「うつろ庵」の狭い庭に、鈴虫が鳴きだした。
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友人の解説によれば、鈴虫は晩秋に土の中に産卵をして命を終えるが、仲間が亡き骸を食べ尽くして供養するのだという。その実態を見たわけではないが、後には細い髭だけが残されていて、哀れを誘った。
冬の間、時々霧吹きで湿り気を与えて越年した。次の年には、ごくごく小さな鈴虫が数え切れないほど孵った。胡瓜・ナスなどの野菜と煮干の粉が、彼らの食事だ。時々ジョロで人工雨を降らせ、乾燥し過ぎない配慮も大切だ。こうして、秋の鳴き声を何年愉しませて貰ったであろうか。
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数日前の、急に涼しさが増した夕暮れ、虚庵夫人が書斎に飛び込んで来た。
「鈴虫が鳴いているのよ」
との知らせに、ともに庭に降り立った。紛れもないかの懐かしい「鳴き声」だった。
その日の夕食は、テラスに設えた朽ち掛けたテーブルで、鈴虫の鳴き声を堪能した。
せわしい日常に追われている道行く人々にも、鈴虫のお裾分けをと念じて、吟醸酒の箱を潰した大振りの短冊に落書の歌を認めて、生垣に吊るした。
立冬を過ぎて放ちし鈴虫は
ひととせを経て庵に鳴くかな
馬掘れば清水涌きいず郷なれば
鈴虫鳴くかな庵の庭に
せく足をしばし留めて聴かまほし
庵の夕べ鈴虫鳴くを