「虚庵居士のお遊び」

和歌・エッセー・フォート 心のときめきを

「千両」 

2006-11-20 23:33:04 | 和歌

 千両の実が、大分色づいて来た。これから寒波がくれば、更に鮮やかに発色して、年末年始の頃には目を楽しませてくれるに違いあるまい。





 「うつろ庵」の千両は、檜の根元に鉢植えで置いてあったら、底から根を出して何時の間にか根付いてしまったものだ。檜の枝を塒にする鳥達が時々上から汚すが、千両は気にも掛けない態で逞しく華麗に育っている。

 念のため図鑑で調べたら、「万両」「千両」の他に、「百両・からたちばな」「十両・やぶこうじ」「一両・ありおどし」などが見つかった。赤い実の付き方はそれぞれ異なるが、百両・十両・一両など、低額になるほど実の数が少ないのは、世知辛い人間社会の現実を連想させて、苦笑いを誘われた。

 「うつろ庵」の千両は、正月の床の間を飾る定番であるが、それまでには門被り松の剪定も、年賀状書きも終わらねばなるまい。既に喪中欠礼のご挨拶状が何枚か溜まって、そろそろ気忙しい季節を迎えることになりそうだ。今年の年末には、キャメロン君を初めてを迎える予定だ、その準備もせねばなるまい。






             千両の紅の実の色付きて
 
             無言に告げるや歳の瀬迫るを 



             既にはや虚庵夫人はあれやこれ
 
             指折り数えて催促始めぬ 



             そのうちにそのうち為すを繰り返し 

             歳の瀬やがて駆けて来るらむ  







「食用菊」

2006-11-19 23:34:11 | 和歌
   
 虚庵夫人が「食用菊」を調理して夕食に供され、夢中で平らげた。

 深夜になって、キッチンに残りのパックがあるのを知り、急きょカメラに収めた。これまでにも何回か触れたが、虚庵居士の郷里では、亡き長兄が丹精して菊を育て、切花として家族全員で手伝った経験がある。取り残した菊花を摘んで、母は大笊一杯の花びらを熱湯で浸し、砂糖とお酢だけで絶妙の味付けをして、甕に漬け込んだ。正月料理の大好きな一品であった。

 母は虚庵居士が結婚する前に他界したが、私の舌を通して虚庵夫人は母の「菊料理」の味を再現してくれている。

 調理する前の生の菊花は、芳しい香りを放っていた。 堪らずに、花びらをグラスに入れ、酒を注いで「菊酒」を愉しんだ。 「拙著「千年の友」の中で、韋応物の詩に和して詠んだ歌が、懐かしく思い出された。
 




        
                霜露悴百年 時菊独妍華
                物性有如此 寒暑其奈何
                掇英泛濁醪 日入会田家
                尽酔茅簷下 一生豈在多


                霜降れば 草みな悴れ 

            菊のみは 華を誇れる

            時を得て かくはあれども 

            如何にせむ 寒暑の移ろい

            日が入れば 田家に集いて

            英を掇み 濁酒に浮かべ

            酌み交わす 草葺の下 

            この生の 長くはなきに 

            多くをもとめず




               菊酒と心知りたる友しあれば
  
               過ぎ行く日々も豊かなるかな





  

「学生とシニアの対話」

2006-11-18 22:11:39 | 和歌

 名も知らぬ小さな蔓木の一株を山採りして、「うつろ庵」の小鉢に植えてあるが、毎年この時節になると数枚の葉が見事に紅葉して、目を愉しませて呉れる。 

 山の深い林の中では、日光が不足するのであろうか、斯くも見事な紅葉は見たことがないが、「環境条件」が整えば、素晴らしい変身を見せてくれる。

 「学生とシニアの対話 in 東大」に出席した。
東京地区の原子力関連学科を有する四大学、東工大・武蔵工大・東海大及び東大から二十余名の学生が参集し、シニアと膝を突き合わせて、活発で密度の濃い対話が交わされた。ここ十年ほどは、JCO臨界事故や美浜三号機での配管破断事故、その他の不祥事などが続き、原子力は社会の厳しい批判に晒された。その様な社会環境は謂わば、原子力を学ぶ学生を寒風吹き荒ぶ日陰に追いやって来たに等しい。肩身の狭い思いに堪えつつ、ひたすら勉学に勤しんでいる学生諸君を励まし、併せて原子力OBの熱き想いを伝えようとの企画である。

