[4月19日21:00.天候:晴 東京都江東区豊洲 豊洲アルカディアビル]
敷島とエミリーを乗せたタクシーが、敷島エージェンシーの入居しているビルの前で止まった。
エミリー:「タクシーチケットでお願いします」
運転手:「ありがとうございます」
エミリーが料金を払っている間にタクシーを降りる敷島。
自分の会社が入居している18階を見ると、まだ電気が点いていた。
敷島:「井辺君かな?本当にありがたいなぁ……」
エミリー:「社長、お待たせしました」
敷島:「ああ」
夜間通用口から中に入る時、防災センター受付で記帳を行う。
やや面倒だが、高層テナントビルならではの宿命である。
その後で入館し、エレベーターで18Fに上がった。
敷島:「ただいまァ」
井辺:「あっ、社長。お疲れさまです。直帰ではなかったのですか?」
敷島:「いや、俺もやり残した仕事があるから、ちょっとやってからにするよ。井辺君はまだ終わらないの?」
井辺:「もうまもなくです。最終のバスには間に合う感じで」
エミリー:「21時台後半の都営バスですね」
井辺:「そうです」
敷島:「イベントの幹事役を任せてしまっておきながらこんなこと言うのもあれだけど、無理はしないでくれよ?」
井辺:「ええ。大丈夫です」
敷島は事務室内に唯一残る井辺と別れると、社長室に入ろうとした。
エミリー:「誰かいるのか?」
エミリーは室内に気配を感じた。
初音ミク:「たかお社長……」
敷島:「何だ、ミクか。どうした?電気も点けないで……」
エミリーは険しい顔をした。
エミリー:「社長室に勝手に入るとは何事だ?」
ミク:「ごめんなさい……」
敷島:「いや、エミリー、いいよ」
エミリー:「はあ……」
敷島:「何かあったのか?」
ミク:「わたしは……兵器なんですか?」
敷島:「えっ?」
エミリー:「これは……?」
ミクが座る応接セットのソファ。
その前のテーブルに置かれているのは、一冊の週刊誌だった。
主に芸能界のスキャンダルなんかを扱う週刊誌で、そこにはボーカロイドが元々大量虐殺兵器として開発された経緯があるという噂をセンセーショナルに書いたものだった。
『南里志郎博士(故人)はライバルのウィリアム・フォレスト博士(同)に対抗する為、聴くだけで人間の脳幹を停止させる歌うロボットを開発した。それが形を変え、用途を変え、あろうことか敷島エージェンシーのボーカロイドとして稼働しているのである』
敷島:「うわ、出たよ週刊“芸能セブン”!」
エミリー:「またですか。いつぞやは私やシンディを大量虐殺兵器として書いていたんですよ」
但し、マルチタイプの場合は当たらずも遠からずである為、この時は出版社に対して特段抗議しなかった。
しかし、今回は……。
敷島:「未だに噂の段階でこんなこと書かれてもなぁ……。これはさすがに明日、抗議しておく必要があるな」
エミリー:「分かりました」
敷島:「ミク、確かにお前達の歌が人間の脳に何らかの作用を与えているということまでは科学的に証明されている。だけど、脳幹を停止させるということまでは、脳科学者に問い合わせても分からないってよ」
ミク:「本当ですか?」
敷島:「ああ。平賀先生の知り合いに脳科学者がいるんだけど、その人の見解だ。科学的な根拠が無い以上、こんな週刊誌のことなんか気にしなくてもいいよ」
ロボットの歌声が、どうしてあれだけのファンを呼び込むのかということに対しての回答でもある。
ミク達の歌声に良い作用を受けた人間達がファンとなって、ミク達のライブに来てくれたりするのだろう。
ミク:「分かりました。ありがとうございます」
エミリー:「初音ミク、大丈夫か?」
ミク:「……はい。わたし達は、これからも歌っていいんですね?」
敷島:「もちろんだ。だから、明日からもよろしく頼むな?」
ミク:「はい!」
ミクはホッとした顔で社長室を出て行った。
敷島:「全く。売れてくると、こういう嫌がらせがどんどん出て来るから困るよ」
エミリー:「そうですね。コーヒーでもお入れしましょう」
敷島:「ああ。頼むよ。今日は井辺君より帰りが遅くなるかな?」
エミリー:「どうでしょうねぇ……」
エミリーは苦笑を浮かべながら給湯室に向かった。
だがその間、苦笑でも浮かべていた笑みが消えた。
エミリーの昔のメモリーがダウンロードされたからである。
エミリー:(平賀博士のお知り合いの脳科学者は、元々南里博士のお知り合いだった。ロボット研究者がどうして脳科学者と知り合いなのか疑問だったけど、そういうことだったのか……。敷島社長の知らないところで、南里博士は初音ミクを使った実験をしていたけど、これは黙っているべきなのか……)
