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リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

犬のフォース

2015-12-20 08:51:00 | オヤジの日記
それは、私が29歳のときのことだった。

当時私は、体の衰えを少しでも先延ばしするために、住まいのある私鉄沿線のボクシングジムに通っていた。

当時は今と違って「ボクササイズ」などというものはなくて、私以外の人はすべてが現役ボクサーかプロ志望の練習生だった。
ボクサーというと、アンチ沸騰の亀田三兄弟のように闘争心丸出しのイメージを持つ人が多いと思う。
しかし、むしろ彼らは例外で、リングの外ではシャイで優しい人が多い。

ジムに練習生が何人いたかは忘れたが、しばらくすると、その中の一人とよく話をするようになった。
彼は18歳のプロ志望の青年で、ジムに来るとき愛犬を連れてきていて、練習が終わるまで、近所の骨董屋に預けていた。

犬は中型の雑種だ。
名を「サム」と言う。(本当は「サムライ」と名付けたが、面倒くさいので縮めて呼んでいるらしい)
立派な巻き尾をしていて、雑種といえども凛々しさを感じさせるハンサムな白い犬だった。
私も動物が好きなので、ジムの帰りに、犬の散歩に一緒について行ったりした。

彼の家は、ジムのある駅から2つ目だが、いつも家から愛犬と走りながら来ていた。

事件は、彼と犬の散歩に付き合うようになって、2ヶ月が過ぎたころに起きた。
いつも通りジムに行くと、しょげて憔悴した彼がいて、私にこう言ったのだ。

「サムがいなくなったんです」

前日、多摩川の土手道を一緒に走っていたら、リードが手から離れた。するとサムは、全力で走って行った。
名前を呼んでも、一度も振り向くことなく、すぐに彼の視界から消えていった。
だが、そういうことは今までにも度々あって、いっとき姿が見えなくなっても、走ったり探検するのに飽きたりすると、必ず戻ってきたという。

だから彼は今回も慌てず、犬との待ち合わせ場所でずっと待っていた。
しかし、3時間待っても、サムは姿を見せなかった。
もしかして、車に轢かれたのかもしれない。
彼はそう思って、周りの道路を探し回り、最寄りの交番に行って聞いてみたが、それらしい事故はなかったという。

家に帰ったのかもしれない、と思い直して、帰って犬小屋を除いたが、サムの姿はそこにもなかった。

リードが着いたままだから、飼い犬だということは分かる。
首輪に「サムライ」の名と「電話番号」が彫ってあるから、親切な人が電話をしてくるかもしれない、そう思って昨晩は一睡もせずに待っていたそうだ。

今日はジムに行くのを止めて、心当たりを探し回ろうと思ったが、ジムの周りも犬の縄張りなので、一縷の望みを託して来てみたという。
彼の落ちくぼんだ目を見ると、私も練習に身が入らず、練習を中断してジムの半径1キロを探索した。
しかし、犬は見つからなかった。


そして、それからさらに1ヶ月。
「もう、あきらめましたよ」と彼は言うが、顔には「未練」が貼り付いている。

電柱に『迷子犬』の張り紙でもしてみたらどうかな。
可哀想になって、提案してみたが、彼は弱々しく首を振った。

「誰かがきっと持っていったんだと思いますよ。そうだとしたら、帰ってくる確率は低いでしょう。もういいです。本当に諦めましたから」

そんなとき、奇跡が起きた。

私が当時住んでいた賃貸マンションは、彼の住む最寄り駅から7つ目にあった。
途中、多摩川を渡る。
線路際の緩やかな坂の途中に、マンションはあった。
駅から歩いて5分。いい物件である。

ある日の夜11時過ぎ。
仕事帰りで疲れた私が見たものは、マンションの入口に背筋をピンと伸ばして座る犬。

一目見て、それがサムだということが分かった。
リードは取れているが、首輪は見覚えのあるものだった。
だが、それをわざわざ確かめなくても、私にはわかった。
凛々しい姿、特徴のある巻き尾、そして雰囲気。すべてがサムのものだった。

なぜ、サムがこんなところに…、という疑問より、とにかく嬉しくて、私はサムに抱きついた。
サムも当然のことながら、私を覚えていた。
両方の前足を私の膝の上にのせて、私を見つめている。

「ゴー」と言って、指を指すと、サムは私が指さした方へ30メートルほどダッシュして、すぐに戻ってくる。
反対側へ「ゴー」というと、同じようにダッシュして戻ってくる。
私が教えたことを覚えていたのだ。

それから、彼へ電話をした。
私の話を聞いても、彼は半信半疑だったが、車を飛ばしてすぐにやって来た。

彼の顔を見た途端、サムは飛ぶようにして抱きついた。
さすがに、私に対する態度とは違う。
私の場合は、あくまでも知り合いに対する接し方だった。
しかし、飼い主には、思い切り甘える。

感動の再開のあと、残ったのは、「なぜサムがここに?」という疑問だ。
彼の家からここまでは、10キロ近く離れている。
しかも、1ヶ月以上たった今、なぜサムは私が住んでいるマンションの入口に現れたのか。

多摩川ではぐれたのなら、彼の家の方が近いはずだ。道筋もよく知っている。
何もわざわざこんな遠いところまで来ることはない。
迷ったとしても、なぜ私の住むマンションまで来ることができたのか。

この謎は今も解けない。
彼も考えたが、納得のいく答えは見つからなかったようだ。

「帰って来てくれただけで、俺は満足ですよ」
サムの体を撫でる彼の顔は、とても嬉しそうだった。


犬の能力は、人間には計り知れないものがある。

そんな常識はずれの能力を見たら、この宇宙には、間違いなく「フォース」が存在するのではないか、とお伽話的なことを考えてみた。


そんなとき、STAR WARSかぶれとしては、こう言うしかない。


「フォースとともに あらんことを」