野にある「すすき」、里の「すすき」、夫々に風情がある。
かつて箱根に遊んだ際、眼にした「すすき」は誠に見事であった。土地勘が鈍くなっているので、或いは場所がずれているかも知れないが、芦ノ湖の湖尻を出て箱根湿性花園に向かって車を走らせたら、右手の「台が岳」のなだらかな傾斜地一面が銀色に輝いていた。感激した観光客が、すすき原に足を踏み入れ、「すすき」を漕いで行く姿が次第に小さくなって、「すすき」の穂波に埋没して行く情景が、今も幻のように思い出される。
この「すすき」は「うつろ庵」近くの、遊歩道の植え込みのものだが、夕陽を受けて輝いていて、「はっと」させられた。大きな木の根方の日陰の中に、「すすき」だけが浮き出している風情には、郷里の「すすき」にめぐり会った想いがした。
塗り重ねた漆黒の器に鋭い刃で刻み込み、沈金を施す工芸作家は、これをどの様に表現するのだろうか。
歩み来れば木陰に輝く穂花かも
ただ其処だけに夕陽さし来て
人の世をすすきに重ねて思ひしは
花穂の想ひをいかにきくらむ
塗り重ね磨きをかけし漆肌に
息をころして刃先を刻むや