常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

燕岳から常念岳へ(2)

2019年08月05日 | 登山

◆Y1. アルプス一万尺 ハニー・ナイツ

1)大天井岳

8月2日、4時15分に燕山荘の朝食を終えると、大天井岳から常念小屋は向かう。昨夜の燕山荘はさすが人気の小屋だ。部屋は2階の屋根裏ようなところに作ってあるが、山登りをする人のことを考えた作りになっている。夕食もうまかった。1200円する弁当を買う。大天井の小屋で食べることになるが、餅米で作ったお握りに、芯に肉を入れ、栄養や日持ちを考えたコンパクトな作りだ。ザックに入れても邪魔にならない。昨夜夕食後、小屋の主人である赤沼さんの話があった。山のマナー、山での季節の移ろい、ゴミの持ち帰りなどいい話のあと、一節だけアルプスホルンの音を出してくれた。赤沼さんは怪我をして、しばらく演奏も休んでいたが、この日初めて吹いたとのこと。

燕岳から大天井岳まで、北アルプスの表銀座というルートだ。多くの登山客は、このルートを通って槍を目指す。我々はヘルメットを持って登ったので、しばしば、「槍へ行かれますか」と聞かれた。整備され尾根道を、右手に槍ヶ岳を終始目にしながら歩くのは、やはり日本山岳の中心に来ている、ということが意識される。時々、来た道を振り返る。足元に注意が行きがちだが、歩いた道のりを目で確認するのだ。何と長い距離、大きな山を越えてきたのだろうか。思わず、自分の足に感謝したくなる。

大天井小屋のベンチにザックを置いて、軽いサブザックで大天井岳に登る。霞がとれて前方に見える山々がきれいだ。石を敷いたような登山道を30分ほどで往復する。ここのベンチで、燕山荘で買ってきた弁当を食べる。美味。離れた岩のあたりにカメラを持って人が集まっている。ライチョウの家族が、餌を求めて移動していた。人を怖がる様子はまったくない。ライチョウにとって天敵は、上から狙う猛禽類である。そのため、羽は石の色と同調して、発見されにくい配色になっている。

この山の斜面には、コマクサが多いのに驚く。岩陰の所々には、チシマギキョウの優美な色合いが、山歩きの疲れを癒してくれる。中年の女性の一人旅に出会った。佐渡ヶ島からきたという。家族連れ、高齢者、そして女性の一人歩き、この山がこうした人たちからも親しまれていることがうれしい。どの小屋に泊まるか、その判断も自分の足に相談しながら決めていく。夏のこの季節ならではのことかも知れない。

東大天井を巻いて行く、下りの道はハイマツのなかだ。長い下りに続いて、横通岳へむけて緩やかな登りになる。小学生を連れた家族連れが、後ろから我々を追い越していく。「こから40分ほどで常念小屋が見えますよ。そこから下りです。20分くらいかな」子ども連れの母が教えてくれる。疲れがたまった足には長い道のりだ。昨日からの累計で山道歩きは15㌔近くなっている。小学生の男の子が、じっと私を見て、「気をつけてください」と声かけて行った。

 常念小屋に着いたのは1時40分。時間的にみれば、すぐに常念岳に登ってくるのも可能な時間だ。しかし、朝の5時から歩き通した足は疲労のピークに達している。その上、薄い雲がでて、周囲の展望も得られない。「登るのは、明日にしましょう」これが、リーダーの下した決断だった。着替えて、食堂で早めのビールに舌鼓を打っていると、窓の外には大粒の雨が降ってきた。

(2)常念岳頂上の展望

 

明けて3日、5時に食事を終えると、常念乗越にご来光が出た。この山旅で初めてみる、みごとな朝の光だ。昨日とは打って変わって青空が見えている。乗越を右へ登れば常念岳、直進すれば一の沢を通って、ヒエ平の登山口へと下る。今日は、常念の頂上を究め、引き返して登山口へと向かう予定だ。振り帰れば、昨日下ってきた、大天井岳からの登山道が見えている。今日の常念岳には、この長い距離を歩き通してことへのすばらしい褒美が待っていた。

常念乗越からは、我々の足で1時間半、ほぼガレ場ばかりを登り詰めて行く。昨日出会った一人旅の女性が、「昨日は登らなかったのですね。ひょっとして雨に降られたのではないかと心配していました」と声をかけてきた。同じコースを一日以上歩けば、見知らぬ人同士にも不思議な連帯感が生まれる。

ガレ場でもルートは変色して、登山道であることが分かる。昨日まであった朝の霞はすっかりとれ、頂上に立った時の360°の眺望を約束してくれている。この3日間、待ちに待った瞬間が訪れようとしている。ウェストンは常念から見える眺望を『日本アルプス』のなかで、次のように描写している。

「谷間の上に槍ヶ岳の光った一つの岩の頂上がそびえ、その南の方の凸凹した痩せ尾根は穂高山の切り立つ稜線や峻峰に続いていた。東に目を向けると、遥かに松本平の上が見渡され、そのかなたの丘陵までも見えた。それらのうちで一番目をひくのは噴火山浅間山で、煙と蒸気のまじった灰色の柱が銀色の渦巻きとなった上空に立ちのぼっていた。」


6時40分、我々は常念の頂上に立った。まさに360°、さえぎるものない眺望である。槍の穂先は、ウェストンが書いた通り光って見えた。燕岳から大天井岳から常念乗越へ、歩き通したルートの山並みが、大きく長く続いて見える。これこそが、3日間苦しい歩行をしてえられた神からの褒美である。

頂上からの眺望を堪能したあとは、下山となる。足場の悪いガレ場では、細心の注意を傾けて足を置く場所を選ぶ。「ゆっくり下りましょう」と、シニアの登山者に呼び掛けているのは、前にも紹介した烏賀陽さんだ。「登りで足も疲労しています。登頂を果たしたという気のゆるみもあります。すべったり、ころんだり、道をまちがえたりするのは、ほとんど下りの途中です。登るよりも時間をかけるつもりで、ゆっくり下りましょう」

常念乗越には8時到着。ここから、沢筋の急な下りになる。チームのメンバーは健脚だ。悪路もものともせずひたすら登山口を目指して下っていく。12時44分、ヒエ平の登山口に到着。ここからタクシーで、車を置いた駐車場へ。帰路の温泉は「ほりでーゆ」ジャグジーが快適であった。

コメント (2)
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