報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“Gynoid Multitype Cindy” 「廃銃令」 6

2016-11-22 21:04:50 | アンドロイドマスターシリーズ
[11月8日04:46.天候:曇 埼玉県さいたま市大宮区内某所 敷島達の入居しているマンション]

 敷島達の住んでいるマンション。
 そこには納戸がある。
 間取りでSと呼ばれる場所だ。
 Sとはサービスルームの略で、本来は居室に適さないデッドスペースとしての空間を指す。
 このマンションとしては3帖ほどの広さで、フローリング床の洋室なのだが、多くは物入れとして使われていることが多い。
 畳を3枚縦に並べてちょうど良い、細長い空間だ。
 その中間辺りには、隣の部屋の収納スペースの関係上、高さ1メートルほどの窪みがあり、そこはまるで14系客車のB寝台車にある下段寝台のようである。
 敷島家では物入れというよりも、メイドロイドの控え室のような感じにしていた。
 このマンションでは、物置が別にあるからである。
 で、週末はシンディも使っている。
 シンディは敷島エージェンシーでは社長秘書兼ボディガード(兼浮気防止監視役)だが、敷島家ではメイドロイドである。
 マルチタイプはその場面に応じて、様々な用途に使えるのが特長というわけだ。
 で、このマルチタイプ、他にもこんな用途がある。
 シンディとメイドロイドの動力は基本、バッテリーである。
 大抵は深夜電力で充電を行う。
 それも朝にならないうちに充電は終了するのだが、タイマーでもって朝までスリープ状態になっていることが多い。
 で、それが自動的に解除される場合がある。

 シンディはカッと目を開いた。

 シンディ:「緊急地震速報受信!」

 納戸を出ると同時に起こる大きな揺れ。
 で!

 シンディ:「お坊ちゃま!?」

 何故か敷島夫妻の一人息子のトニーが廊下をハイハイしていた。
 直後、本棚から大きな本がトニーの上に落ちる!

 シンディ:「ロケット・アーム!」

 左手から有線ロケットアームを飛ばし、本を殴り飛ばした。
 その後で、急いでトニーを抱き抱える。

 敷島:「何だ何だ!?」

 直後に敷島がトイレから出てくる。

 シンディ:「社長!お坊ちゃまが大変だったのよ!」
 敷島:「!!!」

[同日07:00.天候:晴 敷島家]

〔「……今日午前4時46分頃、埼玉県南部を震源とするマグニチュード5.3の地震が発生し、最大震度はさいたま市大宮区で震度5弱……」〕

 このくらいの揺れでもライフラインは止まっていなかった。
 メイドロイドとマルチタイプは、主人達の為に朝食の支度をしている。

 シンディ:「マスター、お先にトーストをどうぞ」
 アリス:「Thank you.それにしてもタカオ、どうしてトニーを廊下に置いとくの!?」
 敷島:「何度も聞くなよ!トニーがトイレに行きたいって言うから、一緒についてったんだよ。で、ついでに俺も用を足そうと思って、その間、トニーには外で待っててもらったわけだ」
 アリス:「だからそれが間違いだっての!トニーはまだ1歳よ!?」
 敷島:「まさか、あのタイミングで大きい地震が来るなんてさぁ……」
 アリス:「シンディ、あなたは優秀よ。さすがは、じー様が設計した最高傑作ね」
 シンディ:「お役に立てて何よりです」

[同日10:00.天候:晴 東京都江東区豊洲 豊洲アルカディアビル18F 敷島エージェンシー]

 敷島:「あー、今朝はエラい目に遭った」
 井辺:「おはようございます、社長。今朝は埼玉で大きな地震があったようですが、大丈夫でしたか?」
 敷島:「トニーが広辞苑に押し潰されるところだった」
 井辺:「ええっ!?御子息が!?」
 敷島:「シンディが広辞苑を殴り飛ばしてくれたおかげで助かった」
 井辺:「さすがシンディさんですね」
 シンディ:「銃で撃ち抜くという手もあったけど、まあロケット・アームで何とかなったわ」
 井辺:「さすがです」
 敷島:「しかし、これでますます銃は要らないってことになってしまうな」
 一海:「社長、平賀博士からお電話です」
 敷島:「おっ、分かった」

