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猫のいない生活

08年に東中野のジムで筋トレを始めジム閉鎖後移籍。17年に大会に初出場し優勝。19年に脳梗塞発症も半年後に大会出場。

大会準備編とブログタイトル変更のお知らせ

2017-07-02 16:47:25 | ボディビル大会

 東京オープンに向けての準備について。

 減量は昨年七月に始めましたが当初は大会出場のためではなく、夕飯にご飯を二杯弱食べると胃がもたれる事が多く、その割に体重が増えないのに業を煮やして、それならいっそご飯の量を減らそうと思ったからです。ご飯を一杯半弱にしました。

 体重は7月23日に73.2kg。9月から10月は72.2kg~72.6kgを行き来していました。夕飯のご飯の量ではこれが限界だと思い、トレーニング後に食べていたあんパンを森永ガトーショコラのような小型のお菓子に変更。10月25日に72.0kg。毎年正月には体重が減りますが、今年は1月8日に71.0kgになっていました。春頃からはお菓子を止め、コンビニなどで売っているサラダチキン半分に変えました。体重は4月2日に70.6kg、5月25日に69.4kg。

 大会一ヶ月前からは昼食をコンビニのサンドイッチ1パック+菓子パンから鶏胸肉150~200gと生野菜かボイル野菜とロールパン1~2個に。体重は6月10日に69.0kg。大会二週間前からは夕飯のご飯の量をさらに少し減らしました。6月22日に68.0kg。大会三日前から炭水化物の量を元に戻しましたが、大会当日に最も軽くなり67.2kg。

 体脂肪率は自宅の体重計では3%減りました。数値は当てにしていません。

 次に着手したのがポージングのレッスンです。大塚で西本さんのトレーニングのレッスンやご自分でトレーニングをされるところを見ていたので、習うとしたら西本さんと決めていました。いざとなると敷居が高かったのですが、八月下旬に申し込み、九月初旬からおおよそ三週間に一度のペースで規定ポーズから習い始めました。フリーポーズの練習を始めたのは三月頃から。僕は動作の習得が異常に苦手なのでかなり早くから始めました。また例年だと東京オープンはゴールデンウイークの終盤に開催されるので、今年もそうだと思っていました。日程が発表された時はさすがに準備に取り掛かるのが早過ぎたかな?と思いました。

 自宅では風呂に入る前に規定ポーズを一通り練習し、フリーポーズは休日に練習しました。大きな鏡を用意した方がよいと言われましたが、規定は上半身しか映らない小さな鏡で確認しながらやりました。フリーは最初スマホで撮影していましたが、自分で見てもきちんとポーズが取れているのか判断出来なかったので、注意点を思い出しながら、何も見ずにやっていました。練習方法はまずかったかもしれません。

 曲は2009年にただ一度だけ大会を観戦した後、自分だったらどの曲にするか、と考えて最初に思い浮かんだチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。他にも幾つか候補はありましたが、初志貫徹となりました。

 大変だったのが振り付け。動作を覚えるのが非常に苦手なので規定ポーズを組合せて少し違うポーズを組み合わせた簡単なものにしました。初めてなので大まかな流れの組み立ても、気に入ったフリーポーズを見てある程度コピーした方がよいと言われたので、マスターズの選手の物を中心にYouTubeで色々見て、入れようと思ったポーズを紙に書いて作っていきました。お手本にさせて頂いた方が審査員に入っていたので気まずくはありましたが、真似の出来ないポーズは削り単純化したので、原型を留めていなかったと思います。

 その次は、そんな事を気にするのかと驚かれそうですが髪型。去年の春まで長年近所の床屋でカットをしていましたが、髪型が気に入らなくなりネットで見つけた美容室に通い始めましたが担当者がなかなか捕まらない。諦めて九月から池袋の美容室を二軒試しましたが満足出来ず。Hot Pepper Beautyのヘアカタログで見つけた原宿のウィルゴという美容室の橋元店長のスタイルが気に入り行ってみました。ヘアカタログのモデルは僕と全く違うタイプなので、形は違っていいのでイメージを近づけて欲しい、と頼んだら期待以上に気に入った仕上がりだったので、以来ここに通っています。数軒試さないと決まらないだろうと早めに動きましたが、髪型の問題はあっさり解決。

