報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「山形へ向かう」

2017-04-02 23:02:11 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月27日06:05.天候:雨 山形新幹線“つばさ”121号・11号車内]

 雨の降りしきる東京駅。
 JR東日本新幹線が発車するホームに上がると、そこに列車はいなかった。

 稲生:「! あそこか!……あれです!」

 通常、東北新幹線と併結する山形新幹線だが、下りの始発列車はそれをせず、単独で山形方面へ向かう。
 山形新幹線の編成は7両編成。
 新幹線ホームの有効長は、フル規格16両編成に対応している。
 その為、たった7両編成の、それも在来線サイズの列車は、そんなホームの真ん中付近にちょこんと停車しているのである。
 なので、上がる階段を間違えると、目の前に列車がいないということがある。

 稲生:(E3系2000番台……)

 山形新幹線では最新型の車両が停車していた。
 その最後尾、11号車のグリーン車に乗り込む。

 稲生:「こちらの席です」
 ダンテ:「後ろの席か。いいね」
 稲生:「向かい合わせにすることもできますが?」
 ダンテ:「フム……。いや、それはやめておこう。ここは私とイリーナとで座るから、キミ達はキミ達で仲良くやりなさい」
 稲生:「ありがとうございます」
 ダンテ:「イリーナ、キミが窓側に座ってくれ」
 イリーナ:「私が……ですか?」

 イリーナ、いつもは細い目を見開いた。

 ダンテ:「食べた後、着くまで寝てるんだろう?それで良い。……別に良いのだが、寝込まれると私がトイレに立てん」
 イリーナ:「な……!」
 マリア:「プッw くくくくくく……www」

 マリア、つい笑いを堪え切れなくなった。
 イリーナ、そんなマリアをキッと睨む。

 稲生:「あ、先生。もし良かったら、毛布がありますから!」

 稲生は荷棚の隅から、ビニール袋に入った毛布を持ってきた。

 イリーナ:「おっ、ありがとう。後で使わせてもらうわ」

 イリーナは再び目を細めて、毛布を受け取った。
 座席に座ると、魔道師達は稲生が買って来た駅弁の蓋を開けた。

 ダンテ:「これは……?」
 稲生:「『日本のおもてなし弁当』です。遥々イギリスから足を運んで下さった大師匠様に『おもてなし』です」
 ダンテ:「なるほど。シャレてるね。イリーナのはまた違うみたいだが?」
 イリーナ:「貝が入ってます。カキですね」
 稲生:「先生はヨーロッパに行かれる際、よくカキを食べておられたと聞きましたので。『かきめし』です」
 イリーナ:「フランスのベロンに行くと、よく養殖やってるからね。あそこを拠点にしている組の所へ遊びに……もとい、視察に行くと、よく食わされたものよ」
 ダンテ:「今なんか物凄く不真面目なことを聞くところだったと思うが、気がつかなかったことにしておこう」
 イリーナ:「恐れ入ります」

[同日06:18.天候:雨 同列車内]

 日本の新幹線駅で、地下駅というのもなかなか珍しいことだろう。
 そんな上野駅を出発した列車は、再び雨の中を走ることとになった。
 自由席は既に満席近い状態になっているということだが、グリーン車はガラガラである。

〔「……途中の停車駅は大宮、宇都宮、郡山、福島、米沢、高畠、赤湯、かみのやま温泉、山形、天童、さくらんぼ東根、村山、大石田、終点新庄の順に止まります。山形新幹線内は、各駅に停車致します。次に、到着時刻のご案内です。【中略】山形には8時57分、……【中略】……次は、大宮に止まります」〕

 イリーナ:「ふぅ〜、食べた食べた。ごちそうさま」
 ダンテ:「相変わらず、食べるの早いねぇ……」
 イリーナ:「美味しいものを素直に食べているだけですわ、先生」
 ダンテ:「素晴らしい。さすが、若い頃は食い意地を張り過ぎて交通費を使い果たしただけのことはあるよ」
 マリア:「ほお?そんな失敗談が……」
 イリーナ:「ちょっ、先生!弟子達が聞いてますわ!」
 ダンテ:「いいじゃないか」
 マリア:「そうなんですか?大師匠様」
 イリーナ:「今は睡眠欲に駆られているが、昔は食欲に駆られていてね。危うく、“暴食の悪魔”ベルゼブブと契約してしまうところだったよ」
 マリア:「それはそれで面白い話ですねぇ……」
 稲生:(今、ベルゼブブは誰と契約してるんだろう……?)
 ダンテ:「私の修行を投げ出して、一時期行方を眩ませたのも、食べ物に釣られたからだと噂されているが……?」
 イリーナ:「ち、ちち、違います!」
 マリア:「大師匠様の弟子の身分を投げ出すほどの食べ物。どんなものか、興味がありますねぇ……いてっ!」

 イリーナ、丸めた新聞紙でマリアの顔をスパーンと引っ叩いた。
 マリア:「パワハラだ!パワハラ!」 
 イリーナ:「愛のムチよ!」
 ダンテ:「まあまあ。それより、その新聞はどこから出したんだい?」
 イリーナ:「座席に落ちてましたよ?」
 稲生:「“アルカディア・タイムス”ですよ、それ。また何かニュースでもあったのかなぁ……と」

 アルカディア・タイムスとは、魔界王国アルカディアの王都アルカディアシティに本社を置く新聞社である。
 名前の通り、魔界での出来事を掲載しているわけだが、王国に多大な影響力を持つ魔道師の動向もよく掲載されている。
 マリアの屋敷でも英語版を定期購読しているが、たまにこうして旅先でも勝手に配達されていることがある。
 その場合、稲生を意識してか、日本語版であることが多い。
 英語版の方が日本語版よりも、表現がキツいという。

 稲生:「あー。『ダンテ・アリギエーリ師、東アジア魔道団日本支部長と会談へ』と、書かれています」
 イリーナ:「しっかり書かれてますねぇ……」
 ダンテ:「要するに、『魔界は今日も平和』ってことさ」
 稲生:「な、なるほど。名言ですね」

 と、そこへ車内販売が回って来る。

 稲生:「あっ、ちょっと食後のコーヒーを……」
 ダンテ:「私も買おう。マリアンナ君はどうする?」

 マリア、紅茶が無いことに不満げなようだ。

 マリア:「オレンジジュースを……」

 イリーナは御多聞に漏れず、食後の仮眠に入る為、飲み物は購入しなかった(駅弁と一緒に購入したお茶のペットボトルはある)。

 稲生:「何か、とても敵になるかもしれない相手と話し合いに行くとは思えませんね」
 ダンテ:「仕方が無いさ。今から緊張してもしょうがない。少なくとも、到着までは無事だと思っているよ」
 稲生:「えっ、どうしてですか?」
 ダンテ:「こうやって私が代表で話し合いの会場に向かうに当たり、事故などがあったりしたら、向こうさんも疑われるからね」

 早くも魔道師達の裏を見た気がした稲生だった。
 列車は住宅街の曲がりくねった線路を(新幹線にしては)低速度で進んだ。
コメント
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