「虚庵居士のお遊び」

和歌・エッセー・フォート 心のときめきを

「丸葉縷紅草と姫昔蓬」

2012-10-30 00:17:32 | 和歌

 京浜急行の踏切で、めったにお目に掛れぬ蔓草が野草に絡んで、赤い花を咲かせていた。 咄嗟に「あれ、珍しい花が・・・」 と足を止め、カメラに収めた。

 

 帰宅後に野草図鑑のお世話になって、花の名前を調べた。
漢字が連なって随分難しいタイトルになったが、「丸葉縷紅草・まるはるこうそう」と「姫昔蓬・ひめむかしよもぎ」である。

 カメラを構えながら「邪魔な針金だな」と手を伸ばしたら、何とそれは「丸葉縷紅草・まるはるこうそう」の蔓であった。
よく見れば、鉄道のガードの金網にも逞しく絡んで、かなり先に赤い花を咲かせていた。

 白い小花の姫昔蓬は何処にでも生えていて、よく見かける野草だ。丸葉縷紅草の名前を調べて、一方を雑草、或いは野草で片づけては不公平だ。野草図鑑で調べて、「ひめむかしよもぎ」の名前を初めて知ったが、ご存知の方は少なかろうと思われる。
道端や荒れ地にはびこり、鉄道線路に沿って広がったので「鉄道草」とも呼ばれたという。

 姫昔蓬は、花が咲いた後の綿毛の種がタンポポよろしく風に舞うので、たちまち何処にでも蔓延る野草なのだ。野草の逞しさに訓えられる散歩であった。

 


            踏切を渡らむとして赤い小花の

            アイサツうけて 足を留めぬ


            稀に見る蔓花なれば写さむと

            構える先に 針金? 蔓かな!


            逞しき丸葉縷紅の生きざまに

            古希経ぬじじは 訓えを享けにし


            何時もなら意にも介さぬ雑草と

            しみじみ語りぬ踏切近くに


            ひめむかしよもぎの綿毛の風に舞い

            拡ごる命の知恵に学びぬ







「甘長美人ピーマン」

2012-10-28 10:14:10 | 和歌

 三浦半島のかなり広い耕作地までドライブした。
車を降りて、畑の中を虚庵夫人と共にゆったりと散歩した。

 住宅地と接近した耕作地の一部には、細かく区切られた市民農園もあって、それぞれ様々な野菜栽培を楽しんでいた。一方では、本格的なお百姓さんが、かなり広い畑を耕運機で耕し、或いは秋野菜の取り入れに忙しげであった。久しぶりに住宅街から抜け出し、環境の異なる農地の風物は心に安らぎを与えてくれた。

 畑の脇の農作業小屋で、忙しく働いていたお百姓のオヤジさんに、邪魔にならぬよう控えめに声を掛け、ご挨拶した。畑には細長いピーマンが艶やかに育って、収穫を待っているかのようだった。

彼は手を止めずに作業を続けながら、
「人手が無くて大変なんだ。その甘長美人も根こそぎ引っこ抜いて、耕す積もりだが、そんな時間すら無いんだよ。よかったら、甘長美人ピーマン採って行ってよ」
と言いつつ、態々ビニールの袋を取り出して呉れた。

 突然の申し出に驚きつつ、ご厚意を無にするのも失礼なので、虚庵夫妻は甘長美人ピーマンを頂戴することにした。

 「遠慮はいらないよ、良さそうなのを選んで沢山とってよ!」
 「消毒してないから、その侭でも食べられるよ、美味しいぜ!」
と、小屋の中からオヤジさんが叫んだ

 曲がりくねったピーマンに、かぶり付いた。
ピーマン特有の味と香が、口一杯に拡がった。甘長美人ピーマンの名前通り、仄かな甘味と新鮮な緑の香りを味わいつつ、忽ち一本を平らげた。


 


