[11月4日14:30.天候:晴 埼玉県さいたま市 稲生家]
翌日の出発まで稲生の実家に世話になることになったイリーナ組。
イリーナは客間の机に座って、本に何かを書き記している。
ロシア語でも英語でもなく、ラテン語である。
これはイリーナが書く日報のようなもので、どのように弟子を育成したのかも書かれる。
が、恐らく今回はどのように移動したかを書いたくらいであろう。
尚、その中には夢日記みたいなものも書かれることがある。
イリーナの占いには水晶球を使うものやタロットなどのベタなものの他、自身の夢占いも含まれる。
イリーナ:(日本国内の大都市市街地に、魔界の穴が発生する恐れあり。直ちに対応願う、か……。魔界側から何とかしてもらえばいいね)
稲生とマリアはリビングのテレビで映画を観ている。
〔「シンディ!横からもロボットが来るぞ!」「分かってるよ!食らえっ!」「おおっ!シンディのヤツ、いつのまに回し蹴り技を!」〕
稲生:「SFアクションより、ホラーの方が良かったですか?」
マリア:「うーん……。でもまあ、この時間、ホラーはやってないんでしょ?」
稲生:「“私立探偵 愛原学 〜探偵のバイオハザード〜”なら、夜にやるみたいですね」
この2人の趣味は映画鑑賞も含まれるようである。
それまではそんなに興味が無かったようだが、いつの間にか一緒に観る機会が増えたようだ。
イリーナは微かにリビングから聞こえる銃声や爆発音を耳にしながら、『日報』を書き終えた。
イリーナ:(アメリカ大統領選の行方、私の夢占いだとぉ……)
[同日16:45.天候:晴 稲生家]
〔「どうするの、社長?このまま……このまま戦いを終えちゃうの?」「いや……KR団はまだ潰れていない。戦いはまだ終わっちゃいない」「その通りです。自分としても、南里先生の理念を踏み潰そうとする連中をこのままにしておいていいとは思っていません」「決まりですな。シンディ、お前に命令だ。『KR団を潰せ』」「エミリー、自分からも命令だ。『KR団を潰せ』」「了解しました!」「かしこまりました」〕
稲生:「こりゃまた続編のありそうな終わり方ですね」
マリア:「ダンテ一門のグランドマスター達が本気を出せば、地上からいとも簡単に消せそうな敵組織だな」
稲生:「それを言ったらお終いですよ。それぞれには、それぞれの世界観があって……」
と、そこへ、母親がリビングに入って来る。
母親:「映画終わった?お父さんがね、せっかく先生方が来られたのだから、外で夕食取らないかって」
稲生:「いいね。それじゃ、先生に伝えて来ないと……」
マリア:「わ、私が行く……行きます!」
マリアは急いで奥の客間に向かった。
マリア:「師匠!師匠!」
イリーナ:「んー?なぁに?」
イリーナは客間のソファにもたれてうとうとしていた。
尚、このソファはフラットにすることができ、ベッドの代わりにすることもできる。
マリア:「今夜の夕食は外で食べるそうです!」
イリーナ:「あら、そう。何だか恐縮だねぇ……」
イリーナはソファから立ち上がった。
イリーナ:「うーん……」
マリア:「師匠、また予知夢を?」
イリーナ:「大した内容じゃないわ。アメリカのことは、そっちを拠点にしてる方に任せればいいしね」
マリア:「はあ……。今、勇太がタクシー呼んでます」
イリーナ:「そう」
イリーナは大きく伸びをした。
足を広げると、深いスリットから長い足が覗く。
魔法で肉体を若返らせているとはいえ、とても使用期限の迫っている肉体とは思えない。
マリアがローブを渡すと、イリーナはすぐにそれを着込んだ。
[同日17:30.天候:晴 大宮ソニックシティ(パレスホテル大宮)]
稲生達を乗せたタクシーがホテル前に到着する。
今度はイリーナ組でリアシートに座るが、少し窮屈だ。
それでも真ん中に座った稲生は両脇の魔女達に挟まれて、むしろご褒美だったようであるが。
宗一郎:「これはこれはブリジッド先生、息子がいつもお世話になっております」
