リフトアップ 石垣島 エコツアー OpenPlace2 

沖縄は石垣島から元報道カメラマンが送る、海・空・山、自然が大好きな方へ! ツアー参加は「リフトアップエコツアー」で検索!

お洒落なハブ太郎

2022年03月27日 | 夜が好き!

水場の観察をしていたら、やっぱりハブ太郎が待ち構えています。この子らにとっては絶好の餌場なんでしょうし、他の生き物にとっても命を繋ぐ場です。スケールは違いますがアフリカの水場と同じですね、ライオンがハブ太郎です。

この時期とっても良い匂いのするセンダンの花びらと、オオバギの葉、何だかお洒落な画に仕上がってませんか?(笑)。

#リフトアップ石垣島エコツアー #ハブ #撮影

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覗いてるよ(笑)。

2022年03月25日 | 生き物

夜の撮影では昼間見られないような色んな生物に出会えます。何に会えるかは一期一会なので地面から樹上からキョロキョロして、少し進むのにもかなり時間がかかります。一瞬見た中に「何か光るものがあったぞ」。もう一度その方向を見ると洞(うろ)があって、暗い中から何かがオイラを見ています。

おそらく、ヤエヤマクチキコオロギ(コオロギ科)だと思います。日本最大種です。見ると複眼と真ん中にある単眼が分かります。(複眼を二つとしておいたら)三つ目ですね。単眼の機能は明るさが分かるだけと書いてある事が多いですが、三角の内、前の1つは上下(縦揺れ)、後ろの2つは左右(横揺れ)を感知して、飛ぶ時等バランスをとるのに役に立っているそうです。石垣島にも沢山のコオロギがいて比べて見ないとオイラには見分けがつきません。せいぜいマダラコオロギと、この子くらいかな(笑)。
他に、タイワンエンマコオロギ、フタホシコオロギ、ネッタイオカメコオロギ、ナツノツヅレサセコオロギ、カマドコオロギ、ヒメコガタコオロギ、など。

#リフトアップ石垣島 #夜の虫 #撮影

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美味しそうなんだけど、食べれません(笑)

2022年03月20日 | 生き物

外来種の調査を長年やっているんですが、基本趣味と言うかボランティアと言うかで、日頃の観察が物を言います。オイラのウチはオオヒキガエルの本場で、庭には毎日のように入って来ては外に放り投げます(笑)。

野良猫も毎日のように餌をねだりに来て「ニャ~ゴ、ニャ~ゴ」鳴く癖に、いざ皿に餌を入れて出してやる途端に「フ~ッ!」と威嚇して来て「さっさと餌を寄こせ」と言います。ちなみに今戦いに勝ってウチを縄張りにしているのはチャシローです。シロクロはネコ会議で負けたようで、しばらく出くわさない様に両方来ていましたが、ここ数日は完全に来なくなりました。

ところでネコ科って餌を必ず少し残しますよね。その餌を目当てにカラスが来たり、ネズミが来たり、野良犬も来たり、そしてオオヒキガエルまで寄って来ます。
オオヒキガエルは物凄く鼻が良くて、かなり遠く離れた所からも水の匂いを嗅ぎ分け水を求めてやってくるし、匂いの強い腐った物や、キャットフードやドックフードにも寄って来るんです。

ですがカエルは動く物でないと反射的に跳びついて食べると言う行為をしない為、悲しいかな餌には寄って来るんですが皿の中でただ座っているだけ、という状態で食べ物を目の前にしながら食べる事はなく、オイラに見つかり放り投げられます(笑)。
これはもう仕事の調査でもトラップを使った実験で寄って来る事は実証済みなんですが、今期の調査中は捕獲とまではいかなかったようです。まぁオイラが作ったトラップじゃないから、オイラのせいじゃないけど(笑)。

#リフトアップ石垣島 #オオヒキガエル #外来種 #トラップ

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旧日本軍の壕も、

2022年03月13日 | 文化・歴史好き!

シダやツル植物で覆われた石灰岩の斜面を見ていると、妙に人工的なコンクリートと銀の扉が見えます。秘密基地?!。コンクリートの壁には電気検診メーターも取り付けてあって、こんな所に誰か住んでいるんでしょうか?

実はこれ、かつて旧日本軍が壕として使っていた洞窟で、今ではその穴を利用して地震計が設置されているそうです。この並びには戦時中の通信室の壕や、戦闘機を隠す掩体壕も幾つかあり、白保の飛行場で離着陸がある度にここまで人力で押して来て隠していたそうです。石垣島には地震計が何か所かあり、オイラの住む名蔵からチョッと行った斜面にもやはり同じような銀の扉で、その中に計測機器が設置されています。

雨続きの石垣の冬が終わり、そろそろまたカブに乗ってウロウロできる季節がやって来ました。啓蟄が過ぎた途端にムカデが家の中に入って来たり、藪漕ぎ中に毛虫にやられたり、旧暦の自然に対する正確さに改めて関心させられます(笑)。

#石垣島 #旧日本軍 #啓蟄 #地震計

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石垣島の粟石

2022年03月03日 | 文化・歴史好き!