 諸外国のエネルギー戦略は、化石エネルギーから再生可能エネルギーと原子力エネルギーの活用へ大きく転換しつつある。「グローバルな環境変化とシニアからのメッセージ」が、原子力を学ぶ学生諸君にとって「陽光」の効果となることを、願って止まない。






             山採りの蔓木のひと株ゆく秋の
 
             茜の夕陽を我が身にとどむや



             木漏れ日も微かな深山の故郷を 

             蔓木は恋ふるや紅葉しつつも



             爺達の言の葉いかに受けにしや
 
             陽ざしならずも木漏れ日なれかし  






「唐辛子」

2006-11-17 20:11:16 | 和歌

 「うつろ庵」の庭先に、今頃になって唐辛子の花が咲いた。




 
 苗を植えたのでもなく、種を撒いた覚えもないので、虚庵夫人共々「あらあら」てな感じで、青葉が育つに任せていたが、ついに白い花を咲かせて、目を愉しませてくれている。間もなく師走を迎えるこの時節だから、唐辛子がなるのは所詮無理であろうが、折角咲いた花は大事に見守ってやりたい。

 今朝はお寝坊したが、余りの爽やかさに誘われて、遅い朝食と昼飯を兼ねて、テラスで食事をした。「貴方も物好きね」との虚庵夫人の呟きを無視して、手作りの朽ちかけたテーブルに、コーヒーやお皿をせっせと運んで、先に腰を下ろした。何故ここに唐辛子が芽生え、花を咲かせたかが食事中の話題であった。

 結論は、虚庵居士の晩酌となった。親しくお付き合い願っているT氏が開発し、虚庵居士の特別バージョン「マホロバの芋焼酎お湯割り」を晩酌にして久しいが、「鷹の爪」即ち唐辛子二・三本に熱湯を注ぎ、然る後に芋焼酎で割るのが虚庵流である。この「鷹の爪」の種子が何時の間にか庭先に落ちて、芽生えたものであろう。






             かの辛き鷹の爪をば如何にして
 
             凝らすや無垢の白き花はも 



             来年は狭き庵の庭先に 

             種まき育てむ鷹の爪をば



             紅に輝き尖る鷹の爪の

             攻撃うけまし血潮を滾らせ  






「未だに瑞々し」

2006-11-16 20:16:23 | 和歌

 「うつろ庵」の椿の木の下に、白いベゴニアがひっそりと咲いている。

 十一月も半ばともなると、日中でも半袖で過ごす元気者は流石に見かけなくなったが、このベゴニアはどちらかと言えば半袖が似合う花だ。もう木枯らしが吹いてもおかしくないこの時節に、未だに瑞々しい花を咲かせ続ける優れものだ。





 友人が大倉集古館の招待券を態々郵送して呉れたので、会議を一時間ほど抜け出して、「中国古代の暮らしと夢」特別展を観た。北魏・後漢・唐などの墳墓の副葬品に焦点を当てた企画展で、彼らの死後の世界へかけた思いを、見事に見せてくれた。人の魂は不滅だと信じて、墓の中に理想の生活を再現するために、数々の陶器のミニチュアセットを副葬したものだ。水榭(池中の楼閣)や猪圏(厠つき豚小屋)などは、当時の生活スタイル、食生活、ものの考え方などをまざまざと示していて、古代人の逞しい生き様が偲ばれた。

