[4月2日17:00.天候:晴 白馬八方バスターミナル]
バスターミナルも兼ねた案内所の前に1台の車が到着する。
今回はイリーナが連れて行くということもあって、ベンツのSクラスであった。
稲生:「それにしても、夕方に出発するなんて……」
イリーナ:「ちょっと変わってるでしょ。魔界の入口を適当に開けるわけにはいかないからね」
稲生:「適当にって……。えーっと……じゃあ、乗車券は1人ずつ持ちましょう。この時期は夜行便が無いから、実質的に最後のバスってことになりますね」
イリーナ:「なるほど」
マリア:「ちょっとトイレに行ってくる」
稲生:「はい。途中休憩が2回あるので、夕食はこの時に買う必要がありそうです」
イリーナ:「あー、そういうことになるか」
稲生:「しかし、魔界の穴を通りに行くのに東京まで行くことになるとは……」
イリーナ:「しょうがない。今回はたまたま開きやすい所がそこだったんだよ。何しろ、思い立ったが吉日って言うからね」
稲生:「しかも、その場所が東京中央学園なんて……」
イリーナ:「いや、ほんと、偶然だよね」
稲生:「何か、偶然過ぎて怖いです」
[同日17:15.天候:晴 京王バス東高速バス車内]
〔「お待たせ致しました。バスタ新宿行き、発車致します」〕
昼行便の最終便は長野県側のアルピコ交通ではなく、東京側の京王バスが担当する。
白馬線もまた『中央高速バス』の1つであると分かる瞬間だ。
4列シートではあるが、長距離便ということもあってか、貸切観光バスの座席よりも少し広めに造られている。
さすがに、ドル箱の松本線で導入されているSシート(2列と1列のハイグレード席)は無かった。
稲生とマリアで隣り合って座り、その前にイリーナが座る。
前回の時と同様、イリーナはさっさと座席に座るとフードを被って寝る体勢を取った。
夕暮れ迫る村内をバスが走り出す。
稲生:「魔界の穴は塞いだはずなのに、どうしても僕の母校が出入口になってしまうんですか」
マリア:「しょうがない。何かのきっかけで、どうしてもそうなってしまうんだよ」
マリアはバスターミナルの自販機で買った飲み物を口に運んだ。
マリア:「例えば肩を脱臼した経験のある者は、例え治ったとしても、また肩が外れやすいという。つまり、それと同じさ」
稲生:「はあ……そういうもんですか」
マリア:「1度その場で魔界の穴が開いてしまうと、例え後で塞がったとしても、また開いてしまいやすいということさ」
稲生:「なるほど……。高校時代は、とんだ無駄なことをしてたんですねぇ、僕達……」
マリア:「まあ、結果的には。だけど、素人の集団でよくあそこまでやったものだと思うぞ」
稲生:「威吹とかも、いてくれましたしね」
マリア:「いっそのこと、ユウタはあの狐妖怪をファミリアにしてしまったらどうだ?」
稲生:「ええっ?いや、それは威吹に申し訳ないですよ。今、あいつは魔界で静かに暮らしているんですから」
マリア:「魔道師の修行をしていたわけでもないのに、よくあんな危険な狐を手懐けていたものだ」
稲生:「威吹はいいヤツですよ。とても、江戸時代は人喰い妖狐だったとは思えないくらい」
マリア:「狐は人を化かす生き物だということは知ってるよね?……まあ、いいや。このバスが終点に着くのは何時くらい?」
稲生:「バスタ新宿着、22時28分ですね」
マリア:「うん、いい時間だ」
稲生:「そこから山手線で上野に向かって……。まあ、23時過ぎには魔界の穴に辿り着けますか」
マリア:「時差ボケに注意しないとな」
稲生:「やっぱそうなりますか。魔界って、海外旅行みたいなものですねぇ……」
マリア:「うん。何も、飛行機に乗るだけが海外旅行じゃないってことさ」
稲生:「なるほど……。マリアさん、“ユーロスター”には乗りました?」
マリア:「いや、まだ無い」
英仏海峡トンネルを通る国際列車である。
人間としての人生を終えたマリアは、イリーナの瞬間移動魔法によって、まずは東欧に一っ飛びしたからである。
政情不安な国の方が“魔の者”は追いにくいという性質に応えたものだ。
人間に憑依したり操ったりするのだが、政情不安な国だと憑依先の人間が真っ先に殺される恐れが高い為。
更に高飛びして政情は安定している日本まで来たが、さすがに遠すぎることもあって、“魔の者”はその眷属を送って寄越す程度しかできていない。
マリア:「“魔の者”を倒したら、乗れるかもよ」
稲生:「今はダメなんですか?」
マリア:「トンネルに入った途端、“魔の者”はテロリストを操って、トンネルに爆弾を仕掛けさせるだろう。今ならイスラム教のせいにできるからな」