          見渡せば遥かに拡がる畑かな

          街並超えて 連なる野菜は


          ちまちまと細かく区切ったあの辺りは

          市民が楽む菜園ならむか


          昨今の農作業には耕運機が

          無くてはならぬ働き手なるらし


          どこまでも続く畝うね耕運機の

          耕やした跡 遠くの人影


          畑脇の農作業小屋のオヤジさんに

          声を掛ければ笑みを返しぬ


          人手なく作業に追われる日々という

          話しながらもその手は止まらず


          細長く曲がりくねったピーマンは

          艶やかなるかな緑の君らは


          ピーマンの名前は甘長美人とぞ

          そのままかじれとオヤジは言うなり


          ピーマンをかじれば緑の香かな

          歯切れの良さと ほのかな甘味と


          野良なれば飾らぬ心の通い路に

          甘長美人を頂きにけり






「うつろ庵の金木犀」

2012-10-23 17:53:43 | 和歌

 夜遅くに東京から帰宅して、門被り松の下を経て玄関の扉に手を掛けたら、ごく微かだが馥郁とした清香が漂ってきた。 「あ、金木犀だ」 と思わず呟いた。

 暗闇ゆえ確かめるのは明朝にして、虚庵夫人にそのことを話したら、「そうなのよ! 金木犀が香るのよ」との返事であった。翌朝を待ちかねて金木犀の枝を確かめたら、黄緑色の莟がビッシリと付いていた。殆どが口を閉ざして、開花は未だ先のように見受けられたが、微かな香りだけは漂っていた。

 見上げれば、枝々の莟が満を持しているかの様に見受けられた。微かな香りは、気の早い莟みの幾つかが開花しているのであろうか。

 金木犀の変化は、予想を超えて早かった。
好天が続いて、あっという間に莟たちは黄金色に変色した。「うつろ庵」の庭一杯に馥郁たる香りが漂い、道行く人びとも香りにつられて、金木犀を見上げる日々だ。

 

 じじ・ばばは、何れその内に咲くだろう、などと悠長に構えていたが、條々の莟たちは天候の変化を敏感に感じ取って、固い莟を一斉に綻ばせた。金木犀の花はごく小ぶりだが、花数は無量大数だ。しかも、肉厚の花弁に蓄えた香りを一気に放散するので、その薫りに包まれて虚庵夫妻は夢み心地であった。

 香が濃密な状態では、時には「むせ返る」様な状態が醸されて、心地良さが損なわれることもあるが、不思議なことに金木犀の香は、慎ましやかな清香ゆえに、そんな「むせ返る」様な状況にならぬのが有難い。

 「過ぎたるは及ばざるが如し」との諺がある。
金木犀がそんな言葉を理解している筈もないが、爽やかさを身に付けた金木犀が、万人に受け入れられる所以であろうか。

 昨日の低気圧の通過で、横須賀も強風と豪雨がひどかった。
幸い家屋の被害は無かったが、朝見れば、金木犀の花が一面に散り敷いていた。

 


          夜遅く門被り松を経にしかば

          微かに香りて木犀迎えぬ


          只今と声をかければわぎもこは

          金木犀がと悦び伝えぬ 


          朝を待ち見上げる枝には金木犀の

          莟のかずかず口を閉ざして


          微かにも清香かおるは じじばばに

          間もなく咲くよと 前ぶれならむか


          好天に日を経ず莟は金色に

          かがやき薫りぬ庵の部屋にも


          行く人は「あれ、いい香り」と呟きて

          首をめぐらす しぐさおかしき


          清しくも香るものかわ金木犀は

          花みつるとも 控えをこころえ






「姫沙参・ひめしゃじん」

2012-10-22 19:54:45 | 和歌

 虚庵夫人の「あら、こんな処に珍しいお花が・・・」との呟きに、思わず覗き込んだ。

 小径の脇の草叢の中に、小さなツリガネ状の薄色の花が咲いていた。ごく細い花茎がヒョロヒョロと伸びて、可憐な草花が頼りなげに咲いていた。カメラを携えていなかったのが残念だった。

 記憶を頼りに、花図鑑を紐解いたが、其れらしい野草には辿り着いたものの、おぼろな記憶では「これだ」と確かめられずに、悶々とした思いだけが残った。

 十日ほど経ってからカメラを手にして、再び同じ場所を探したら、小花は待ちくたびれた様な気配で迎えて呉れた。旬日ぶりの再会で、開花直後の鮮やかさが失せたように感じられたのは、気のせいだけではなかろう。

 煌めくような華時を捉えて写してやりたものだが、残念ながら一寸タイミングがズレタかも
しれない。花にも人に接するにもタイミングが大切だが、人との出会いでは予定の調整ミスや躊躇いが、微妙に結果に表れるという教訓かもしれない。

 萎れた花柄も残っているが、一センチにも満たない小さなツリガネ花が健気に咲き続けて、虚庵夫妻を待ってくれていたかと思えば感激だ。小径の脇の雑草と捉えれば、心に残るものは片鱗もないが・・・。