 陶器のミニチュアセットとは言え、彼らが動物達と共に暮す姿や話し声なども、未だに瑞々しく息づいていて、其処にはまさに不滅の世界があった。






             ベゴニアのか弱き花も脆き葉も
 
             瑞々しきかな霜月半ばぞ
 


             千年を越えて今なお瑞々し
 
             不滅の魂の来世の暮しは
 


             朽ち果てるこの身にあれど永ふる
 
             何をのこさむ虚庵のしるしは
    





「小菊 その二」

2006-11-15 22:55:08 | 和歌

 普段着の風情で、様々な小菊が咲いている。
 菊花展などに出品された三本仕立などの、堂々とした立派な菊には較べるべくもないが、親しみと安らぎを与えてくれる小菊である。





 下町のごく狭い軒先に踵を並べて置かれた鉢や、庭の片隅等どこにでも見かける小菊である。庶民の生活の中に溶け込み、誰とでも気楽に挨拶の出来る小菊は、老人やオバチャンや子供達にとって、世代を超えて共感できる普段着のお仲間かもしれない。

 話は変るが昨今の報道は、余りにも無残なニュースが多すぎる。親の幼児虐待、小中学生のイジメや自殺などなどだ。詳しい事情は知らないが、親子の会話にせよ、先生と生徒の会話にせよ、或いはご近所の皆さんとも気軽に言葉を交わし、心を通わせあう環境が余りにも喪失しているのではなかろうか。

 小菊に限らないが、ごく身近な草花を子供達と一緒に育て、慈しみつつ、些細な日常会話を積み重ねたいものだ。そのような中から、子供達は最も大切な「こころ」を自ら学んで呉れる筈だ。大上段の教育改革論議を否定するものではないが、先ずは誰でもが出来るごく身近なことから始めたいものだ。






             お互いに寄りそい咲くかな小菊らは
 
             見る向きたがえどこころを通わせ
 


             五つ六つ肩寄せ合うは子供らの
 
             群れて遊ぶや小菊の様は
 


             身のそばに親しく咲ける小菊らも

             気高く香れり矜持をもつらむ







「飯桐・いいぎり」

2006-11-14 22:18:40 | 和歌

 所用があって、久方ぶりに本郷の東大を訪ねた。三十分ほど時間の余裕があったので、三四郎池を訪ねたら、「飯桐」の大木が池に覆いかぶさるかのように、梢から赤い実房を垂らして、何とも幻想的な情景であった。かつて読んだ漢詩の情景と重なって、しばし陶然と時を忘れた。




 帰宅して本のページを繰ったら、中唐の詩人「銭起」の詩が見つかった。
藍田渓に独り遊び、魅入られて帰るのを忘れ、釣糸を垂れる叟と清談しつつ野宿するという、自然の中の夢幻世界を賦した作品である。和して長歌を試みた。

 また念のため「飯桐」を図鑑で調べたら、その昔、大きな葉でお握りを包んだので「飯」の字が使われ、赤い実房が特徴の此の木は、又の名を「南天桐(なんてんぎり)」とも言うと書かれていた。


           藍田渓与漁者宿   銭 起(せんき)

           独遊屡忘帰  況此隠淪処
           濯髪清泠泉  月明不能去
           更憐垂綸叟  静若沙上鷺
           一論白雲心  千里滄洲趣
           蘆中夜火尽  浦口秋山曙
           歎息分枝禽  何時更相遇


                独り来れば

            しばしば帰るも 忘るかな 

            まして俗世を ここに遁れ
 
            泉を観ては 髪濯ぎ

                明月出ずれば 
            
                いかで去んぬる


            ああ あはれ

            釣糸垂らす 叟かな

            静かな姿は 鷺に似て

            ひと度語れば 白雲の

                こころは高く 

                隠者の風情ぞ 


            芦中に

            野宿の焚き火 尽きるころ

            浦と山とは 秋の曙

            ああ 枝を分かちて とまる禽

                何れの時にか 

                相まみゆらむ



 三四郎池には、釣糸を垂らす叟は居なかったが、番いの鴨が水に浮かんで餌を啄んでいた。都会の真ん中とは言え、俗世間と隔絶されて秋の深まり行く此処は、まさに「隠淪処」であった。詩人・銭起君と静かに語らう想いの、ひと時であった。



