私は潔癖性ではない。
一つの大皿を多数でつついても大丈夫だし、人の食いかけのものや飲みかけのものを食っても平気だ。
公衆トイレの便器にも抵抗なく座れる。
電車のつり革も直につかめる。
床に落ちたおにぎりだって食える。
しかし、ひとつだけ我慢できないものがあった。
スーパーのサッカー台に置いてある「濡れタオル」だ。
あれだけは、触れない。
当然、除菌・滅菌はしているのだろうが、もしかしたらインフルエンザやノロウィルスの保菌者が触ったのかもしれないではないか。
アンパンマンにバイバイキンされた後のバイキンマンならいいが、バイバイキンされる前のバイキンマンが触ったものを触る勇気が私にはない。
絶対に無理だ。
こんな俺って、まさか潔癖性?
私の同業者に、恐ろしいほどの潔癖性の「馬」がいた。
人類史上、最も馬に激似の「お馬さん」だ。
お馬さんは、私より10歳下だ。
しかし、彼は47歳でオジイちゃんになった可哀想な馬でもある。
孫がいるのだ。
お馬さんの息子さんは、馬の面影を残していた。
しかし、お孫さんは、どちらかというと人間に近い。
馬の血は、3代続かないのかもしれない。残念だ。
お馬さんとは、15年近く前から、たまに仕事をシェアしてきた。
今回もシェアした。
国立駅前のガストで、仕事の打ち合わせをした。
お馬さんは、とても潔癖性だから、電車に乗ることができない。吊り革をつかめないのだ。
だから、今回も国立まで車で来た。VOLVOだ(馬がボルボですよ)。
潔癖性のお馬さんは、絶えず除菌スプレーを持ち歩いていた。
今回もテーブルをシュッシュし、座席をシュッシュした。
お馬さんは、外ではトイレにも行けないというのだ。
小も大もできない。
我慢は、体に悪いよ、と言っても、「絶対に無理! 我慢します!」と鼻息荒く宣言するのである。
お育ちのいいサラブレッドならわかるが、ただの馬の骨が、それほどご清潔にしても意味がないのではないか。
「ヒヒン? (え?)」
ランチを食いながら、打ち合わせをした。
二人とも「ミートソース スパゲティ」を頼んだ。
お馬さんは、ドリンクバー、私はジョッキだ。
おまえは、仕事中に酒を飲むのか、と批難する方はいるかもしれない。
しかし、馬刺しに酒はつきものだ。
何の問題もないと思う。
私は、そのとき突然思い出した。
私には、人と同じものを食うと下痢をする特技があることを。
トイレに行った。
スッキリした。
帰ってきて、残りを食った。
そのとき、お馬さんに感心するように言われた。
「よく、そんなに簡単にトイレに行けますねえ」
だって、トイレは用を足すためにあるのだから、使ってあげないと。
「でも、誰が座ったかわからないじゃないですか」
いや、俺は、自分のケツが世界で一番汚いと思っているから、気にしないよ。
むしろ、俺の後に使う人のことを俺は心配するね。可哀想だなって。
お馬さんが、突然、フォークを置いた。
「Mさん、僕もう無理です。食べられません」
見ると、スパゲティが半分以上残っていた。
食わないなら、俺が食うよ。
ジョッキを追加注文しながら、お馬さんの皿を手前に引き寄せて、食った。
「よく食べられますねえ、人が食べたものを」
だって、人じゃないから。
馬だから。
「ヒヒン?」
(文中に、不適切及び不ケツな表現があったことをお詫びいたします)