先日、地元新聞社の方からオイラの過去記事にある「粟石」について教えて欲しいと連絡がありました。そこには海岸の岩を切り出した跡を粟石の切り出した跡と書いているのですが、もしかしたらビーチロックを切り出した跡なんじゃないか?とも思っていて、以前から何度か現場に見に行ってるんですが、どうもビーチロックとは岩肌と言うか岩質が違います。だからその記事はあえてそのままにしておきました(今回少し訂正済み)。今回は新聞社の人にも、もしかしたらあれはビーチロックかも知れないと伝へ、話を終えました。

では自信をもって「これは粟石を切り出し跡だよ!」と言える場所はまだ石垣島に残っているんでしょうか?以前から古い写真で石切場の画像を見てはいたんですが、それはどこなのか?今回改めて調べて見ました。

モノクロの画像2点は、
Geology of Ishigaki-shima, Ryukyu-retto
Professional Paper 399-A
By: HELEN L. FOSTER
より。

FIGURE 46. Quarry In Ryukyu Limestone. This is a typical quarry in
sandy Ryukyu Limestone about 2.7 kilometers north of Ohama.
Quarrying is done entirely by hand tools. 1956.
図46.琉球石灰岩の採石場

これは典型的な採石場です大浜の北約2.7キロにある琉球石灰砂岩(粟石)。
採石は全て手工具で行われます。1956年。

粟石を調べていると必ず行き着く画像です。戦後、ヘレン・F・フォスターさん率いる調査団が調べた和訳題名「琉球列島 石垣島の地質」からなんですが、1枚目の場所は現在の最終処分場の一部です。現在では建物が建ち、多少場所が前後しているのとレンズの違いでピッタリとは一致はしませんが、右上の小山見たいのとか見ると、まぁそんなに間違ってもいないかな?と思います。

この画像右後ろに行くと池のようなのがあり、おそらく採掘していていた穴に水が溜まったんでしょう。近所で工場を営んでる方に聞いて見ると「そのカーブの辺りから奥がそうだよ。持ち主は最終処分場にするから土地を譲って欲しいと言われ譲ったらしい。」との事で、場所も一致します。また斜面を見ると下の方が石灰質混じりの地質になっていました。

2枚目は地元(石垣島)の方が粟石を使ってお墓を作っている画像です。

FIGURE 47. Construction with Ryukyu Limestone. Sandy Ryukyu
Limestone is quarried, allowed to harden, and used in the construction
of native tombs, walls of buildings, and retaining walls. The tomb
in the picture is being constructed of blocks of sandy Ryukyu Limestone
locally called awalshi. October 1956.
図47.琉球石灰岩による建設
琉球石灰砂岩
は採石され、硬化し、建設に使用されます。昔ながらの墓、建物の壁、擁壁。 写真の墓は琉球石灰砂岩のブロックで構成されています。地元ではawalshi(粟石)と呼ばれています。 1956年10月。

現在でも住宅地に行くと、粟石を使った塀の家が沢山あります。粟石はノコギリで切れるので加工もしやすく、古墓の飾り屋根などにも良く使われているのが見れます。

自分で運んで来た石灰岩を積んで作った石垣の塀と比べ、粟石はお金を払って買わないと手に入りません。石切場から切り出して運んで貰って施工するのでお金がかかっている分お金持ちの家が多く、今でも粟石の塀が残っているお宅を見ると敷地が広く立派な家が多いです。ただ馬車を持ってる方は自分で石切場に買いに行き、施工も仲間内でやったという話もあります。また過去の地震の時、ブロック塀へ倒れたけど粟石の塀は倒れなかった、と言う証言もあります。繋ぎは漆喰です。

オイラ的にはこっちの眺めの方が好きですけどね(笑)。

ところで、粟石とビーチロックの違いはご存じですか? 粟石は海底で貝殻やサンゴ、有孔虫などの殻が堆積して出来た堆積層です。ビーチロックは文字通り海岸に溜まったやはり粟石と同じような炭酸カルシウムを持った物の残骸が雨や地下水などで溶けて固まった岩です。河川のように表面的に水が流れている場所ではなく、砂の中をジワ~と淡水が流れているような場所に良く出来てます。

今回調べていて、他にも前勢岳のマキラ側や裏石垣にも一か所あったと言う事が分かりまいた。その中で確実にココだ!、と分かった場所がもう一か所見つかったので紹介しておきます。

場所は宮良川のそばで、右上に昔の製糖工場の2本煙突が見える辺りです。現在は草地になっていて、この隣で畑をやっている大浜のMさん89歳(1933年生)にお話を伺いました。

 土地改良前まではあった様な気がする。この辺りは1mも掘れば粟石が出て来る。現在の持ち主は牛をやってる人で草地として使っている。戦時中は掘った穴を壕に使ったりもしていた。直ぐそばが大浜集落の第二避難所で、当時はこの辺りに高射砲?大砲?が6台くらいあったよ。元々はそんなに悪くない土だったっけど、粟石取らなくなって土地改良で埋める時に他所から持って来た土が混ざってる。僕の土地から勝手に土を持って行こうとしたので怒ったよ(笑)。

 との事でした。地元のある程度の年齢の方に聞くと結構覚えている方もいて、それなりにお話をお聞きする事が出来ました。しかしオイラと変わらないような現役世代の方に話を聞くと地元の方なのに皆知らない、と言うか話が通じませんでした(笑)。粟石自体が何だか分からないのです。ただ畑で工事をやっていた方は普段から地面と関わっているので詳しかったです。「粟石はココよりもうチョッと低い場所だよ」とか経験からご存じでした。

今回はここまでです。お話をうかがった皆さん、ありがとうございました。
資料や情報等いつも協力下さるAさん、山の先生でもあるMさん、そして何より当時のお話や情報を教えて下さるM先生と、当時実際にヘレン・F・フォスターさんを案内していたS子さん。貴重なお話しありがとうございました。このお二人がいなければ今回分かった2か所には辿り着かなかったと思います。お金では買えられない、こういう人との繋がりがオイラの一番の財産です。

#リフトアップ石垣島エコツアー #粟石 #HELEN L. FOSTER

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