                     


「磯菊」 

2006-11-13 01:51:30 | 和歌

  「磯菊」の鮮やかな黄金色が、秋の陽射しに映えていた。





 「うつろ庵」は、三浦半島の東端・観音崎に近いゆえであろうか、住宅街のあちこちで「磯菊」を見かける。この花は本来、海岸に自生する逞しい花であるが、花と葉の絶妙なバランスに惹かれて、庭に植えて楽しむお宅が多いようだ。

 「磯菊」は深まる秋をどのように知るのだろうか。
神無月の下旬には、固く口を閉ざしてはいても、鮮やかな黄色の蕾が、「おしくらまんじゅう」よろしく身を寄せ合い、霜月の声を聞くと蕾は次第にほどけ始める。「磯菊」は蕾も花も、まさに鮮やかな「黄金色」そのものだ。若干厚手の葉は、葉裏の白いビロードが葉の縁取りを作って、なかなかオシャレな装いだ。

 終戦直後の貧しい時代に育った虚庵居士は、オシャレよりは、未だに慎ましい生活感覚が身に付いて離れない。何時になったら、この様なオシャレが出来るのだろうか。






             潮の香の漂う浜に磯菊の
  
             黄金の花は咲きわたるかも  



             岩ばしる荒磯のしぶきに身をきよめ 

             陽の色凝りにし磯菊の花は  



             いとけなき頃の思いを偲ぶれど  
  
             貧しくあらずも何は無くとも
     





「白楽天を思う」 

2006-11-12 00:26:22 | 和歌

 唐の元和十年、今から凡そ千二百年前。詩人元稹(げんじん)は親友の白楽天の左遷を病床で聞き、瀕死の我が身を忘れて床に起き上がり、この詩を賦しました。彼もまた左遷されていて、地方暮らしで体をこわしていました。

 殊更に、親友の不幸が身に堪えたことだろうと想像されます。

 その後、白楽天は元稹へ書信を送りました。
親友を気遣う手紙として、後世に名高い「与微之書」です。此の手紙を受け取った元稹は、感涙に咽びつつ七言絶句「得楽天書」」(10月19日掲載)を賦しました。 



 


             聞白楽天左降江州司馬   元稹(げんじん)詩
 
             残燈無焔影憧憧  此夕聞君謫九江
             垂死病中驚起坐  暗風吹雨入寒窓



                 残り灯の

             消えなん焔の ゆらめきて 

             今宵聞くかも ああ君は

                 かの九江へ 

                 左降さるると



             我もまた

             垂死の病に 臥せにしが

             驚き起きて 床に座せば

                 身を責めるかも

                 夜の風雨は

 





「小菊」

2006-11-11 11:01:37 | 和歌

 白い小菊が木陰に、ひっそりと咲いていた。

 一日中、ほとんど陽が当らないのであろうか、背丈も気の毒なほど育たず、精々三十センチ足らずだ。一輪の白い小菊に蕾をくわえても二つ三つ。時節を違えず、精一杯に咲いている姿は健気でいとおしい。





 ほんの目と鼻の先には、秋の陽光を一杯に浴びて黄色の小菊が、身を籬から乗り出して咲いていた。籬の鉄の柱は、錆びて傾きかけていたが、小菊はそんなことには意にも介さぬ体であった。鉄柱の錆び具合から判断しても、ここのお宅はよろず放任主義のように見受けられた。ふと目を上げると雨戸の戸袋が目に入ったが、錆が浮いて、かなり手入れが放置されているようだ。ましてや、草花も押して知るべしか。

 小菊にとっては、いや、花木全てに共通であるが、陽ざしは彼等にとって如何に大切であるかを思い知らされた。人間社会でも適度な光を与えないと、若者は育つまい。だが、人間には知恵と行動力とが与えられているのだから、それを活かせるか否かが肝心だ。






