豪華(ごうか)な装飾品(そうしょくひん)が並(なら)ぶリビング。ここの主人(しゅじん)の趣味(しゅみ)なのか、どれもこれもあまり良いセンスとは言えない。飾(かざ)り立てすぎていて、どうにも落ち着かない。リビングのソファに腰(こし)を下ろして女は思った。それに、さっきから目の前に座っている主人が、こっちを睨(にら)みつけているのだ。だが、女はまったく意(い)に介(かい)さない様子(ようす)。
そこへ妻(つま)がお茶(ちゃ)を運んで来た。お茶をテーブルの上に並べると夫(おっと)に向かって言った。
「あなた、お出かけになるんじゃ…」
主人は機嫌(きげん)が悪(わる)そうに、「かまわん。お前、何でお茶なんか出すんだ」
女はすかさず声をかけた。「ありがとうございます。いただきますわ」
女はお茶を一口すすると、「あたしはかまいませんよ。ご主人様(さま)にも聞いていただいた方がいいかもしれません。奥様(おくさま)、どうぞおかけになって下さい」
妻は、夫の横にしぶしぶ座ると、覚悟(かくご)を決めたのか夫に向かって言った。
「あなた、実(じつ)は…。私、こちらから、お金を、お借(か)りしてるんです」
夫は驚(おどろ)いた顔をして、「金だと。どういうことだ。お前には、月々(つきづき)ちゃんと――」
「奥様はお寂(さび)しかったんですよ」
女が口を挟(はさ)んだ。夫は女を一瞥(いちべつ)すると妻に向かって、「何の金だ。一体(いったい)いくら借りたんだ」
二人の様子(ようす)を見て女がクスッと笑って、「大した金額(きんがく)じゃありませんわ。一千万です」
<つぶやき>庶民(しょみん)にとっては大金(たいきん)ですよね。この奥さん、一体、何に使ったのでしょう。
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女は奥様(おくさま)に微笑(ほほえ)みかけた。でも、その目は獲物(えもの)を狙(ねら)う獣(けもの)のように冷(つめ)たいものだった。それを感じたのか、奥様の顔に不安(ふあん)の色がありありと浮(う)かんでいた。
その時、玄関(げんかん)の扉(とびら)が開いた。中から出て来たのは、この家の主人(しゅじん)。五十代後半といったところか。小太(こぶと)りで頭も少し禿(は)げかけていて、どこかずる賢(がしこ)い目をしていた。どう見ても、女に好かれるタイプではない。奥様がどうしてこの男を選(えら)んだのか? 他にも言い寄(よ)る男はいただろうに。奥様は、それほど若(わか)い頃(ころ)は美しかったはずである。
主人は女の顔を見るなり、ハッとして息(いき)を止めた。女は硬直(こうちょく)している主人に向かって、艶(なま)めかしい笑(え)みを浮かべる。主人は動揺(どうよう)を隠(かく)しながら妻(つま)に言った。
「おい、出かけなきゃならんのに、何をしてるんだ」
「ごめんなさい。すぐにお支度(したく)を…」
妻はおどおどしながら頭を下げると、慌(あわ)てて家の中へ戻(もど)って行った。主人はそれを見送(みおく)ると、女に向き直って何か言いたげな顔をする。女はそれを制(せい)して、
「お出かけですか? 構(かま)いませんよ。あたし、奥様と大事(だいじ)なお話しがあるので」
「大事な話? 何だ、それは。まさか、お前――」
女は意味(いみ)ありげに微笑むと、主人の横をすり抜(ぬ)けて家の中へ入って行った。
「おい、待て。勝手(かって)に入るんじゃない。ここは、お前が――」
主人が何を言っても無駄(むだ)のようだ。女はずかずかと家に上がり込んで行った。
<つぶやき>何なの? ここの主人も、女と関係(かんけい)ありですか。この女は一体(いったい)何者なのか。
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女は、とある門(もん)の前で立ち止まった。広い芝生(しばふ)の庭(にわ)があり、二階建ての西洋風(せいようふう)の洒落(しゃれ)た邸(やしき)がそこから見えた。女は何のためらいもなく呼び鈴(りん)を押(お)す。
しばらく待っていると、インターホンから女性の声がした。「はい、どちら様(さま)ですか?」
女はインターホンに顔を近づけて、明るく優(やさ)しい声で答(こた)えた。
「ニコニコ商会(しょうかい)から参(まい)りました、小林(こばやし)です。朝早く、すいません」
それっきり、インターホンからの返答(へんとう)はなかった。女の顔から笑(え)みが消(き)える。女は門を開けると敷地(しきち)の中へ足を踏(ふ)み入れた。玄関(げんかん)までは二十メートルほどか、途中(とちゅう)に車庫(しゃこ)があり、高級車(こうきゅうしゃ)が駐(と)めてあった。女は横目(よこめ)でそれを確認(かくにん)する。