 先に調べた花図鑑を更に辿って、小花が「姫沙参・ひめしゃじん」だと確認できた。
ごく小さな花ゆえに姫がつくのは理解できるが、沙参(しゃじん)とは読み方からして難解だ。更に調べたら、乾燥した根が強壮、鎮咳、去痰の漢方薬として珍重されているようだ。

 可憐で頼り無げだが、気品のある姫沙参に一目惚れの虚庵夫妻であったが、よくよく調べたら沙参は種類が多く、野草の愛好家には「沙参に始まり沙参に終わる」と言われるほどだという。垂涎の愛好家には、数々の品種も売買されているようだが、草叢に咲く小花との出会いが、虚庵夫妻にとっては掛け替えのない悦びだ。 

 


          あらここに お花が咲いてとわぎもこの

          指さす先に小花の一茎 


          頼りなくゆらゆら揺れる一茎に

          薄色小花は間遠に咲くかな


          野に咲ける小花にそっとまた来るねと

          ささやく声に肯く素振りぞ


          十日ほど間を置き再び会いに来れば

          花柄残して待ちにけらしも


          じじばばの訪れ遅しと野の花は

          うなだれ萎れて花柄残しぬ


          幾つかの花柄に会いゴメンねと

          挨拶すれば 揺れて応えぬ


          じじばばの「また来るね」との約束に

          華やぎ保ちて小花は応えぬ







「パンパスグラス」

2012-10-20 15:14:28 | 和歌

 「パンパスグラス」の白穂が、秋の陽射しを浴びて耀き、風に靡いていた。

 既に花穂が開いて久しいが、なかなかカメラに収める機会が無いままに過ぎて、やっと虚庵居士のカメラに納まって呉れた。 

 

 草丈は人間の背丈のほゞ2倍ほどもあるので、近くに立てば花穂を見上げることになる。澄み切った青空に、陽を浴びて煌めく白穂は感動的だ。 これ程の草丈ゆえ、住宅地の狭い個人の庭では納まりきらない。 広大な公園やゴルフ場が、彼女らの華やぎの場となる。写真の「パンパスグラス」は葉山のものだが、伊豆の虚庵居士のホームコースにも植えられていて、目を愉しませて呉れている。尤もゴルフのプレー中は、白球を追って殆ど「パンパスグラス」を愉しむゆとりはないのが実情だ。
時には、同伴プレーヤーに「素晴らしいね」などと話かけるのだが、彼らも殆どが上の空だ。

 スポーツや日常生活、或いは仕事などに追われていれば、残念ながら自然の恵みも目に入らず、周りの皆さんへの細やかな配慮にも欠けることになる。ことほど左様に、草花や景色を愛でる「心のゆとり」を大切にしたいものだ。虚庵居士の様な凡人は、想い返せばその様な「見ても見得ざる」日常の連続であった。

 ブログ「虚庵居士のお遊び」を書き続けているが、些かなりとも目を自分以外にも向ける鍛錬の場としたい、花などの些細な変化なども捉えられる感性を、少しでも磨けたらと念じてのことだが、「云うは易し行うは難し」で、お遊びの中で己を戒める日々である。

 

 「パンパスグラス」は、又の名を「銀葦・しろがねよし」というようだ。
白穂が陽に煌めく様を、「しろがねよし」と名付けた古人のセンスには脱帽だ。

 「パンパスグラス」の名前が物語るように、原産地を辿ればブラジル・アルゼンチン・チリなどの南米大陸の大草原(パンパス)に至る。眼を瞑り、果てしない大草原にうち靡く「パンパスグラス」を想像してみよう。想像を絶するかもしれないが、何処までも続く「パンパスグラス」の銀の穂波は、将に夢幻世界のものであろう。

 眼の前の銀穂を見つめていると、いつの間にかそんな途轍もない、無限の空間に誘われる虚庵居士であった。

 