             陽のささぬ木陰に在りても一輪の
 
             小菊は咲くかな おのれを信じて 



             縁どりに朱をさしたるや花びらの
 
             けわいに観しかな小菊のこころを 



             若者と語らひ重ねて差しのべる

             皺のこの手を如何にみるらむ 




                     
 

「姫蔓蕎麦 ・ ひめつるそば」

2006-11-10 18:53:10 | 和歌


 不思議な花もあるものだ。少し離れて見ると、大きさも姿も色合いさえもが、昔あった砂糖菓子「金平糖」に見紛うほどだ。

 この「金平糖」の花は近くでよく見ると、小さなトゲとげが集まったもので、それらの幾つかはごく小さな口を開けて、花が咲き始めていた。トゲとげは小さな蕾で、いずれ何日かの内には、一斉に花開くことだろう。 

「金平糖」に纏わる、虚庵居士の四・五才の頃の記憶がある。母方のオジイチャンの家へ遊びに行くと、オジイチャンは決まって仏壇の下の引き出しから、両手に余るほどの「金平糖」を無造作につかみ出して呉れたっけ。幼い子供の記憶は前後が繋がらずに、その場面だけが鮮明に思い出される。今から振り返れば、当時は戦争中で甘いものなど口に入らない時代だった筈だ。信州・諏訪は生糸の産地だったので、繭問屋を営み財を成していたオジイチャンの、数少ない楽しみの一つだったに違いあるまい。

 半世紀以上の月日が経って、すでに虚庵居士自身が「オジイチャン」の立場であるが、孫達のキャメロン君やリカちゃんに、果たしてどの様な夢を残してやれるであろうか。






             げにもまあ「金平糖」の花ならめ
 
             姫蔓蕎麦はこぼれて咲くかも 



             コンペイトウを両手に山盛り呉れたっけ
 
             記憶に生きてるオジイチャンかな 



             りかちゃんとキャメロンくんとはじじとばば 

             ともにあそばむおててをつないで  






「野路菊・のじぎく」

2006-11-09 23:52:55 | 和歌

 小菊が今を盛りと咲いているが、この「野路菊」は小菊でありながら、花と葉の調和も姿の重厚さも、共に群を抜いて見事である。





 一般に菊は、小菊といえども手入れを怠ると、病気や虫がつき、下葉は枯れてうらぶれた感じになるが、それでも菊の気品とその凛としたところに救われて、何とか鑑賞に堪えている。
しかしながら、この「野路菊」は元来自生種ゆえか、病気にも虫にもすこぶる強い耐性があるようだ。

 信州の諏訪は虚庵居士の郷里であるが、今は亡き長兄が苦心して、寒冷な気候を生かして立派な菊の切花を栽培した。菊を覆う「シェード」を設えて日照時間を短くすると、菊の体内時計は秋が来たと勘違いして、早めに咲くことになる。咲き始めの菊を家族総動員で切り取り、花を一つづつ薄い和紙で包み、わが娘を嫁に出すような思いで、大切に送り出したあのころが懐かしい。家族中が菊の香りに包まれて生活したものだった。

 兄の棺は、庭の中輪の白菊で埋め尽くして見送った。
 重厚で凛として、気品のある菊花であった。






             こぞ今年おなじ株にぞ凛と咲き

             齢をかさねる野路菊なりけり  



             歳へれば腰は曲がれど今もなお
  
             気品を保ちて野路菊咲くかも  



             野路菊は凛と咲くかなふる里の

             兄の白菊 いまだ香れり   






「箒草・コキア」 

2006-11-08 18:52:15 | 和歌

 大変懐かしい「箒草」に出会った。

 虚庵居士がまだ子供の頃は、田舎ではどこのお宅でもこれを庭に育て、枯れてから束ねて箒を作った。子供の頃の記憶が定かでないので、これ程鮮やかな紅に色付いたか否かは不明であるが。昨今の園芸種の改良は目覚しいものがあるので、観賞用に改良されたのかも知れない。「コキア」などとカタカナの名前が付けられていること自体が、その証かもしれない。