稲生の父親の宗一郎がホテルのロビーで出迎える。
イリーナ:「いいえ。勇太君の弟子入りに協力して頂き、こちらこそ有難うございます」
宗一郎:「日本食レストランを予約しておいたので、こちらへどうぞ」
イリーナ:「Спасибо」
マリア:「師匠、肝心な時に“自動翻訳”切れてます」
稲生:(電波状態の悪いWi-Fiみたい……)
因みにイリーナはロシア語で、Спасибо(スパスィーバ)と言い、日本語訳すると『ありがとうございます』である。
ホテル内の日本食レストランの、更に個室席に入る。
宗一郎:「だいぶ日本も寒くなってきましたので、鍋料理にしてみました」
稲生:「良かった。お寿司じゃなくて」
宗一郎:「なに?」
稲生:「お寿司だけなら、お昼に食べたから」
宗一郎:「そうなのか。実は寿司も考えていたのですが、何かそれにしてはいけないような気がしたんですよ」
イリーナ:「さすがは勇太君のお父様ですわ。第六感がよく働きますのね」
イリーナは最初に注文したビールを注いでもらいながら、ふと考えた。
イリーナ:(稲生家は父系の家系っぽいから、勇太君の霊力の強さはそちらからだと思うけど……。あいにくと、稲生専務からそんな感じはしないのよねぇ……)
稲生:「僕はカシスオレンジで」
宗一郎:「相変わらず、酒の弱い奴だ」
稲生:「母さんだって、ウーロンハイだよ?」
宗一郎:「チューハイの方がアルコール度数は高いだろ?」
稲生:「そうかなぁ……?」
マリア:(家族か。いいなぁ……)
マリアもまたビールを口にしながら、稲生家のやり取りを羨望の目つきで見ていた。
イリーナがこっそり耳打ちする。
イリーナ:「アタシら魔道師が裏で世界を操るのも、引いてはこういう平和な家庭を1つでも増やす為でもあるのよ?」
マリア:「アメリカでは、あのいけ好かない爺さんをプレジデントにするのもその1つなんですか?」
イリーナ:「そうよ。ダンテ一門の『協力者』だからねぇ……」
マリア:「プレジデントになっちゃったら、『協力者』も何も無くなると思いますが……」
宗一郎:「さ、先生方、日本のすき焼きは食べたことがありますか?」
イリーナ:「私は昔、あります。でも、マリアは初めてですわ」
マリア:「ど、どういう感じで食べれば……?」
宗一郎:「勇太、教えてあげなさい」
稲生:「大した食べ方は無いんですけど……」
イリーナは目を細めてその光景を見ていたが、しかし、宗一郎の背後から何か声がしたような気がした。
???:「お前も『家族』だ」
ピシッ!とテーブルの上のビール瓶にヒビが入り、口が割れて中身が噴き出る。
宗一郎:「わっ、何だ!?」
稲生:「えっ!?」
イリーナ:「!!!」
イリーナは天井付近に消えて行く黒い影を見た。
宗一郎:「キミぃ!ビール瓶にヒビが入ってたぞ!危ないじゃないか!」
従業員:「も、申し訳ありません!すぐにお取替え致します!」
イリーナ:「いえ、店側の責任ではありませんわよ」
宗一郎:「ええっ!?」
イリーナ:「と言っても、誰の責任でもありません。ちょっと……この集まりに際して、何らかの嫌がらせが起きただけですわ」
宗一郎:「誰ですか、そいつは?」
イリーナ:「いえ、大したことではありません。それより、食事が終わりましたら、専務の仕事運について占いましょうか?」
宗一郎:「先生が世界一の占い師であることは伺っております!世界各国の要人が、先生の占いを受けて成功していると!」
イリーナ:「世界一……かどうかは分かりませんが、とにかく勇太君の弟子入りに協力して頂いたことと、今回の御礼ですわ。どうぞ、お気になさらず……」
宗一郎:「大変光栄です!」
イリーナはスッと水晶球を出して、そっとロシア語で何かを喋った。
それを日本語訳すると、こうなる。
イリーナ:「貴様の脅しには屈しない。やれるものならやってみな」
齢1000年強のイリーナ。
とても長い人生の中で、『協力者』は多いが、敵もそれなりにいるのも事実のようである。
