秋の一日、葉山の里山道を車でゆったりとドライブして、心の安らぎを求めていたら、大型の「稲架(はぜ)」に掛けられた稲穂が天日干しされていた。
思いもかけない農村風景にであって、虚庵居士は車を降りてしげしげと稲架に見入った。三浦半島ではごく珍しい棚田が、葉山の一郭だけに残されて、稲作が続けられていること自体が貴重だが、刈り取った稲をはぜ掛けして天日干しされているとは、ついぞ知らなかった。
最近では刈り取った稲も直ちに脱穀され、自動乾燥するのが一般的のようだが、人手を掛けて天日乾燥するのは、お米の味への拘りかもしれない。
信州の田舎で育った虚庵居士には、田んぼに立った稲架の風景は心安らぐ景色で、故郷に帰ったような思いであった。平地の田んぼでは、稲架の背丈はもっと低く作って、稲掛け作業が楽に出来るようにするが、棚田ではそんな贅沢は許されまい。傾斜地に効率よくはぜ掛けするために、ここでは七段にも高く設えてあった。棚田から刈り取った稲を運び上げ、七段ものはぜ掛けをする作業は、想像するだけでもご苦労様のことだ。しかも、高い稲架全体をネットで覆っているのは、大切な稲を雀達から守るためであろう。細かな気配りにも感服だ。
棚田の畦道に降り立ってカメラを構えていたら、老夫が地下足袋姿で下から登って来た。ご挨拶を交わしご苦労の程を伺ったら、
「いやはや大変の何の、棚田の稲作はコタエル!!」 との返事だった。
一緒に歩きながら、更に愕きのお話を伺った。
つい数日前に、葉山の御用邸に滞在中の天皇・皇后両陛下が、態々この棚田までお出ましになられたという。天然湧水で育て、天日乾燥した新米を献上したと、誇らしげにお話下さった。
両陛下は毎年、全国農家の中から選ばれた一軒の農家を訪ねて居られるという。
「大変名誉な機会を賜わった」と、感激の面持ちであった。
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一枚一枚の棚田の畦には、枝豆がビッシリと植えられていた。
これも信州の田んぼと同じ流儀だ。枝豆の逞しい根で、畦の強度を補い、雨風による畦の崩れを防止しつつ、狭い土地からも豆の収穫を期待するという、お百姓さんの一石二鳥の知恵だ。
里山道から見下ろせば、極々狭い一枚づつの田んぼが、階段の様につながっていた。それぞれの田んぼには、手で刈り取った後の稲株が、不揃いで残り、畦道には枝豆がまだ青々茂って、何とも言えない素晴らしい景色であった。
「稲架(はぜ)」に掛けられた稲と、老夫との出会いと、棚田に感謝の一日であった。
里山の曲がりくねった道脇に
紅に咲く彼岸花かな
仄かにも色付き初めにし柿見つつ
里山辿れば棚田の稲架(はぜ)かな
いや高き稲架を見上げぬ 幾重にも
あつく重なる見事な稲穂を
逞しく組しものかわ高き稲架を
七段構えに稲束かかげて
棚田なればまとめて稲掛けする労を
偲びつつ見る葉山の稲架かな
両陛下に棚田の新米一升を
献上したと老夫誇りぬ
稲刈りの不揃いの痕はいみじくも
手刈りの労苦を偲ぶよすがか
畦道に残る緑の枝豆と
棚田の織りなす景色に見惚れぬ