          目を瞠るパンパグラスの花穂かも

          青空を背に靡く白穂は


          見上げれば秋の陽ざしに輝ける

          白銀の穂のパンパグラスは


          又の名を銀葦(しろがねよし)と云うとかや

          いにしえ人のトキメキを訊くかも


          逆光に煌めく花穂は眩しけれ

          パンパグラスの誇りの程なれ


          名を訊ね出自を辿ればパンパグラス

          その名に留めるふるさと遥かに


          目を閉じれば 大草原にうち靡く

          夢幻の穂波のパンパグラスは







「草叢の黄花」

2012-10-18 00:43:23 | 和歌

 数日前に、虚庵夫人を伴ってゴルフを楽しんだ。
幸いにも好天に恵まれて、和気藹々のゆったりとしたラウンドであった。

 普段のゴルフではカメラなど携えないのだが、 セルフプレーの気楽さもあって、ゴルフ場の片隅の野花を写してきた。

 秋の彼岸を境に、熱暑の日々が過ぎ去って、めっきり過ごしやすくなった。ゴルフのラウンドでも炎天下のプレーは、老体に堪えるので避けて来たが、爽やかな秋の日和の、慎みある陽ざしは心地よかった。

 近隣の皆様とのゴルフコンペを控え、虚庵夫人がレッスンラウンドを希望したのに応えてのセルフプレーだった。 皆様とのコンペでは虚庵居士が会長をつとめているので、家内との同伴プレーは遠慮しているが、この日はだれ憚ることなく老夫妻のゴルフを愉しんだ。

 そんな心のゆとりが、足元の野花を愉しませて呉れた。

 名も知らぬ野花であったが、不思議なもので、この日は普段では見過ごすような足元の花に、目がとまった。この類の花をカメラに収めるチャンスは、ごく限られているので、どのように写したら彼女らの美しさを惹きだせるか、皆目分からぬままに写して来た。野花とは言え、若干の逞しさを湛えた黄花を写した後に、次のコースに向かう細道の脇には、ごく控えめの黄花が咲いていた。

 そんな気分を写せたらと念じつつ、プレーの合い間の虚庵居士のお遊びであった。

 


          打ち損じ 遥かにラフ超え草むらに

          ボールを探せば 黄花のあいさつ


          肩回せ 頭を残せと次々に

          とばす指南を 無視する我妹子


          力ぬけ ゆったり振れとのサジェスチョンに

          応えて見事な ナイスショット!!


          道端の草叢のなか 「観てよ見て」と

          黄色の小花の 声を聞くかも 







「十五万人のご来訪に感謝」

2012-10-16 01:14:16 | 和歌

 ブログ「虚庵居士のお遊び」にお付き合い下さり、ご来訪下さった皆様の累計が、
此の程、十五万人を超えました。心からの感謝をこめて、ご報告します。

 ほんのお遊びで、その時々の花などに事寄せ、心に浮かぶ由無し事どもを書き連ね、落書の歌など恥も外聞もなくご披露して参りました。

 斯くも多くの皆様にお読み頂き、虚庵居士はただただ感涙に咽ぶばかりです。

 近くの野原には、春から秋にかけて咲き続けた待宵草(月見草)が、枯れ茎を高く掲げて、最後の花を咲かせておりました。虚庵居士自身を見ているような錯覚に囚われ、苦笑しつつカメラに収めて来ました。

 待宵草は野原の草ぐさと競い、背丈を伸ばして精一杯に陽光を浴び、花を咲かせて来ました。枯れた莢には沢山の種子を蓄え、間もなく己も枯れ往かんとしています。

 自分を励ますかの様に、最後の花を咲かせるそんな姿が何ともいじらしく、共感を覚えつつ、思わずシャッターを切った虚庵居士でした。

 


          気が付けば庵の柴戸を訪ね來し

          人々あまた 十五万人とは


          斯くばかり数多の方と共にする

          思ひは夜空のきらめく星かな          


          言の葉を残さず去りねど思ひとどめ

          柴の戸再び訪うぞうれしき


          逞しく枯れ茎かかげて未だなお

          花咲かせるは待宵草かな


          咲き続け莢にはあまたの実を湛え

          生きとし活ける月見草かも          


          枯れ茎にそえて咲くかな月見草は

          最期の励みか 朋への別れか






「背高泡立ち草」

2012-10-15 13:38:23 | 和歌

 一面に黄色に咲いた「背高泡立ち草」が、鮮やかであった。

 この草は、虚庵居士が青年になる頃までは、全く見かけない雑草だったが、何時の頃からか急激に蔓延して、瞬く間に全国の野原を席捲した。帰化植物の典型的な事例だ。ヨモギやススキなどに伍して、草丈がかなり高く、加えて繁殖能力が優れているので、至る所に発芽し根付いたのは頷ける。

 

