このシリーズでだいぶ引っ張っていますが、内容は色々なのでまだ暫くお付き合いください。さて今回は「フルストバル遺跡」です。石垣島で最大の遺跡と言って良いでしょう。オイラ的には各学校で地元の遺跡として必ず見学に行くべき場所の一つだと思っています。
フルストバル遺跡は以前は西暦1500年頃に実在した豪族、「オヤケアカハチのグスク(城)」と言われていましたが、ここ数年の発掘調査などで「時代が合わない」と言う事が分かってきて、「どうやらオヤケアカハチのグスクではないな」と言うのが正解なようです。ただ住居または宿泊所?として使っていたと言う事は現段階では間違いないようです。「宿泊所?」と書いたのは住居だとしても一家族の住居ではなく、一つの石垣の囲いの中に集団で住んでいたんではないか?と言う予想が現段階で言われているからです。
また宮良湾と言うのは「正保国絵図(江戸幕府が諸大名に命じて国単位で作らせた国絵図)」には載っていないんですが、湾周辺や海岸・海底から遺跡が沢山出ています。そういった盛んな港の傍に宿泊所があってもおかしくはないですよね。しかもフルストバル遺跡は石灰岩の高台にあるので宮良湾が非常に良く見えます。船の出入りが良く見えるので管制塔見たいな物もあったかも知れません。港関係で働く人、船の乗組員やお客様の宿泊所を作るにはもってこいの場所です。ですからオイラの考えは共同住宅と言うよりはこちら側です。
さぁ、石垣に住んでる方も観光客の方もぜひ現地に行って自分の目で見て、石垣に触れ、宮良湾を眺め、柔軟に想像を膨らませ自分なりの推理を楽しんで見て下さい。琉球王国・石垣島の悠久の歴史に触れる事がきっと出来る筈です。
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