http://www.virgo-hair.com

 髪型に続いてはポージングトランクス。普通は大会申込前後に手配すると思いますが、公認のポージングトランクスを扱っている三社のうち、色や素材が豊富なFitBeatさんは注文を受けてからの手作りで出来上がりに四週間程度かかります。シーズンが迫って忙しくなる時期を避けようと一月末にカラー見本を請求したところ、出来れば試着した方がよいと言われ、事務所に伺いました。ウエストのサイズからMサイズだと思っていましたが、履いてみるとSサイズの方がしっくりきました。二月末には出来上がり。色は大会を観戦した時から考えていたシルバー。大部分の人が黒を選びますが、僕は白髪とコントラストの強すぎる黒は避けました。

https://m.facebook.com/fitbeathoen/?locale2=ja_JP

 大会三ヶ月前の三月末にタンニングを開始。焼けにくい方なので下地作りに時間をかけるつもりでした。自転車で行きやすい大山駅前のタンニングサロン ブロンズで。料金がリーズナブルでフロントの方も親切です。弱めのマシンで最短時間から始めましたが初回~二回目は肌が真っ赤になり、痒くてたまりませんでした。徐々に強いマシンに入り今では週二回60分焼いています。週三回通うのが難しかったので二回にしたため望んでいたほどの色にはなりませんでしたが、全出場者の中ほどくらいにはなっていたと思います。

http://www.j-bronze.jp/



 最後に無駄毛処理。四月末に始めましたが初回は泣かされました。脚の毛が濃いのでまずハサミで適当に短くして、使い捨ての剃刀で剃ったのですが三時間ほど格闘しました。その割に剃り残しは多いは、あちこち血は滲むは。さらにタンニングをするので脚の皮膚がボロボロになった感じがします。アロエ入りのローションやクリームで出来るだけのケアはしました。

 減量には苦しみませんでしたが、タンニングが一番面倒なうえ金がかかりました。カラーが認められるといいとつくづく思います。

 フジトレーニングセンターで筋トレを始めてから、フジトレの閉鎖のためゴールドジムに移るまでが第一章、それから遂にボディビル大会に初出場するまでが第二章。大会に出場して新しいステージに入った、ということでブログのタイトルを変更しました。


大会が終わって...

2017-06-28 11:52:56 | ボディビル大会

 大会レポートはひとまず終わりです。決勝フリーポーズで一点書くのを忘れていました。

 チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番というオーソドックスな曲を選びましたが、なぜかCDが頭から3秒ほどして曲が始まります。それに合わせて振り付けをして練習していました。ところが本番では音が出始めてから一分間流してくれたので最後が数秒余ってしまったので、モースト・マスキュラーで締める予定だったのに、一つポーズを付け加えました。これは予期していましたが、いざ本番となると戸惑ってやや間が抜けてしまいました。

 ここからは後日談です。

 大会では知人の応援もなく、自撮りというか写真を撮るのが好きではないので、当日の仕上がりを残す画像は一枚もありませんでした。優勝したので少しは画像がアップされているだろうと検索して最初に見つけたのがこれでした。
http://blog.livedoor.jp/ironmanjapan/archives/52665022.html

 200名を超える出場者の中で名前を上げて取り上げて貰えたことに喜ぶとともに大変驚かされました。自分では自分より遥かに仕上がりのいい人がたくさんいると思っていました。

 日本ボディビル連盟の公式サイトからリンクされたサイトでも数多くの画像を掲載して貰いました。フリーポーズだけでも25枚あったので4秒に一枚、ほぼ全ポーズ載っています。YouTubeにアップされた動画と合わせ今後のポージング練習の参考になります。

 他にも高い評価をして下さる方がいて感謝しています。

 そしてそれを実現して下さった神成さんと西本さんにはどれほど言葉を並べても感謝の意を伝えきれないほど有り難く思っています。

 


