6月に計画している御堂森(標高1056m)の下見をかねて、細野の山を愛する会主催の「御堂森イワウチワ鑑賞登山」に参加した。銀山温泉へ入る道から右へ折れて細野集落がある。集合場所はこの集落にある農家レストラン蔵である。このレストランを切り盛りするのは、この集落のお母さん達だ。蔵の裏手から、今日登る御堂森の残雪が見えている。
先ず驚かされるのは、集落から登山口に続く林道だ。2㌔足らずの道だが、高度を一気に200m上げる。乗っていた自家用車はレストランに置き、5台のトラックの荷台に分乗する。山道の通行量が多くないせいか、大きな凹凸はないが、急な登りをエンジンを唸らせて登っていく。やはりここは、4輪駆動の車が必須のようだ。
登山口に着くと、黄色いポストが置かれている。人里からかくも難しい路の更に奥にある山。ここは山岳信仰の奥の院として祀られた歴史のあることもうなずける。
駐車場から頂上までの登りは所要3時間。朝の透明な光のなかを、辺りの新緑に魅せられながら登る。標高600mまで、アップダウンの坂道はあるものの、大きな問題もなく通過。この辺りから、林床にイワウチワの群落がみごとな花を咲かせている。朝の説明で、この群落は、この高度では日本一の群落と烙印を押されている話されたが、なるほど約1㌔も続いてイワウチワが鑑賞できる。
イワウチワは、雪解けのあとから次々と咲いていくので、山ではその鑑賞期間も長い。必ずしも高山にある花ではない。富山県では宇奈月町の町の花になっている。東京近郊の雲取山が、イワウチワの花の百名山として紹介されている。花ことばは「春の使者」。春を待つ細野の集落の人々にとっては、この花に特別の思い入れがあることが想像できる。
さらに高度を上げていくと、沢すじから五月の風が吹きぬけていく。汗をかきながら急な坂道を登ってきた身には、この風はことのほか気持ちがいい。見上げれば、ブナの新緑に光りが当たり、小枝を風が揺らしている。風に吹かれることの気持ちよさは、遠い子どもの日の思い出につながっていく。
夏休みの暑い日。家にある栗の木の下に筵を敷いて、ひとり寛ぐ時間を好んだ。北海道の夏は、涼しい風が吹く。涼をとるにはこの風に当りさえすればよい。持ってきた文庫本を、一陣の風がページを繰っていく。
春風のつまかへしたり春曙抄 蕪村
この山行が少年のころの思い出につながっていくことは、何ものにもまさるプレゼントである。この一瞬に青春の時間を取り戻すことができたのだから。
八合目の上からは、残雪があった。近くの翁山、その向うの月山。そして少し遠い鳥海山。この時期にしか味わえない光景である。新緑と残雪のコントラスト。空に浮かぶような鳥海山の雄姿。どれひとつをとっても、深い記憶の底に生き続けるであろう光景だ。頂上から下山に、雪の上でアイゼンを使う。50人ほどの登山者がいたが、皆山馴れしているのであろうか、アイゼンを使う人はいない。短い距離ではあったが、このアイゼンは安心感と体力の温存にやはり効果があったことを実感している。
帰路、気温が上がり、最後の坂道で力を使い果たした人が、熱中症の症状でダウン。ブルーシートにストックを包んだ簡易タンカーを作って、皆の力を合わせて運び下す。山登りで起きる予期せぬアクシデントに、勉強になる時間でもあった。予定を1時間ほど経過してレストラン蔵に到着。ここで着替えをして反省会。手打ちの蕎麦に舌鼓。5時20分解散。