常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

夕焼け

2019年08月23日 | 日記

午後7時近くになって、西の空はきれいな夕焼けになった。天気予報は、明日の朝からの晴れとなった。小国は明け方まで雨が残るらしいが、明日の山行を予祝する夕焼けだ。朝日連峰の東端、東北のマッターホルンといわれる祝瓶山。しっかりと登って、今年の登山にいい思い出となる日にしたい。

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地蔵

2019年08月23日 | 日記

お地蔵さん、もうすっかり日本の文化に定着している。『今昔物語』には、地蔵菩薩を念じて命を救われた話がたくさん出てくる。そのひとつを、拾うと。「伊勢の国に住む下人があった。月ごとの24日になると、精進受戒して地蔵菩薩を念じていた。この国に水銀が出るので、郡司が下人を含む同郷の3人へ水銀掘りを命じた。3人は水銀のあるところに出向き、穴を掘って、丈余もある穴に入った。ところが、穴の口の土が崩れ、出口が塞がってしまった。

3人は出口の穴の中に閉じ込められ途方にくれ、泣き出すものもあった。地蔵に帰依していた下人が、地蔵のことを思い出し、念じて、地蔵菩薩に我を助けたまえ、と祈った。するとたちまち暗い穴に光りがさしこみ、端正な姿をした小僧が、紙燭を持って現れた。下人に告げて、「私の後についてきなさい」と言った。恐れ喜んで、小僧の後を追って行くと、元の里に出た。同郷の二人には、この明かりが見えなかったため、穴に残されたままになった。

この話が広がると、伊勢の国では、多くの地蔵菩薩を造り、特に水銀を掘るときには、地蔵を念ずることをすすめた」。地蔵は釈迦が入滅したのち、弥勒菩薩が現れるまでの間の長い時間、六道を巡って衆生の苦を救う役割の菩薩である。唐の詩人李白に、地蔵をたたえる詩がある。

普く慈力を仮りるに頼りて

能く無辺の苦を救う

独りはるかなる劫より出でて

横流を導き開く

「劫」は弥勒菩薩出現までの長い時間。「横流」は苦海のこと。日本で地蔵菩薩信仰が盛んだったよりも前に、中国でも同じ信仰が行われていた。

 

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