稲生:「なるほど……」
キリスト教は魔女狩り、イスラム教はテロで魔道師達を追い詰めてくる為、こちら側にとって世知辛い宗教であるようだ。
傍観勢兼実況勢にあるのは仏教くらいか。
[同日21:00.天候:晴 中央自動車道上]
バスは順調に中央自動車道の上り線を走行している。
マリア:「げっ……!」
稲生:「どうしました?」
マリアが手持ちの水晶球を見て嫌そうな顔をした。
マリア:「私達が向かう魔界の穴、行くのは私達だけじゃないみたいだぞ」
稲生:「他に誰が行くんです?」
マリア:「エレーナ……」
稲生:「エレーナくらい、いいじゃないですか。ついでに、マスター昇格のお祝いの言葉でも掛けてあげましょうよ。昔は敵だったけど、今は僕達の味方になっているんですし……」
マリア:「いや、エレーナは今さらどうでもいい。そうじゃなくて……」
稲生:「リリィも一緒ですか?まあ、別に……」
マリア:「リリィはいない。というか多分、もう魔界にいると思う。そうじゃくて、アンナと鉢合わせになりそう」
稲生:「……マジですか?」
マリア:「うん」
稲生:「夜の学校の、それも閉鎖された旧校舎の怖さを倍増してくれる魔女さんですよねぇ……」
マリア:「私達はむしろ、人間側に恐怖を与える側だが……」
稲生:「僕だけ恐怖を味わうことになりそうです……。帰っていいですか?」
マリア:「師匠とブラックジャックで勝ったら帰っていいんじゃない?」
その言葉を聞いた稲生、更に血の気が引いた。
稲生:「あー……」
マリア:「ま、私が一緒にいるから。アンナの好き勝手にはさせないよ」
稲生:「あ、ありがとうございます」
魔女には魔女で対抗せよということだ。
エレーナもいるからと思うが、恐らくこの場合、エレーナは実況役に徹するだけであろう。
アンナはヤンデレ魔女で、どうも稲生を狙っているフシがある。
もしもマリアという先約がいなかったら、とっくにアナスタシア組の師匠アナスタシアもびっくりの手法で引き入れたのではないかと思われる。
表立ったケンカはしていない。
門内破和の罪に問われ、最悪破門処分になるからだ。
なのでアンナも表向きにはマリアに気を使って退いているのだが、あくまでも表向きは……という感じが拭えないのであった。
バスターミナルも兼ねた案内所の前に1台の車が到着する。
今回はイリーナが連れて行くということもあって、ベンツのSクラスであった。
稲生:「それにしても、夕方に出発するなんて……」
イリーナ:「ちょっと変わってるでしょ。魔界の入口を適当に開けるわけにはいかないからね」
稲生:「適当にって……。えーっと……じゃあ、乗車券は1人ずつ持ちましょう。この時期は夜行便が無いから、実質的に最後のバスってことになりますね」
イリーナ:「なるほど」
マリア:「ちょっとトイレに行ってくる」
稲生:「はい。途中休憩が2回あるので、夕食はこの時に買う必要がありそうです」
イリーナ:「あー、そういうことになるか」
稲生:「しかし、魔界の穴を通りに行くのに東京まで行くことになるとは……」
イリーナ:「しょうがない。今回はたまたま開きやすい所がそこだったんだよ。何しろ、思い立ったが吉日って言うからね」
稲生:「しかも、その場所が東京中央学園なんて……」
イリーナ:「いや、ほんと、偶然だよね」
稲生:「何か、偶然過ぎて怖いです」
[同日17:15.天候:晴 京王バス東高速バス車内]
〔「お待たせ致しました。バスタ新宿行き、発車致します」〕
昼行便の最終便は長野県側のアルピコ交通ではなく、東京側の京王バスが担当する。
白馬線もまた『中央高速バス』の1つであると分かる瞬間だ。
4列シートではあるが、長距離便ということもあってか、貸切観光バスの座席よりも少し広めに造られている。
さすがに、ドル箱の松本線で導入されているSシート(2列と1列のハイグレード席)は無かった。
稲生とマリアで隣り合って座り、その前にイリーナが座る。
前回の時と同様、イリーナはさっさと座席に座るとフードを被って寝る体勢を取った。
夕暮れ迫る村内をバスが走り出す。
稲生:「魔界の穴は塞いだはずなのに、どうしても僕の母校が出入口になってしまうんですか」
マリア:「しょうがない。何かのきっかけで、どうしてもそうなってしまうんだよ」
マリアはバスターミナルの自販機で買った飲み物を口に運んだ。
マリア:「例えば肩を脱臼した経験のある者は、例え治ったとしても、また肩が外れやすいという。つまり、それと同じさ」
稲生:「はあ……そういうもんですか」
