「えっ? あなた、私を誘(さそ)ってるの?」
素子(もとこ)は突然(とつぜん)のことに動揺(どうよう)していた。それを隠(かく)すように思わぬことを口走(くちばし)る。
「ちょっと、やめてよ。私、そんな軽(かる)い女じゃないから」
誘った男性は、ひとつ年下(としした)の後輩(こうはい)で…。素子の素(そ)っ気ない態度(たいど)に戸惑(とまど)いながら、
「すいません。別に、そんなつもりで誘ったわけじゃ…」
気まずい雰囲気(ふんいき)のまま、彼は行ってしまった。素子は彼の後ろ姿(すがた)を見つめながら、哀(かな)しげな顔をする。――彼女はほんとうは彼のことが好きなのだ。でも彼の前に来ると、妙(みょう)に緊張(きんちょう)してしまって、気持ちとは裏腹(うらはら)の態度をとってしまう。
素子がしょげているところに、先輩(せんぱい)の安江(やすえ)がやって来て声をかけた。
「ねえ、今夜、空(あ)いてる? ちょっと付き合わない?」
安江は面倒見(めんどうみ)のいい先輩で、みんなから慕(した)われていた。素子はすぐに承諾(しょうだく)した。
「実(じつ)は、加藤(かとう)くんが何か相談(そうだん)があるんだって。私と二人だけってのは、ね」
加藤くん。さっき素子を誘った彼のことだ。――そんなにすぐに他の人を誘うわけ。素子は、どういうつもりなのよ、とちょっと腹(はら)が立った。でも、相談ってなに?
素子はためらいながら言った。「私なんかがいたら、加藤くんに…」
さっき、あんな別れ方をしたし、合わせる顔なんて…。
安江はニコニコしながら、「なに言ってるのよ。私たちの可愛(かわい)い後輩でしょ」
<つぶやき>安江は二人を結(むす)ぶキューピットになるのか、それとも別の展開(てんかい)へ行くのか?
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