 野原での厳しい生存競争に必要な条件を備えている背高泡立ち草だが、このところ背丈が短くなり、繁茂地域も急激に減退しているようだ。虚庵居士は植物学者ではないので、正確な理由は全く分からないが、尤もらしい理由を受け売りさせて貰う;

理由その一: 精力旺盛な背高泡立ち草は、土地の養分を忽ち吸収して繁茂したが、結果的に深さ50センチ程の養分を吸いつくして、肥沃な土地が痩せ衰え、背丈も 繁茂範囲も減退した。

 

理由その二: 繁殖能力の高い野草は、アレロパシー物質(?)を分泌して他の植物の繁茂を抑制すると云う。この物質はヨモギやススキなども分泌するが、背高泡立ち草の分泌物は他の野草に比べて、その能力が一段と強いもののようだ。 その結果、分泌した抑制物質で自分自身が自家中毒症状を起こし、発育不良・自己犠牲を発生させていると云う。

  素人の虚庵居士には何れも「なるほど」と思われるが、真の原因追求は専門家にお任せしたい。

 原産地の北米では、背高泡立ち草が
ケンタッキーやネブラスカの州花だ。
広大な原野に繁茂し、咲き誇る背高泡立ち草が彼らにとっては、掛け替えのない誇りなのであろう。彼の地では、背丈の矮小化や繁茂範囲の減退は、発生していないのかもしれない。将に、その土地ならではの華なのであろう。

 序ながら「うつろ庵」では、数年前に背高泡立ち草を刈り取り、定尺に切り揃えてテーブルセンターを編んだ。野趣に富んだ作品に仕上がって、いまだに時々利用していることを付記しておく。
 


          金色に泡立ち咲くかも秋の陽に

          萌黄にぼかした野を織りなして


          燃え盛る心を観るかな織り女らの

          泡立ち咲くは熱き思ひか


          広大な原野を埋める金色の

          華が州花とぞ ケンタッキーでは


          背の高き泡立ち草に寄り添いて

          コスモス咲けり花紅に







「葉山の稲架」

2012-10-13 09:02:31 | 和歌
 

 秋の一日、葉山の里山道を車でゆったりとドライブして、心の安らぎを求めていたら、大型の「稲架(はぜ)」に掛けられた稲穂が天日干しされていた。

 思いもかけない農村風景にであって、虚庵居士は車を降りてしげしげと稲架に見入った。三浦半島ではごく珍しい棚田が、葉山の一郭だけに残されて、稲作が続けられていること自体が貴重だが、刈り取った稲をはぜ掛けして天日干しされているとは、ついぞ知らなかった。

 最近では刈り取った稲も直ちに脱穀され、自動乾燥するのが一般的のようだが、人手を掛けて天日乾燥するのは、お米の味への拘りかもしれない。

 信州の田舎で育った虚庵居士には、田んぼに立った稲架の風景は心安らぐ景色で、故郷に帰ったような思いであった。平地の田んぼでは、稲架の背丈はもっと低く作って、稲掛け作業が楽に出来るようにするが、棚田ではそんな贅沢は許されまい。傾斜地に効率よくはぜ掛けするために、ここでは七段にも高く設えてあった。棚田から刈り取った稲を運び上げ、七段ものはぜ掛けをする作業は、想像するだけでもご苦労様のことだ。しかも、高い稲架全体をネットで覆っているのは、大切な稲を雀達から守るためであろう。細かな気配りにも感服だ。

 

 棚田の畦道に降り立ってカメラを構えていたら、老夫が地下足袋姿で下から登って来た。ご挨拶を交わしご苦労の程を伺ったら、
「いやはや大変の何の、棚田の稲作はコタエル!!」  との返事だった。

 一緒に歩きながら、更に愕きのお話を伺った。
つい数日前に、葉山の御用邸に滞在中の天皇・皇后両陛下が、態々この棚田までお出ましになられたという。天然湧水で育て、天日乾燥した新米を献上したと、誇らしげにお話下さった。
両陛下は毎年、全国農家の中から選ばれた一軒の農家を訪ねて居られるという。
「大変名誉な機会を賜わった」と、感激の面持ちであった。

 一枚一枚の棚田の畦には、枝豆がビッシリと植えられていた。
これも信州の田んぼと同じ流儀だ。枝豆の逞しい根で、畦の強度を補い、雨風による畦の崩れを防止しつつ、狭い土地からも豆の収穫を期待するという、お百姓さんの一石二鳥の知恵だ。 