マリア:「1度その場で魔界の穴が開いてしまうと、例え後で塞がったとしても、また開いてしまいやすいということさ」
稲生:「なるほど……。高校時代は、とんだ無駄なことをしてたんですねぇ、僕達……」
マリア:「まあ、結果的には。だけど、素人の集団でよくあそこまでやったものだと思うぞ」
稲生:「威吹とかも、いてくれましたしね」
マリア:「いっそのこと、ユウタはあの狐妖怪をファミリアにしてしまったらどうだ?」
稲生:「ええっ?いや、それは威吹に申し訳ないですよ。今、あいつは魔界で静かに暮らしているんですから」
マリア:「魔道師の修行をしていたわけでもないのに、よくあんな危険な狐を手懐けていたものだ」
稲生:「威吹はいいヤツですよ。とても、江戸時代は人喰い妖狐だったとは思えないくらい」
マリア:「狐は人を化かす生き物だということは知ってるよね?……まあ、いいや。このバスが終点に着くのは何時くらい?」
稲生:「バスタ新宿着、22時28分ですね」
マリア:「うん、いい時間だ」
稲生:「そこから山手線で上野に向かって……。まあ、23時過ぎには魔界の穴に辿り着けますか」
マリア:「時差ボケに注意しないとな」
稲生:「やっぱそうなりますか。魔界って、海外旅行みたいなものですねぇ……」
マリア:「うん。何も、飛行機に乗るだけが海外旅行じゃないってことさ」
稲生:「なるほど……。マリアさん、“ユーロスター”には乗りました?」
マリア:「いや、まだ無い」
英仏海峡トンネルを通る国際列車である。
人間としての人生を終えたマリアは、イリーナの瞬間移動魔法によって、まずは東欧に一っ飛びしたからである。
政情不安な国の方が“魔の者”は追いにくいという性質に応えたものだ。
人間に憑依したり操ったりするのだが、政情不安な国だと憑依先の人間が真っ先に殺される恐れが高い為。
更に高飛びして政情は安定している日本まで来たが、さすがに遠すぎることもあって、“魔の者”はその眷属を送って寄越す程度しかできていない。
マリア:「“魔の者”を倒したら、乗れるかもよ」
稲生:「今はダメなんですか?」
マリア:「トンネルに入った途端、“魔の者”はテロリストを操って、トンネルに爆弾を仕掛けさせるだろう。今ならイスラム教のせいにできるからな」
稲生:「なるほど……」
キリスト教は魔女狩り、イスラム教はテロで魔道師達を追い詰めてくる為、こちら側にとって世知辛い宗教であるようだ。
傍観勢兼実況勢にあるのは仏教くらいか。
[同日21:00.天候:晴 中央自動車道上]
バスは順調に中央自動車道の上り線を走行している。
マリア:「げっ……!」
稲生:「どうしました?」
マリアが手持ちの水晶球を見て嫌そうな顔をした。
マリア:「私達が向かう魔界の穴、行くのは私達だけじゃないみたいだぞ」
稲生:「他に誰が行くんです?」
マリア:「エレーナ……」
稲生:「エレーナくらい、いいじゃないですか。ついでに、マスター昇格のお祝いの言葉でも掛けてあげましょうよ。昔は敵だったけど、今は僕達の味方になっているんですし……」
マリア:「いや、エレーナは今さらどうでもいい。そうじゃなくて……」
稲生:「リリィも一緒ですか?まあ、別に……」
マリア:「リリィはいない。というか多分、もう魔界にいると思う。そうじゃくて、アンナと鉢合わせになりそう」
稲生:「……マジですか?」
マリア:「うん」
稲生:「夜の学校の、それも閉鎖された旧校舎の怖さを倍増してくれる魔女さんですよねぇ……」
マリア:「私達はむしろ、人間側に恐怖を与える側だが……」
稲生:「僕だけ恐怖を味わうことになりそうです……。帰っていいですか?」
マリア:「師匠とブラックジャックで勝ったら帰っていいんじゃない?」
その言葉を聞いた稲生、更に血の気が引いた。
稲生:「あー……」
マリア:「ま、私が一緒にいるから。アンナの好き勝手にはさせないよ」
稲生:「あ、ありがとうございます」
魔女には魔女で対抗せよということだ。
エレーナもいるからと思うが、恐らくこの場合、エレーナは実況役に徹するだけであろう。
アンナはヤンデレ魔女で、どうも稲生を狙っているフシがある。
もしもマリアという先約がいなかったら、とっくにアナスタシア組の師匠アナスタシアもびっくりの手法で引き入れたのではないかと思われる。
表立ったケンカはしていない。
門内破和の罪に問われ、最悪破門処分になるからだ。
なのでアンナも表向きにはマリアに気を使って退いているのだが、あくまでも表向きは……という感じが拭えないのであった。