 手作りの箒は、大きな筆の姿をしていて、庭掃除にはしなやかで手応えが優しく使い易かった。秋の陽射しを浴びながら莚に腰を下ろして、箒作りを父に教えて貰ったのも懐かしく思い出される。

 それから三十年ほどして、仕事柄、足繁く仙台へ出張する機会が増えた。仙台の店先で「畑のキャビア」と称する「箒草」の種が購われていて、驚いた。「処変れば品変る」との言い伝えもあるが、「箒草」の種が食用として珍重されているとは。確かに調理した姿はキャビアと見紛うばかりで、食感も似たところがあるようだ。






             懐かしき箒草かもたおやかな
  
             箒で掃きたる感触おぼほゆ  



             道ゆけばはるか昔ぞ偲ばるる
  
             父と箒を手作りせし日を



             ふるさとの庭の陽だまり恋しけれ
  
             梢に柿の一つが残りて   






「パゴパ」  

2006-11-07 16:17:24 | 和歌


 「うつろ庵」の門先には、鉢植えの糸杉が置いてあるが、足もとの彩りに虚庵夫人は「パゴパ」と「ミニシクラメン」を混植した。

 「パゴパ」はごく平凡な花に見えるが、名前すら知らない初見の花だった。蔓性の茎を延して、沢山の花を咲かせているので、糸杉の大鉢は見違えるほど華やかになった。鉢から溢れた蔓先を摘み取って、小さな花瓶に投げ入れたら、これもまた見事に食卓を飾って呉れている。

 今朝はニューヨークの娘からうれしい電話があった。娘はキャメロン君を伴って、クリスマスに里帰りし、夫君のジェフリーは正月早々に合流する計画だと伝えてきた。 キャメロン君にとっては始めての来日だ。小さな胸を膨らませているに違いない。

 お互いに遠く離れて生活していると、ごく稀にしか顔合わせが叶わぬが、息子家族も合流すれば賑やかな正月を迎えられそうだ。






             花あまた咲かせてパゴパも迎えるや
  
             娘家族の里帰りかな



             じじばばはあれやこれやと性急に 
 
             キャメロン迎える思いを馳せにし



             今日よりはばば様さしずも多からむ
  
             娘家族を迎える備えに 






「チェリーセージ」 

2006-11-06 21:28:53 | 和歌

 「うつろ庵」の庭には似つかわしくない花であるが、何年か前に虚庵夫人が鉢から露地におろして以来、毎年永い期間に亘って、深紅の小花を咲かせ続けている。





 カメラのことにはズブの素人であるが、この花や「オシロイバナ」等の花を写すと、どうしたものか花の深紅がヤケに強調され、花の表情が消し飛んで平面的になってしまう。一体如何したことだろうか、カメラに詳しい方に、是非ご教授願いたいものだ。

 虚庵居士が代表幹事を仰せ付かっているボランティア組織「エネルギーネット」は、横須賀市の市民大学に八回シリーズの講座を開設して、本日第一回目の講演が行われた。エネルギー問題と環境問題について、市民の皆様のより深い理解のお手伝いをしたいとの趣旨の講座であるが、固いテーマにも拘らず、市民の皆様はメモを取りながら、真剣に聴講しておられた。

 孫達の世代へ引き継ぐべきエネルギー資源は何か、掛け替えのない地球環境、美しい花の咲く苑を如何に守るかが、講座のメインテーマである。






             庵には紅セージの群花の
  
             咲きわたるかも妹が意汲みつつ
  


             書斎にはさ枝手折りて一もとの
  
             小花香れり いとしき妹はも
   


             孫を持つ人々集いて語らひぬ
  
             引き継ぎ守るは如何にあるべし