 敷島は社長室に入ると、すぐにその机の電話を取った。

 敷島:「はい、お電話代わりました。敷島です」
 平賀:「ああ、敷島さん。今朝、埼玉で大きな地震があったようですが、大丈夫でしたか?」
 敷島:「ええ。シンディが上手く活躍してくれました」
 平賀:「さすがは『マルチタイプを世界一使いこなす男』ですね」
 敷島:「私は命令を出しているだけですよ。きっとエミリーも動いてくれますよ」
 平賀:「エミリーねぇ……」
 敷島:「うちでは週末限定で二海とシンディを置いているわけですから、平賀先生も週末限定でエミリーを置いてみてはいかがでしょうか?」
 平賀:「南里先生の御遺作を私物化するにはいきませんからねぇ……」
 敷島:「その御遺作を全て受け継いだのが平賀先生です。エミリーを今更どうしようが、南里所長は何も言いませんよ」
 平賀:「いや、扱いが悪いと夢枕に出てきて叱られそうだ。『平賀君!エミリーをもっと大事に扱わんかい!エミリーはワシの生涯最高の傑作であるぞ!』ってね」
 敷島:「はははは!そういえば俺も、随分怒られてたっけなぁ……」

 その時、何故かつーっと敷島の目に一筋の涙が零れた。

 敷島:「……そうか。先生、もうすぐ南里所長の命日なんですね」
 平賀:「そうですよ。嫌だなぁ、忘れたんですか?勤労感謝の日ですよ。今年で七回忌です。忘れずに来るんですよ」
 敷島:「分かってますって。予定はちゃんと空けてあります」
 平賀:「シンディも連れて来てくださいよ」
 敷島:「分かってますって」

 平賀が唯一、敷島とシンディを許せない所がある。
 それは敷島が大日本電機に籍を置いていた頃、敷島はそこから出向という形で南里研究所の事務職兼ボーカロイドプロデューサーをやっていた。
 しかしそれは表向きで、実際は南里の研究成果を大日本電機に横流しする産業スパイとしての役割であった。
 大企業からの圧力を受けた南里の心労が寿命を縮めた原因であると、平賀は信じて疑わない。
 また、当時対立していたドクター・ウィリーの手先として、シンディ(前期型)の攻撃もあった。
 これもまた南里の寿命を縮めた原因であると平賀は思っている。
 ましてや、葬式に御祝儀を持ってきたその行為は許しがたいものであった。
 後期型として再稼働したシンディは深く謝罪したが、あくまでウィリーの命令に従っただけだからという言動に怒りが収まらなかったのだった。
 ようやく養孫であるアリスも一緒に謝って、何とか許してもらっている。

 敷島:「……ええ、では失礼します」

 敷島は電話を切った。
 その間、シンディが入れていたコーヒーを持って来る。

 敷島:「そういえばお前が南里所長の葬式に御祝儀を持っていった件について、平賀先生は分かりやすく怒っていたけど、エミリーはもっと怖かったな?」
 シンディ:「ええ。今でも忘れないわよ」

 エミリーは無表情で怒っていて、無表情でシンディの胸倉を掴み、無言の圧力を加えていた。
 口数は少なく、表情もシンディよりおとなしいエミリーであるが、感情は豊かであり、それに伴って本来は表情も豊かである。
 怒りの表情もできるのだが、あえてシンディには無表情で怒った。
 それが今でもシンディのトラウマになっている。
 その為、エミリーが無表情で近づいてくると、今でも警戒してしまうのである。

 シンディ:「マルチタイプ、トップナンバーの座はダテじゃないわ……」
 敷島:「本当になぁ……」

 敷島はズズズとコーヒーを啜った。

 敷島:「“御霊前”に、大日本電機の名刺でも添えてみるか?まだ持ってるぞ」
 シンディ:「今度こそ本当に姉さんがブチ切れるから止めてもらえます?」

 尚、大日本電機は突然のM&Aにより外資系企業に吸収されてしまい、閑職だった敷島の部署は潰されて、敷島は完全に失職してしまった。
 罰と言わずして何であろうか。
 その後、平賀の計らいにより、新設された日本アンドロイド研究開発財団(略称、JARA)の事務職に収まっている。
コメント
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