思わぬ事態

2017-06-27 19:21:49 | ボディビル大会
 ポーズダウンが終わり舞台袖に行くと、トレイに陳列されていた副賞を既に袋詰めした物を二袋渡されました。協賛各社のプロテインが入っていて途方もなく重い。さらに剥き出しの表彰状二枚。(表彰状は内容は同一で一枚は日本連盟、一枚は東京連盟)せっかくペットボトルがなくなるのに、遥かに重い荷物を抱えて帰ることになりました。そして取材があるのでインタビューに答えて下さいと言われ簡単な受け答え。
 やっと解放されると思ったら、なんとドーピング検査の対象者に選ばれていました。優勝したら検査があるかもしれないと予期していましたが、まさか現実のものとなるとは!得難い経験のチャンスだし、薬物の使用を疑われるほど出来が良かった証なので嫌な気はしませんでしたが、すぐに帰れないのでがっかりしました。
 ドーピング検査はまずサプリメントなど最近摂取した物の申告。その後ミネラルウォーターなどを飲み尿意を催すのを待ちます。
 昔は外出中にトイレに行くことがほとんどありませんでしたが、トレーニングを始めてからはトレーニング中に水分を多めに摂ることもあり、トイレに行く頻度は増えています。数十分もすれば大丈夫だろうと思っていました。
 三十分ほど経ってある程度出そうだったのでトイレに。尿を採取する容器は厳重に密閉されていてそれを内部に触れないよう注意しつつ係員の目の前で開封。排尿時は下着を膝辺りまで下ろしJADAの係員の目の前でやります。恥ずかしさはありませんでしたが、残念ながら必要な100ccには足りない60cc。足りない時は採取した尿を手順を踏んで容器に移しその容器を密閉します。
 500ccのミネラルウォーターをもう一本飲みましたが、尿意を催すまでにはかなり時間が掛かりました。待ち時間は焦りはありましたが、係員や会場の片付けに巡回していたボディビル連盟の役員の方とおしゃべりしたりで退屈はしませんでした。
 八時にトイレに行きたくなり、結構出そうでしたが50cc程度。これを手順に従って別の容器に移します。先に採取した尿を最終的に使用する容器に移した後、後の尿を100ccになるまで入れて密閉。検査はやっと完了しました。検査室は控室の隣でしたがどうやって外に出るのか心配していたら、通り掛かった別の連盟役員の方が案内してくれました。
 会場を後にしたのは八時過ぎ。池袋東武でケーキを買って帰るつもりで、どのケーキにするか決めていたのに間に合わなくなってしまいました。駅に向かう途中で4位入賞の方に出会い日暮里まで一緒に帰りました。
 日暮里駅では見知らぬ方からお祝いの挨拶をされびっくり。
 京成線は空いていて座れましたが、山手線は混んでいて、重い荷物は罰ゲームのようでした。
 池袋に着いたのはデパートもルミネも閉店した後。コンビニでは買いたくなくて地上に上がったらイタリアントマトJr.が目に入ったので仕方なく手を打ちました。
家に着いたのは十時前。長い一日でした。
〈続く〉

比較審査

2017-06-27 11:41:24 | ボディビル大会
 ピックアップ審査から一時間ほどした正午過ぎ(12時半頃だったかな、予定より30分ほど進行が遅れていました)に比較審査が始まりました。緊張感はありましたが、ここで順位が決まり決勝でひっくり返ることはまずないので全力を尽くすつもりでした。

 食べ物といえば、会場に着いて控室への入室を待つ間にすあまを一つ。ピックアップ審査の前にサツマイモ少々とカステラ一枚くらい。比較審査の前はアミノバイタルゼリー。体の状態は家を出る頃から変化はありませんでした。

 比較審査は11人全員がリラックスポーズと規定の7ポーズを取ります。その後数人ずつ呼ばれて比較されますが、最初に上位の選手が呼ばれるので、このファーストコールに呼ばれないと上位進出はありません。

 ファーストコールは5人呼ばれましたが、ゼッケン番号の若い順でした。僕より後の番号の人が一人いたのに、端に行くように言われたので5位以内だけれど表彰台は無理なのかな、と思いました。(昨日西本さんにその話をしたら1位の選手を基準とするため端に立たせるとのことでした。)規定ポーズは特に苦手なポーズはなくなっていた筈なのに、普段は迷わないフロント・ラット・スプレッドが崩れてしまい焦りました。
 
 この後一人入れ替えてもう一度規定7ポーズ。さらにもう一人入れ替えて規定7ポーズ。三回連続でやるとさすがに疲れました。ポージング練習の時にほとんど汗をかきませんが、強い照明を浴びていることもありかなり汗が。体中に力を入れているのであちこちが攣りそうでした。

 これが終わると午後四時過ぎに開始のフリーポーズまで出番がありません。長い長い待機時間です。昼飯代わりにサツマイモ一個、カステラ一枚、小型のういろうなどを時間を置いて少しずつ食べました。塩分が不足した感じの時に備えてハッピーターンの小袋を持って行きましたがこれも食べました。水分も控えず喉が渇いたら飲んでいました。

 どちらかというと暑がりで、エアコンを付けていても薄着でいますが、会場は冷房が効いていて半袖だと肌寒いので長袖シャツを着ていました。

 時々廊下に出てフリーポーズのおさらい。曲は掛けずにやりました。その頃通りかかった女性の大会役員に『肌の質感が凄い』と言われ、これがバリバリの状態なのかと思いました。

 比較審査の前だったと思いますが、決勝フリーポーズのCDの提出について音響の係の方と話をしたら、僕の出場するカテゴリーの中で体は断トツだと言って貰えたので順位のこともほとんど気になりませんでした。
〈続く〉
 

