「虚庵居士のお遊び」

和歌・エッセー・フォート 心のときめきを

「棗・なつめ」

2006-07-09 00:15:13 | 和歌

 散歩していてふと気が付いたら、棗の花が咲いていた。これまで棗の花には注目したこともなかったが、ブログに花の写真を載せ始めて、草木の花に心が惹かれるようになった。






             濡れそぼるレンガの道を歩み来て
 
             初めて出会いぬ 花咲く「なつめ」に
  


             みどり葉の合い間に稚き花を見つ
 
             しずくの溢れるなつめの花かも



 花に因み、花に触発されて拙い和歌を詠み、臆面もなくよくも続けてこれたものだと、我ながら感心する。年末のブログ消去事件を挟んで、間もなく一年半になるが、三日坊主の代名詞だった虚庵居士が、これ程続けられたのは一体何故だろうか。

 悪しきことのみ多い昨今であるが、こころ洗われる話題が余りに乏しいのは、世の中が狂ってしまったのだろうか。それに引き換え、花は誠に「純粋無垢」だ。只ひたすら、己の命を自然に任せて精一杯生きて、虫や風と助け合って受粉を繰り返し、次世代へ命を受け継いでいる。感動的な命の営みを黙々と積み重ね、年に一度の花時を忘れずに、「ワタシもココに咲いてるわヨ」と呼びかけている。

 花たちから、限りない歓びと感動を貰って来たことが、これ程にも続けてこれたエネルギーに違いあるまい。更には、この庵をお訪ね下さって、声を掛けて下さる皆様のひと言が、喜びを倍化していることは申すまでもない。改めて、深く感謝申し上げたい。






             虻なるやいとど小さき虫のいて

             「生きる」営み 雨もものかわ