エミリーのメモリーには、初音ミクを使って実験を行っている南里とそれに助手として立ち会う平賀の姿があった。
エミリー:(あの様子では、平賀博士はまだ社長にお話ししていない、か……)
敷島の嫌いなところはそこだ。
後で自分だけが知らなかったということが分かった時、激しい怒りを露わにするのだ。
さすがにその怒りを抑えることは、自分でもシンディでも難しい。
エミリー:(私がお話ししてもいいものかどうか……)
給湯室でコーヒーを入れていると、その様子を覗く者がいた。
それは巡音ルカ。
ルカ:「あの、ちょっといい?」
エミリー:「なに?」
ルカ:「さっき、ミクが物凄く沈んだ顔で社長室の方に行ったんだけど、何かあった?」
エミリー:「週刊誌に変な噂を書かれて、気にしていたらしい。科学的根拠の無い噂話だ。何も気にすることはない」
ルカ:「そう」
エミリー:「あなたも読んだのか?」
ルカ:「ええ。その……私、昔、ドクター・ウィリーに歌声を封印されたことがあったでしょう?」
エミリー:「あったな」
ボーカロイドの歌唱機能を破壊するウィルスがウィリーによってばら撒かれ、それにルカが真っ先に感染・発症した。
その時、まだ稼働していた前期型のシンディに、「歌えないボーカロイドはただのガラクタ」とバカにされた。
ルカ:「あれはもしかしたら、私の歌が……その……大量虐殺できる力があるから、それを封印しようとしていたのかなぁ……なんて」
エミリー:「考え過ぎだ。当時のウィリアム博士が、そこまで考えていたとは思えない。ただ単に、南里博士の研究を妨害しようとしていただけさ」
ルカ:「そ、そうかな……?」
エミリー:「あの週刊誌に書かれていることの半分以上は、科学的根拠の無い推測だ。だから、気にすることはない」
ルカ:「……うん、分かった。ありがとう」
ルカにようやく笑顔が戻り、ボーカロイドの部屋に戻って行った。
エミリー:(この分だと、今度はリンとレン辺りか?)
エミリーがコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、給湯室を出ようとすると、案の定、今度はリンの姿があった。
エミリーは社長室に戻るまでの間、リンとレンの不安も取り除いてやらないといけなかった。
敷島とエミリーを乗せたタクシーが、敷島エージェンシーの入居しているビルの前で止まった。
エミリー:「タクシーチケットでお願いします」
運転手:「ありがとうございます」
エミリーが料金を払っている間にタクシーを降りる敷島。
自分の会社が入居している18階を見ると、まだ電気が点いていた。
敷島:「井辺君かな?本当にありがたいなぁ……」
エミリー:「社長、お待たせしました」
敷島:「ああ」
夜間通用口から中に入る時、防災センター受付で記帳を行う。
やや面倒だが、高層テナントビルならではの宿命である。
その後で入館し、エレベーターで18Fに上がった。
敷島:「ただいまァ」
井辺:「あっ、社長。お疲れさまです。直帰ではなかったのですか?」
敷島:「いや、俺もやり残した仕事があるから、ちょっとやってからにするよ。井辺君はまだ終わらないの?」
井辺:「もうまもなくです。最終のバスには間に合う感じで」
エミリー:「21時台後半の都営バスですね」
井辺:「そうです」
敷島:「イベントの幹事役を任せてしまっておきながらこんなこと言うのもあれだけど、無理はしないでくれよ?」
井辺:「ええ。大丈夫です」
敷島は事務室内に唯一残る井辺と別れると、社長室に入ろうとした。
エミリー:「誰かいるのか?」
エミリーは室内に気配を感じた。
初音ミク:「たかお社長……」
敷島:「何だ、ミクか。どうした?電気も点けないで……」
エミリーは険しい顔をした。
エミリー:「社長室に勝手に入るとは何事だ?」
ミク:「ごめんなさい……」
敷島:「いや、エミリー、いいよ」
エミリー:「はあ……」
敷島:「何かあったのか?」
ミク:「わたしは……兵器なんですか?」
敷島:「えっ?」
エミリー:「これは……?」
ミクが座る応接セットのソファ。
その前のテーブルに置かれているのは、一冊の週刊誌だった。
主に芸能界のスキャンダルなんかを扱う週刊誌で、そこにはボーカロイドが元々大量虐殺兵器として開発された経緯があるという噂をセンセーショナルに書いたものだった。
『南里志郎博士(故人)はライバルのウィリアム・フォレスト博士(同)に対抗する為、聴くだけで人間の脳幹を停止させる歌うロボットを開発した。それが形を変え、用途を変え、あろうことか敷島エージェンシーのボーカロイドとして稼働しているのである』