開会式からピックアップ審査まで

2017-06-26 21:19:53 | ボディビル大会
 大会前に、狭い控室に長時間押しこめられるので覚悟するようお達示がありましたが、舞台の楽屋に40代から60代の選手が詰め込まれたもの、思ったほど圧迫感はありませんでした。

 開会式前に緞帳の裏に全選手が集合しましたが200人以上いるので、背後の国旗掲揚装置に触れないよう度々の注意喚起。幕が上がると客席は満席どころか四分の一くらいしか埋まっておらず拍子抜けしました。(訂正:大変失礼しました。近眼で良く見えなかっただけで観客席は空席どころか立ち見がでるほどだったそうです。)例年の北とぴあより収容人数がかなり多い会場だそうですが、今年だけ会場も時期も違うのかは謎のままでした。

 マスターズ部門の出番は開会式後すぐなので、取り合えずチューブを使ってのパンプアップ。

 予選はまず運営側の流す曲に合わせての一分間のフリーポーズ。続けて21人から11人の決勝進出者を選ぶピックアップ審査です。

 予選フリーポーズは7人1組で行われました。家で練習した時はポーズ数が足りず5~10秒余ってしまうことが多かったので、一つずつのポーズをゆっくりめにやっていたら時間が足りなくなり尻切れトンボになりました。

 ピックアップ審査は11人と10人の二組だったので、ゼッケン番号12番の僕は二組目の先頭。舞台の端になるので審査員席に向かってかなり斜めを向くことになるのであまり好きな場所ではありませんでした。規定ポーズのうちフロント・ダブル・バイセプス→サイド・チェスト→バック・ダブル・バイセプス→アブドミナル・アンド・サイの4ポーズでの審査です。4ポーズの後左右の選手を入れ替え、僕は中央になりました。

 ここで振るい落とされることはないと予想していたので、特に緊張することもなく出来ました。

 控室に戻りしばらくすると決勝進出者が口頭で伝えられ、予想落ちの選手が帰ったので、控室の混雑は大幅に緩和されました。椅子席と小上がりがあり僕は椅子席に座っていましたが、右側の50代の選手と左側の40代の選手が共に消えたので居心地が良くなりました。
〈続く〉

大会3日前から会場到着まで

2017-06-26 18:06:46 | ボディビル大会
 21日(水)から食事はほぼ平常通りに戻して炭水化物摂取の制限も止めました。22日(木)は美容室と最後のタンニング。23日(金)は大会当日の食料などの最後の買い出し。迷ったのは飲み物です。比較審査までは摂取を控えめにするとしても、午前九時から午後六時まで控室に缶詰で外に出られません。喉が渇いたらどうしよう。2リットル入りの緑茶のペットボトルを持って行くことにしました。食料もある程度持って行くので荷物を増やしたくなかったのですが。

 当日朝体重を計ると前々日の68.0kgからさらに800g減っていました。食べる量を増やしたのに一番軽くなったのが不思議でした。血管は浮き出ているし、むくみもなく体調は普段通りなので、朝食も普段通りの食パン一枚。マーガリンとハチミツを塗って。その後30分おきにバナナを一本ずつ食べました。バナナも持って行く予定でしたが、潰れると嫌なので止めました。

 七時半頃家を出て会場のある青砥へ。京成線に乗るのはスカイライナーで成田空港に行って以来15年ぶりくらい。日暮里で電車を待っている時に一目でボディビルダーと分かる風体の男性を何人も見かけました。

 青砥駅からは歩いて5分程度で途中に標識もあるので迷わずに着きました。余裕を持って八時半過ぎに到着しましたが、開場まで30分ほどホールのロビーや階段で待たなければならなかったので、余り早く行かない方が良いようです。

 控室に入れる時刻になると入り口で選手登録証とアンチドーピング講習会受講証の確認の後、ゼッケンと開会式の際に着用するTシャツが配られました。白か黒だと思っていたのに、苦手なターコイズブルーでした。
〈続く〉

東京オープンボディビル選手権 マスターズ50歳以上級で優勝

2017-06-25 14:06:43 | ボディビル大会
 大会四日前の最後のポージングレッスンとトレーニング以降ブログを更新していませんでした。 

 昨日行われた大会では優勝することが出来ました。神成さんと、ポージングを教えて頂いた西本さんのお陰です。お二人には心から感謝しています。

 大会当日の事や大会三日前からの調整について書きたいことは山ほどありますが、疲れが取れずまだぼんやりしているので、水曜日までの休養の間にぼちぼちと書きたいと思います。