」と一斉に頭を下げる。

 監督やコーチは技術や作戦を伝授する訳だから、そこには絶対の自信があり、選手からの信頼が存在する。この上下関係が嫌いだったから、私は団体競技には向かなかった。私は高校で、デザインと美術を教える教師になったが、私が彼らよりも若干年上だから、知識も技術も持ち合わせていたから勤めることができた。生徒たちの知識や技術そして発想を引き出し、これらを高める手助けが自分の役割だと思っていた。

 表現や発想で、ひょっとすると私を超えていくかも知れないと思う生徒はいたので、スポーツの監督やコーチのように、頭から怒鳴りつけ、「バカか」と言い放つことは出来なかった。一緒に居て、一緒に考え、一緒に作業することで、彼らが育っていくことを念頭に置いていた。実際、社会人となって活躍するうちに私を超えていった。社会人となればライバルである。優れた技術、発想が常に求められる。私が教師を続けていたら、アーチストとして競い合っただろう。あの時、ケガをしなければ。

 別の道を進んだ私を、「先生」と呼んでくれる卒業生をありがたいと思う。

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