玄関までたどり着くと、女は日傘(ひがさ)をたたんで玄関の呼び鈴を押す。女の顔は無表情(むひょうじょう)のままだ。また呼び鈴を押そうとして、玄関の扉(とびら)がゆっくりと開いた。中から覗(のぞ)く女の顔。ここの奥様(おくさま)なのだろう。急(きゅう)に玄関から飛(と)び出すと、後ろ手に扉を閉めて声を押し殺して、
「困(こま)ります。ここには来ないでください。主人(しゅじん)が――」
女はわずかに微笑(ほほえ)むと、「奥様。ご返済(へんさい)の期限(きげん)が来ましたので、集金(しゅうきん)にお伺(うかが)いしました」
「それは…」奥様は俯(うつむ)きながら震(ふる)える声で、「もう少し、待ってください。必(かなら)ず、お支払(しはら)いしますから。ですから、今日はこれで帰ってもらえませんか?」
「それでは利子(りし)が増(ふ)えるばかりですよ。今日は、ご返済のご提案(ていあん)をお持ちしました」
<つぶやき>この家には隠(かく)しごとがありそうです。奥様はどうしてお金を借(か)りたのでしょ。
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どのくらいたったろうか、もうすっかり暗くなっていた。
――校舎(こうしゃ)の屋上(おくじょう)に寝転(ねころ)がっている二つの影(かげ)。雲間(くもま)から差し込む月の光が、辺(あた)りを照(て)らし出す。そこにいたのは月島(つきしま)しずくと柊(ひいらぎ)あずみ。二人は黙(だま)って夜空を見上げていた。
柊は身体(からだ)を起こすと、しずくを見て言った。
「月島さん、私の倶楽部(くらぶ)に入りなさい。あなたを鍛(きた)え直してあげるわ」
しずくは驚(おどろ)いて起き上がると、「えっ、私は…。クラブは自由参加(じゆうさんか)なんです。だから…」
「あなた、どうしてクラブに入らないの? 何か理由(りゆう)があるんでしょ」
「それは…、別に、やりたいこともないし…。もう、いいじゃないですか」
「あなた、このままだと私の担当教科(たんとうきょうか)は落第(らくだい)ね。進級(しんきゅう)できなくてもいいの?」
「どうして、そうなるの? 先生、何で私にそんな意地悪(いじわる)するんですか」
「意地悪? あなたも自分の能力(ちから)に気づいてるはずよ。だから、クラブにも入らないんでしょ。無駄(むだ)に明るく振る舞(ま)って、他の人間と仲良(なかよ)くしようとしてる。友だちとも適当(てきとう)に距離(きょり)をとって、本当の自分を隠(かく)すためにね」
しずくは突然(とつぜん)立ち上がって、「私は普通(ふつう)の女の子です。他の娘(こ)と何も変わらないわ」
「滑稽(こっけい)すぎて、笑(わら)えないわ。あなたには自分ってものがないの。自分の能力を認(みと)めて――」
「先生に何がわかるの!」しずくは思わず叫(さけ)んで、その場から逃(に)げるように駆(か)け出した。
<つぶやき>しずくの心の中は複雑(ふくざつ)なのです。普通の女の子でいられたらどんなに良いか。
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とある高級住宅地(こうきゅうじゅうたくち)の朝。立派(りっぱ)な邸(やしき)が建(た)ち並(なら)んでいる通りを一人の女が歩いていた。年の頃(ころ)は二十代後半(こうはん)といったところか。端整(たんせい)な顔立ちをしていて、白い日傘(ひがさ)をさし、清楚(せいそ)な雰囲気(ふんいき)のワンピース姿(すがた)である。すれ違(ちが)う人たちが思わず振(ふ)り返るほど、何か人を惹(ひ)きつけるものがあった。だが彼女の目には、どこか冷(つめ)たい光がさしている。
前からやって来た女子高生風(ふう)の女の子が、女を見つけると駆(か)け寄(よ)って来て言った。
「お姉(ねえ)さん、どうして? こんなとこで会えるなんて」
女は優(やさ)しく微笑(ほほえ)みかけて、「あら、おはよう。知り合いのお宅(たく)があってね。それで…」
「そうなんだ。でも、会えてよかった。これからね、彼に会いに行くの。何かね、大事(だいじ)な話があるんだって。何だろ? プロポーズされちゃうかも」
「あなた、高校生でしょ。結婚(けっこん)なんて、まだ早いわ。それに…」
「もう、冗談(じょうだん)よ。でも、お姉さんに良(い)い人紹介(しょうかい)してもらって、ホントあたし幸(しあわ)せよ」
「そう、良かったわ。あなたが、可愛(かわい)い子で…」
女の子は腕時計(うでどけい)を気にして、「あっ、いけない。待(ま)ち合わせに遅刻(ちこく)しちゃうわ。じゃ」
女の子は手を振(ふ)って駆け出して行った。女はそれを見送って、行こうとしていた方へ向き直(なお)る。女の顔から微笑みが消(き)え、何か強い決意(けつい)が表情(ひょうじょう)をこわばらせた。
<つぶやき>何か訳(わけ)ありの女性です。これから、ひと波乱(はらん)ありそうな感じ…。どうなる?
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