 里山道から見下ろせば、極々狭い一枚づつの田んぼが、階段の様につながっていた。それぞれの田んぼには、手で刈り取った後の稲株が、不揃いで残り、畦道には枝豆がまだ青々茂って、何とも言えない素晴らしい景色であった。

 「稲架(はぜ)」に掛けられた稲と、老夫との出会いと、棚田に感謝の一日であった。

 


          里山の曲がりくねった道脇に

          紅に咲く彼岸花かな


          仄かにも色付き初めにし柿見つつ

          里山辿れば棚田の稲架(はぜ)かな 


          いや高き稲架を見上げぬ 幾重にも

          あつく重なる見事な稲穂を


          逞しく組しものかわ高き稲架を

          七段構えに稲束かかげて


          棚田なればまとめて稲掛けする労を

          偲びつつ見る葉山の稲架かな 


          両陛下に棚田の新米一升を

          献上したと老夫誇りぬ


          稲刈りの不揃いの痕はいみじくも

          手刈りの労苦を偲ぶよすがか


          畦道に残る緑の枝豆と

          棚田の織りなす景色に見惚れぬ







「紫紺野牡丹」

2012-10-12 11:22:19 | 和歌

 「うつろ庵」の門被り松の下に、「紫紺野牡丹」が一年ぶりに咲いた。

 昨年の丁度いま頃、虚庵夫人は近くの花屋から鉢を抱えて、にこにこと帰宅した。鉢には、まだ背丈の小さな苗木が植えられていて、紫の花が揺れていた。名札には「紫紺のぼたん」と書かれ、気品のある五弁の花が一輪だけ咲いていた。釣り針状の不思議な姿をした白い蕊が、極めて印象的であった。

 

 「うつろ庵」の住人となったひと株は、虚庵夫人の丹精の甲斐もあって、50センチ程度だった背丈も今では、門扉を超える程に成長した。一年ぶりに咲いた花も、当然のことであるが、昨年観た花と全く同じ姿であった。何本かの白い蕊が、釣り針の様に風に揺れていた。

 改めて花図鑑を調べたら、「紫紺野牡丹」にも数種あるようだ。これまで見慣れてきた野牡丹は、花弁も葉も幅広で、蕊の色も花弁と同じ紫色だった。

 それに引き替え、「うつろ庵」の住人になった野牡丹は花弁も葉もスリムで、白い蕊はかなり大きめだが、何故か親しみが感じられるのは、「うつろ庵」住人同志の欲目でもあろうか。

 莟みも隣に控えているので、これから次々と咲く花が楽しみだ。


          門扉越えに 紫紺野牡丹迎えては

          無言なれども「お帰りなさい」と


          紫の花びらに浮くしろたえの

          しべ幽かにも風に揺れにし


          紫の花びら声なく語らねど

          思ひを告げるや しべは多言に


          濃き色の花芯に踊る白妙の

          しべ歌うかな Glory Bush と


          何時の日か君と語らむ則を超えて

          心に溜まる思ひを聞かなむ






「彼岸花とすすき」

2012-10-10 00:31:37 | 和歌

 生垣の剪定に夢中になって、「彼岸花」の莟を折ってしまった。

 開花には間がありそうな莟だったが、取り敢ずは玄関の水盆に投げ入れて、剪定作業を続けた。作業を終えて部屋に戻ったら、「彼岸花」に斑入りの「すすき」が添えられて、何ともご機嫌な風情であった。「彼岸花」の莟だけの姿に哀れを感じたのであろう、虚庵夫人が庭の「すすき」を添え、亡き兄貴の形見の銚子に活けてあった。

 数日したら、「彼岸花」が開花してハッと息を呑んだ。

 

 彼岸花は、花茎をスクッと伸ばしてその先に莟を付け、葉は花が散ってから徐に出て来る、特異な植物だ。細い茎と莟だけでは、開花はまず覚束ないだろうと諦めていた。が、二・三日後の早朝に開花した。細い蕊を精一杯に伸ばし、花弁をくねらせて咲いた姿をみて、虚庵夫妻は感激であった。

 「うつろ庵」の彼岸花は三浦半島をドライブした際に、野辺に群れ咲いていた球根を、二つ三つ頂戴して植えたものだ。不要になった球根を野辺に捨てたものであろう、球根は土にも埋まらず、むき出しのまま花を咲かせていたのだった。

