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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

老い木桜 小林一茶

2013年10月14日 | 


最上義光の菩提寺、光禅寺の参道に見るも痛ましい老い木桜が立っている。以前にもこのブログで紹介したような気もするが、年々その衰えぶりは激しい。それでも先の方の枝に葉が残り、春にはきれいな花を咲かせる。今年の10月の高温で、方々で桜が狂い咲きしたというのでもしやとこの木を見るが、花をつけている様子はない。

今朝の新聞に70歳台の体力が、12年前の調査時点より5歳若返ったと報じられていた。70歳といえば、桜の年齢からみればこの老い木桜と同じような年代である。余命も平均寿命に照らせば、もう先は見えている。それでも人間は体力維持のため、運動し、食生活に注意する生きものらしい。小林一茶が、自分の生になぞらえて老木桜を詠んでいる。

或る山寺にうつろ木の一つなん有ける
今にも枯るるばかりなるがさすが春のしるしにや
三つ四つふたつつぼみけるを

浅ましの老木桜や 翌が日に 倒るヽまでも 花の咲く哉  一 茶

なんともやるせない哀調である。一茶は晩年、生まれ故郷の信濃柏原村に戻り、50歳にして嫁を迎え「おらが春」を迎えた。だが、生まれた子は次々に死に、妻にも先立たれ、自らも病に苦しむ晩年であった。あまつさえ、家は火災に逢い、苦しい晩年であった。一茶がよほど死んだ方がましと考えたのは、二度目の病に倒れてからだった。

老いらくや生き残りても同じ秋

こんな句を詠みながら、自棄になったような俳諧歌を書きなぐる毎日であった。

早く死ね早く死ねとや烏めが 喰ふ喰ふ喰ふと鳴きにかるかな

べんべんと何もしなのの冬の蝿 灰にまぶれてはひありくかな

文政10年11月19日、黒姫山から吹き降ろす風に乗って、仮普請の一茶の家に雪が舞い込んできた。3度目の妻、八尾に墨の用意をさせ、筆を握って句作をする様子であったが、急に気分が悪くなり、蒲団に横たわると、家人も知らぬ間に息を引き取っていた。このとき八尾の腹には、遺児が入っていた。享年65歳。
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