翌日の出発まで稲生の実家に世話になることになったイリーナ組。
イリーナは客間の机に座って、本に何かを書き記している。
ロシア語でも英語でもなく、ラテン語である。
これはイリーナが書く日報のようなもので、どのように弟子を育成したのかも書かれる。
が、恐らく今回はどのように移動したかを書いたくらいであろう。
尚、その中には夢日記みたいなものも書かれることがある。
イリーナの占いには水晶球を使うものやタロットなどのベタなものの他、自身の夢占いも含まれる。
イリーナ:(日本国内の大都市市街地に、魔界の穴が発生する恐れあり。直ちに対応願う、か……。魔界側から何とかしてもらえばいいね)
稲生とマリアはリビングのテレビで映画を観ている。
〔「シンディ!横からもロボットが来るぞ!」「分かってるよ!食らえっ!」「おおっ!シンディのヤツ、いつのまに回し蹴り技を!」〕
稲生:「SFアクションより、ホラーの方が良かったですか?」
マリア:「うーん……。でもまあ、この時間、ホラーはやってないんでしょ?」
稲生:「“私立探偵 愛原学 〜探偵のバイオハザード〜”なら、夜にやるみたいですね」
この2人の趣味は映画鑑賞も含まれるようである。
それまではそんなに興味が無かったようだが、いつの間にか一緒に観る機会が増えたようだ。
イリーナは微かにリビングから聞こえる銃声や爆発音を耳にしながら、『日報』を書き終えた。
イリーナ:(アメリカ大統領選の行方、私の夢占いだとぉ……)
[同日16:45.天候:晴 稲生家]
〔「どうするの、社長?このまま……このまま戦いを終えちゃうの?」「いや……KR団はまだ潰れていない。戦いはまだ終わっちゃいない」「その通りです。自分としても、南里先生の理念を踏み潰そうとする連中をこのままにしておいていいとは思っていません」「決まりですな。シンディ、お前に命令だ。『KR団を潰せ』」「エミリー、自分からも命令だ。『KR団を潰せ』」「了解しました!」「かしこまりました」〕
稲生:「こりゃまた続編のありそうな終わり方ですね」
マリア:「ダンテ一門のグランドマスター達が本気を出せば、地上からいとも簡単に消せそうな敵組織だな」
稲生:「それを言ったらお終いですよ。それぞれには、それぞれの世界観があって……」
と、そこへ、母親がリビングに入って来る。
母親:「映画終わった?お父さんがね、せっかく先生方が来られたのだから、外で夕食取らないかって」
稲生:「いいね。それじゃ、先生に伝えて来ないと……」
マリア:「わ、私が行く……行きます!」
マリアは急いで奥の客間に向かった。
マリア:「師匠!師匠!」
イリーナ:「んー?なぁに?」
イリーナは客間のソファにもたれてうとうとしていた。
尚、このソファはフラットにすることができ、ベッドの代わりにすることもできる。
マリア:「今夜の夕食は外で食べるそうです!」
イリーナ:「あら、そう。何だか恐縮だねぇ……」
イリーナはソファから立ち上がった。
イリーナ:「うーん……」
マリア:「師匠、また予知夢を?」
イリーナ:「大した内容じゃないわ。アメリカのことは、そっちを拠点にしてる方に任せればいいしね」
マリア:「はあ……。今、勇太がタクシー呼んでます」
イリーナ:「そう」
イリーナは大きく伸びをした。
足を広げると、深いスリットから長い足が覗く。
魔法で肉体を若返らせているとはいえ、とても使用期限の迫っている肉体とは思えない。
マリアがローブを渡すと、イリーナはすぐにそれを着込んだ。
[同日17:30.天候:晴 大宮ソニックシティ(パレスホテル大宮)]
稲生達を乗せたタクシーがホテル前に到着する。
今度はイリーナ組でリアシートに座るが、少し窮屈だ。
それでも真ん中に座った稲生は両脇の魔女達に挟まれて、むしろご褒美だったようであるが。
宗一郎:「これはこれはブリジッド先生、息子がいつもお世話になっております」
