女は、とある門(もん)の前で立ち止まった。広い芝生(しばふ)の庭(にわ)があり、二階建ての西洋風(せいようふう)の洒落(しゃれ)た邸(やしき)がそこから見えた。女は何のためらいもなく呼び鈴(りん)を押(お)す。
しばらく待っていると、インターホンから女性の声がした。「はい、どちら様(さま)ですか?」
女はインターホンに顔を近づけて、明るく優(やさ)しい声で答(こた)えた。
「ニコニコ商会(しょうかい)から参(まい)りました、小林(こばやし)です。朝早く、すいません」
それっきり、インターホンからの返答(へんとう)はなかった。女の顔から笑(え)みが消(き)える。女は門を開けると敷地(しきち)の中へ足を踏(ふ)み入れた。玄関(げんかん)までは二十メートルほどか、途中(とちゅう)に車庫(しゃこ)があり、高級車(こうきゅうしゃ)が駐(と)めてあった。女は横目(よこめ)でそれを確認(かくにん)する。
玄関までたどり着くと、女は日傘(ひがさ)をたたんで玄関の呼び鈴を押す。女の顔は無表情(むひょうじょう)のままだ。また呼び鈴を押そうとして、玄関の扉(とびら)がゆっくりと開いた。中から覗(のぞ)く女の顔。ここの奥様(おくさま)なのだろう。急(きゅう)に玄関から飛(と)び出すと、後ろ手に扉を閉めて声を押し殺して、
「困(こま)ります。ここには来ないでください。主人(しゅじん)が――」
女はわずかに微笑(ほほえ)むと、「奥様。ご返済(へんさい)の期限(きげん)が来ましたので、集金(しゅうきん)にお伺(うかが)いしました」
「それは…」奥様は俯(うつむ)きながら震(ふる)える声で、「もう少し、待ってください。必(かなら)ず、お支払(しはら)いしますから。ですから、今日はこれで帰ってもらえませんか?」
「それでは利子(りし)が増(ふ)えるばかりですよ。今日は、ご返済のご提案(ていあん)をお持ちしました」
<つぶやき>この家には隠(かく)しごとがありそうです。奥様はどうしてお金を借(か)りたのでしょ。
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