 あれから何年を経たろうか、毎年律儀に花を咲かせてくれた彼岸花だが、思もかけぬ感激を今年は頂戴した。


          足元のポキリと折れた彼岸花の

          莟を拾いぬ ゴメンとつぶやき


          スカタンめと自ら罵り取り敢えず

          折れにし莟を水盆に挿す 


          彼岸花に斑入りのススキを活け添えて

          思ひを救ふ わが妹子かな


          日をおけば蕊をのばして咲く華に

          じじばば思わず 感嘆のこえ






「荒地花笠」

2012-10-08 00:04:34 | 和歌

 野原に足を一歩踏みこんだら、珍しい野草の花が目に付いた。

 草丈の高いのは、虚庵居士の胸元ほどもあったが、花数が少なく殆ど葉も見当たらない、些か淋しい感じの野草だった。辺りを見渡したら、背丈の低い未だ青々とした草茎に、四つ五つの花が咲いているのを見つけて、カメラに収めた。花の大きさは、三ミリ程度。薄色の五弁の花が、何とも可憐に咲いていた。



 最初にカメラに収めたのはごく若草であったが、その他は、既に長いこと咲き続けていた気配であった。花柄が連なり、頂きに小さな花を付けているが、花柄の重なり具合から判断すれば、かなりの老齢と見受けられた。

 自宅に帰ってからが大変であった。
野草図鑑を紐解いたが、収録されていない。インターネットで探索したが、殆どの野草編にもその姿すら見当たらず、悶々とした時刻が過ぎて行った。
そんな中で、姫熊葛に辿り着いた。「これだ!」と快哉を叫んだが、念のため検索を続けたら、柳花笠、抱葉荒地花笠、姫荒地花笠などが次々と見つかった。

 花の姿、葉の形などから総合的に見て、「荒地花笠」であろうとの判断に至った。
生物学を弁えぬ虚庵居士にとって、野花との出会いは、胸がトキメク感激であるが、花の名前を探究する道のりもまた、掛け替えのない試練なのだ。

 


          野に入れば思いもかけぬ出会いかな

          薄色いとしき小花の迎えは


          胸元の小花は些か淋しけれ

          花柄重ねる年増の花ぞも         


          見渡せば背高き野花のその下に

          若き乙女か薄色に咲くは


          花柄を重ねて野に咲く小花かな

          荒地の花傘また逢いに来む






「おしろいばな」

2012-10-06 12:23:01 | 和歌

 道路の脇などに咲く「おしろいばな」だが、「うつろ庵」の周辺の住宅地でも、最近はよく見かけるようになった。市街化が進み、空き地や菜園などが急激に減少した結果、住宅地の道路脇など、僅かな土地にも逞しく進出して来たのだろうか。

 田舎生まれの虚庵居士の子供の頃は、身近な花で、女の子たちは「おけしょうごっこ」に夢中だった。

 かなり長い期間に亘って咲き続けるので、花と共に黒い小さな実も、ふんだんに採れた。子供達は、黒い実を石ころで潰して、中の純白な粉を「おしろい」代わりに、「おけしょうごっこ」をして遊んだのだ。
最近の子供達に、そんな原始的なお遊びが流行らないのは、ゲームや遊具などが、ふんだんに溢れる昨今では当然かもしれない。

 それにしても、最近の「おしろいばな」の華やかさには、目を瞠る。
一頃までは、濃いピンクの「白粉花」と、純白の「夕化粧」だけっだったが、色とりどりの花があちこちに咲き乱れている。「うつろ庵」のごく近くでも、こんな「おしろいばな」が咲いていた。

 最近の子供達は「おけしょうごっこ」遊びをしないので、「おしろいばな」が自らお化粧したのかもしれない。

 


          おみな児はほっぺを白く化粧して

          母さま真似るや 「あーらおほほ」と          


          黒き実を石ころで割り「おしろい」を

          採るはおの子の役割でした


          夕暮れにさよなら告げつつ一輪の

          おしろいばなを口にくわえぬ


          花の名に遠き昔ぞ偲ばるる

          お化粧ごっこで遊んだあの日を                    


          夕暮れは私の刻よと予め

          おしろいばなは化粧をととのえ


          しろたえの花はおぼろに浮き出でて

          仄かに揺れる夕化粧かな






「台風とゴーヤ」

2012-10-04 00:02:10 | 和歌

 台風17号は日本列島を縦断して、千島列島へ去っていった。 被害を受けられた方々には、心からのお見舞いを申し上げたい。

 「うつろ庵」では家屋や人災などは無かったが、庭のゴーヤだけが被害を受けた。篠竹を無造作に添えただけのゴーヤの蔓は、無残にも薙ぎ倒された。

 実は、ゴーヤの実・苦瓜が三本も生ったので、そろそろカメラに収めておかねばと思っていた矢先だったのだ。 「ゴーヤと花虎の尾」でご紹介した、ごくか細い蔓が
ものの見事に大きな苦瓜を支え、吊るしている姿を記録出来なかったのは、虚庵居士の油断以外の何物でもない。慚愧の思いだ。