稲生の父親の宗一郎がホテルのロビーで出迎える。
イリーナ:「いいえ。勇太君の弟子入りに協力して頂き、こちらこそ有難うございます」
宗一郎:「日本食レストランを予約しておいたので、こちらへどうぞ」
イリーナ:「Спасибо」
マリア:「師匠、肝心な時に“自動翻訳”切れてます」
稲生:(電波状態の悪いWi-Fiみたい……)
因みにイリーナはロシア語で、Спасибо(スパスィーバ)と言い、日本語訳すると『ありがとうございます』である。
ホテル内の日本食レストランの、更に個室席に入る。
宗一郎:「だいぶ日本も寒くなってきましたので、鍋料理にしてみました」
稲生:「良かった。お寿司じゃなくて」
宗一郎:「なに?」
稲生:「お寿司だけなら、お昼に食べたから」
宗一郎:「そうなのか。実は寿司も考えていたのですが、何かそれにしてはいけないような気がしたんですよ」
イリーナ:「さすがは勇太君のお父様ですわ。第六感がよく働きますのね」
イリーナは最初に注文したビールを注いでもらいながら、ふと考えた。
イリーナ:(稲生家は父系の家系っぽいから、勇太君の霊力の強さはそちらからだと思うけど……。あいにくと、稲生専務からそんな感じはしないのよねぇ……)
稲生:「僕はカシスオレンジで」
宗一郎:「相変わらず、酒の弱い奴だ」
稲生:「母さんだって、ウーロンハイだよ?」
宗一郎:「チューハイの方がアルコール度数は高いだろ?」
稲生:「そうかなぁ……?」
マリア:(家族か。いいなぁ……)
マリアもまたビールを口にしながら、稲生家のやり取りを羨望の目つきで見ていた。
イリーナがこっそり耳打ちする。
イリーナ:「アタシら魔道師が裏で世界を操るのも、引いてはこういう平和な家庭を1つでも増やす為でもあるのよ?」
マリア:「アメリカでは、あのいけ好かない爺さんをプレジデントにするのもその1つなんですか?」
イリーナ:「そうよ。ダンテ一門の『協力者』だからねぇ……」
マリア:「プレジデントになっちゃったら、『協力者』も何も無くなると思いますが……」
宗一郎:「さ、先生方、日本のすき焼きは食べたことがありますか?」
イリーナ:「私は昔、あります。でも、マリアは初めてですわ」
マリア:「ど、どういう感じで食べれば……?」
宗一郎:「勇太、教えてあげなさい」
稲生:「大した食べ方は無いんですけど……」
イリーナは目を細めてその光景を見ていたが、しかし、宗一郎の背後から何か声がしたような気がした。
???:「お前も『家族』だ」
ピシッ!とテーブルの上のビール瓶にヒビが入り、口が割れて中身が噴き出る。
宗一郎:「わっ、何だ!?」
稲生:「えっ!?」
イリーナ:「!!!」
イリーナは天井付近に消えて行く黒い影を見た。
宗一郎:「キミぃ!ビール瓶にヒビが入ってたぞ!危ないじゃないか!」
従業員:「も、申し訳ありません!すぐにお取替え致します!」
イリーナ:「いえ、店側の責任ではありませんわよ」
宗一郎:「ええっ!?」
イリーナ:「と言っても、誰の責任でもありません。ちょっと……この集まりに際して、何らかの嫌がらせが起きただけですわ」
宗一郎:「誰ですか、そいつは?」
イリーナ:「いえ、大したことではありません。それより、食事が終わりましたら、専務の仕事運について占いましょうか?」
宗一郎:「先生が世界一の占い師であることは伺っております!世界各国の要人が、先生の占いを受けて成功していると!」
イリーナ:「世界一……かどうかは分かりませんが、とにかく勇太君の弟子入りに協力して頂いたことと、今回の御礼ですわ。どうぞ、お気になさらず……」
宗一郎:「大変光栄です!」
イリーナはスッと水晶球を出して、そっとロシア語で何かを喋った。
それを日本語訳すると、こうなる。
イリーナ:「貴様の脅しには屈しない。やれるものならやってみな」
齢1000年強のイリーナ。
とても長い人生の中で、『協力者』は多いが、敵もそれなりにいるのも事実のようである。