梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

アカシアの雨に打たれて

2023-03-24 15:08:28 | 雑記
家の近く、路地裏に「ミモザ」と言う店が有る、
黒塀の様な色の荒削りの扉に黒板が下がっていて今日の抓みだろう料理名とボトルの価格が書かれていて下の隅にやはりチョークで「ミモザ」と書いてある
毎日前を通るのだが家に戻ってシャワーを浴びると又出てくることもなく一度も入ったことは無い、
此処に住んで10年以上たっているが誰とも顔を合わせていないのでどんな人がやっているのか解らないが勝手に(結構な年齢の女性がやって)るんじゃないかと想像している
ミモザと言うのはたしか「アカシア」の事だったと思ったので最近はやりのBingでちょっと調べてみた
モザとアカシアとニセアカシアは、それぞれ違う植物です。
ミモザはピンク色の花を咲かせるオジギソウの仲間で、葉に触るとお辞儀をします。

アカシアは黄色いポンポンのような花を咲かせるマメ科の植物で、葉に触ってもお辞儀をしません。

ニセアカシアは白い蝶のような花を咲かせる北米原産のマメ科の植物で、寒さに強く、「アカシア蜂蜜」の原料になります。

ミモザはオジギソウだと言うからねむの木の一種でアカシアは黄色の花を咲かせる低木で東南アジア原産で関東以北は育たないらしい
歌で知られる札幌のアカシア並木はニセアカシアで白い花を咲かせると言う、
確か何処かで聞いたと思って「アカシアの花の天ぷら」を聞いてみたらこれも
ニセアカシアの方で房のままの花を軽く揚げて食べると言うが本物のアカシアの方は毒性が有って食べられないらしい、
ついでに西田佐知子の「アカシアの雨がやむ時」と言う歌を聞いてみた
「アカシアの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい、
夜が明ける、陽が上る、朝の光のその中で冷たくなった私を見つけて、
あの人は涙を流してくれるでしょうか」
この歌詞のシチュエーションがどうもわからなかったがこの歌は恋の歌ではなく「パリに死す」と言う小説の中の話だそうだ
夫婦でパリに住むことになった女性はそこで肺結核を患い、自分の命があとわずかだと知る、
その時夫に昔の恋人から連絡が有ったことをしりこの歌詞になったらしい
歌詞の「アカシアの雨」もアカシアの並木に降る雨ではなくアカシアの白い花びらが雨の様に散るさまを言うらしい、
街路樹のアカシアの花が雨の様に散るさまと自らの命を重ねたものらしいが最後の歌詞は残す娘の幸せを祈る歌詞になっている
もう一度あの歌を聞いたら恐らく違った印象になるのだろうな
そして「パリに死す」にもちょっと興味がわいた


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