敷島:「うわ、出たよ週刊“芸能セブン”!」
エミリー:「またですか。いつぞやは私やシンディを大量虐殺兵器として書いていたんですよ」
但し、マルチタイプの場合は当たらずも遠からずである為、この時は出版社に対して特段抗議しなかった。
しかし、今回は……。
敷島:「未だに噂の段階でこんなこと書かれてもなぁ……。これはさすがに明日、抗議しておく必要があるな」
エミリー:「分かりました」
敷島:「ミク、確かにお前達の歌が人間の脳に何らかの作用を与えているということまでは科学的に証明されている。だけど、脳幹を停止させるということまでは、脳科学者に問い合わせても分からないってよ」
ミク:「本当ですか?」
敷島:「ああ。平賀先生の知り合いに脳科学者がいるんだけど、その人の見解だ。科学的な根拠が無い以上、こんな週刊誌のことなんか気にしなくてもいいよ」
ロボットの歌声が、どうしてあれだけのファンを呼び込むのかということに対しての回答でもある。
ミク達の歌声に良い作用を受けた人間達がファンとなって、ミク達のライブに来てくれたりするのだろう。
ミク:「分かりました。ありがとうございます」
エミリー:「初音ミク、大丈夫か?」
ミク:「……はい。わたし達は、これからも歌っていいんですね?」
敷島:「もちろんだ。だから、明日からもよろしく頼むな?」
ミク:「はい!」
ミクはホッとした顔で社長室を出て行った。
敷島:「全く。売れてくると、こういう嫌がらせがどんどん出て来るから困るよ」
エミリー:「そうですね。コーヒーでもお入れしましょう」
敷島:「ああ。頼むよ。今日は井辺君より帰りが遅くなるかな?」
エミリー:「どうでしょうねぇ……」
エミリーは苦笑を浮かべながら給湯室に向かった。
だがその間、苦笑でも浮かべていた笑みが消えた。
エミリーの昔のメモリーがダウンロードされたからである。
エミリー:(平賀博士のお知り合いの脳科学者は、元々南里博士のお知り合いだった。ロボット研究者がどうして脳科学者と知り合いなのか疑問だったけど、そういうことだったのか……。敷島社長の知らないところで、南里博士は初音ミクを使った実験をしていたけど、これは黙っているべきなのか……)
エミリーのメモリーには、初音ミクを使って実験を行っている南里とそれに助手として立ち会う平賀の姿があった。
エミリー:(あの様子では、平賀博士はまだ社長にお話ししていない、か……)
敷島の嫌いなところはそこだ。
後で自分だけが知らなかったということが分かった時、激しい怒りを露わにするのだ。
さすがにその怒りを抑えることは、自分でもシンディでも難しい。
エミリー:(私がお話ししてもいいものかどうか……)
給湯室でコーヒーを入れていると、その様子を覗く者がいた。
それは巡音ルカ。
ルカ:「あの、ちょっといい?」
エミリー:「なに?」
ルカ:「さっき、ミクが物凄く沈んだ顔で社長室の方に行ったんだけど、何かあった?」
エミリー:「週刊誌に変な噂を書かれて、気にしていたらしい。科学的根拠の無い噂話だ。何も気にすることはない」
ルカ:「そう」
エミリー:「あなたも読んだのか?」
ルカ:「ええ。その……私、昔、ドクター・ウィリーに歌声を封印されたことがあったでしょう?」
エミリー:「あったな」
ボーカロイドの歌唱機能を破壊するウィルスがウィリーによってばら撒かれ、それにルカが真っ先に感染・発症した。
その時、まだ稼働していた前期型のシンディに、「歌えないボーカロイドはただのガラクタ」とバカにされた。
ルカ:「あれはもしかしたら、私の歌が……その……大量虐殺できる力があるから、それを封印しようとしていたのかなぁ……なんて」
エミリー:「考え過ぎだ。当時のウィリアム博士が、そこまで考えていたとは思えない。ただ単に、南里博士の研究を妨害しようとしていただけさ」
ルカ:「そ、そうかな……?」
エミリー:「あの週刊誌に書かれていることの半分以上は、科学的根拠の無い推測だ。だから、気にすることはない」
ルカ:「……うん、分かった。ありがとう」
ルカにようやく笑顔が戻り、ボーカロイドの部屋に戻って行った。
エミリー:(この分だと、今度はリンとレン辺りか?)
エミリーがコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、給湯室を出ようとすると、案の定、今度はリンの姿があった。
エミリーは社長室に戻るまでの間、リンとレンの不安も取り除いてやらないといけなかった。