 薙ぎ倒された無残な姿をカメラに収めては苦瓜に申し訳ないので、蔓から切り取り、収穫した立派な姿をお目に掛ける。一つは若干小さめだが、虚庵夫人が美味しく料理してくれるに違いない。

 実は、この三本には兄貴分が一本あった。
篠竹に絡んだ蔓だけをみて、「苦瓜は生らないわね」などと虚庵夫人と共にボヤイテいた。 が、花虎の尾に蔓を絡ませ、紫蘭の葉を伝い、ブルーベリの小枝にも絡んでその先に、在ろうことか大きな苦瓜が生っていたのだ。ちょうど食べごろの大きさで、美味しく頂いた。

 それ以来、蔓の先々まで丁寧に観察したのは言うまでもない。 兄貴に続く三本の苦瓜の成長は、老夫妻には子供を育てた昔に還って、楽しみの毎日であった。

 苗を頂戴したご近所の奥様へは、「ゴーヤと花虎の尾」のコピーをお届けしてその後をご報告済であるが、三本の苦瓜の写真を絵葉書に調えて、再度のご報告をせねばなるまい。

 


          台風の時々刻々の情報を

          聴きつつ備えぬ万全を期して


          台風の警報解除の其の後も

          い寝るもあたわず 烈風吹き荒れ 


          列島を縦断したとの報道に

          胸しめつけられぬ 被災を思えば


          颱風の被害少なき庵なれど

          薙ぎ倒されぬ いとしきゴーヤは


          悔しきは いと細き蔓の苦瓜を

          けな気に吊るすを 写さざるとは


          三本の苦瓜せめて爽やかに

          カメラに収めむ 君らを誇れば 






「すかんぽの秋」

2012-10-02 00:05:51 | 和歌


 空き地の脇を散歩していたら、「いたどり」が道路にせり出して咲いていた。
カメラを構えたら、隣からススキが風に吹かれて、「いたどり」に凭れかかって一緒に納まった。

 空き地には背高泡立ち草・ススキ・蓬など種々雑多な草々が、じゃれ合っているかとも思われる程に絡み合い、共存しているのだから、ススキが「一緒に写して」と寄り添ってきても、不思議ではない。

 自然の社会では虫や鳥や、野の草たちにとっては生き永らえる為には、自ら逞し
                           くあらねばならぬが、野草にとっては先ず
                           太陽の恵みを確保することが大切だ。
ここの空き地では、競い合ってそれぞれの草丈を伸ばしている様が見て取れた。

 何やら人間社会の競争を見せられたようでもあるが、「生きる」とは「競争に打勝つ」こと、或いは逞しく自らの環境を整えられるか否かだ。自然社会も人間社会も、本質的には同じことなのだ。そんな屁理屈を考えながら歩を進めたら、「いたどり」の群落が勝ち誇ったかのように、手を拡げていた。

 「いたどり」の別名を「すかんぽ」とも云う。
春先の新芽の季節には、真っすぐに立ち上がった新芽を手で折ると、スポンと小気味よい音がしていとも簡単に折れるのだ。中空の茎の皮を剥き、そのまま口に入れれば酸味が効いた爽やかな味が何とも言えない。
子供の頃、野で遊んでは「すかんぽ」を食べたことが、懐かしく思い出された。

 


          いたどりの白き泡花写さむと

          構えるカメラにススキも靡きぬ


          野を見れば数多の草ぐさ絡み合い

          背比べするらし戯れ合う仲間と


          野の草は競いて背丈を伸ばしつつ

          陽射しを浴びるは 命を賭けてぞ


          すかんぽは勝ち誇れるや手を拡げ

          陽射しを浴びぬ 花も咲かせて


          野にいでて草ぐさを見よ己が身を

          競いて護るは無言の訓えぞ