ギィ・ド・モーパッサン
(1)(2)は田園や恋愛をとりあげたのどかなもの、
(3)はプロシア(ドイツ)との戦争や、精神的に病んだものを中心に
多数編纂されています。
のどかなものは、とことんのどかで癒されますが
やはりドイツ(プロシア)との戦争はかなり印象が強かったようで
ちょっと語り口調が変わっている気がします。
(これは当時の他の作家にもあてはまりそうですが)
(1)~(3)の中で一話づつ好きだったものをあげてみます。
『老人(Le Vieux)』
「明日までもたない」と言われたおとっつぁんの葬式支度に忙しい夫婦。
通知も出しました、もてなしの準備もできました。
ところが! 次の日になってもおとっつぁんはまだ息をしています。
どうします? お客さんが集まって来ているのに送り出してもらうはずの人が
まだ生きているなんて。
嬉しいような面倒くさいような・・・
『マドモアゼル・ペルル(Madomoiselle Perle)』
愛すべきシャンタル家の晩餐に出かけた日、ゲームで王様になった私は
老嬢ペルルを女王に選びます。
ふとペルル嬢が何者なのか気になった私にシャンタル氏が語る過去とは・・・
人様の家で世話になる女性と、世話をする家族の素敵で切ない関係。
今ではありえないことだと思いますけど・・・
『母親(Le mere sauvage)』
戦争に行った札付きの息子を持つ老母の家に、4人のプロシア兵が
宿泊先の割当てでやってきます。
とてもうまくいっていた5人でしたが、ある日息子の死亡通知が届きます。
老母は4人の敵が目の前にいることを悟ります。
どこの国でも、どの戦争でも、死んでしまった身近な人への悲しみは同じですよね。
悪意なき殺人者を生み出してしまう戦争をやらなければいけない意味ってなんなのかしら?
私は痛いのも、苦しいのも、怖いのもイヤですね
だからすすんでそんなことをしなければいけないっていう意味がよく分からないな。
(3)のいくつかの病的な作品には、ものすごく追いつめられた感じがあるんですが
これはモーパッサンの実体験なのでしょうか?
それとも、想像力の産物かしら?
急に作風が変わったようで面食らってしまいます
何も考えずに読書を楽しみたいなら(1)と(2)でとどめておくことをお奨めします