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平成29年春の叙勲に日高地方から5人 〈2017年5月2日〉

2017年05月02日 08時30分00秒 | 記事

 平成29年春の叙勲に県内から51人が受章した。日高地方から旭日双光章に地方自治功労で日高川町船津1161、元町議の吉村晴男さん(80)▽瑞宝小綬章に教育研究功労で美浜町吉原902、和歌山高専名誉教授の吉川壽洋さん(79)▽瑞宝双光章に社会福祉功労で御坊市湯川町財部832の1、社会福祉法人博愛会理事長の小林隆弘さん(70)▽瑞宝単光章に海上保安功労で御坊市塩屋町北塩屋1331の6、紀伊塩屋港南防波堤灯台ほか1基灯火監視協力者の原山亮市さん(83)、消防功労で日高川町土生746、元町消防団長の山崎敏治さん(70)-の5人が選ばれた。いずれもその道一筋の功績が認められた。伝達、拝謁は8日以降、順次行われる。

旭日双光章 吉村晴男氏
村政新興、新町誕生で功績

 昭和51年10月に旧中津村議会議員に初当選。以来平成17年4月まで8期25年7カ月にわたり村政発展、住民福祉向上に尽くし、日高川町誕生の同年5月から翌18年4月まで1年間は新町議員としてまちづくりに力を注いだ。中津村議会では副議長や常任委員長など要職を歴任、16年10月から17年4月まで議長を務めた。
「住民第一」をモットーに情熱的に活動。中津村議会では、産業振興へ昭和52年に坂本地区へ移転した県養鶏試験場の誘致に積極的に取り組み、村内農家にほろほろ鳥の飼育を導入。鶏肉は産品所で販売、県外にも出荷するようになり、ほろほろ鳥を特産に導いた。教育環境やインフラ整備にも努め、平成元年に旧船津小(現在の中津小)を岡本地区に新築移転したのをはじめ、旧船着中や高津尾小など教育施設、郷土文化保存伝習館の建設に尽力。県道御坊美山線の改修や坂本橋、岡本橋など橋梁の架設などでも力を傾けた。合併協議会委員も務め、3町村の住民のことを考えながら調和を図り、まちづくり計画の策定など困難な事柄に卓越した調整手腕を発揮。日高川町の誕生に貢献した。
 吉村氏の話 このような栄えある章をいただけたのはひとえに皆さま方のお陰。今後も微力ながら町のために尽くしていきたい。

瑞宝小綬章 吉川壽洋氏
中古文学、民俗学に傾倒

 昭和36年4月から9年間、大阪府立高校で国語教諭をした後、昭和45年4月から、和歌山工業高等専門学校の教官に。平成13年3月で退官した後も非常勤で70歳になるまで教壇に立ち、名誉教授に就任した。教育活動の傍ら、自らの研究にも注力。平安時代の中古文学を専門とし、私家集の研究を続けた。
 府立高校を退職する際、日本民俗学会の評議員だった当時の教頭から「和歌山にはおもしろい風俗習慣が残っている。調査研究している人がほとんどいないし、やったらおもしろいものを見出すことができるだろう」との助言を受け、和歌山に帰郷してから祭りや民俗芸能について調べ始め、民俗学にも傾倒した。
 和歌山市出身の民俗学者・南方熊楠の暮らした田辺の家が、母親の実家のすぐ近所で、母親から熊楠の話をよく聞いていたこともあって、熊楠の研究にも力を注いだ。熊楠の論文や書物に関する調査考察はすでに多くの人が手掛けていたなか、人が手を付けていない分野を探究することこそ研究と、熊楠の手紙や日記を読み解いて深くその人間性に迫り、生々しい人物像を浮かび上がらせた。
 吉川氏の話 高専の事務官、教官ほか多くの人に支えられた。私の研究もみなさんのお役に立てればと思います。

瑞宝双光章 小林隆弘氏
地域福祉向上に貢献

 病院勤務を経て、独居や寝たきりなどの高齢者を世話する施設を立ち上げようと昭和60年6月に社会福祉法人を設立し理事長に就任、翌年6月に日高地方で民間初の特別養護老人ホーム日高博愛園を開設し施設長に就いた。
 周囲に老人ホームがなく、家族で介護するのが当たり前の時代で、施設に高齢者を預けにくい状況の中、多くの人に理解してもらおうと、開設当初から地域住民に施設を開放し、ボランティアによる慰問も積極的に受け入れてきた。
 開設当初は集団ケアが主流だったが、職員の提案を受け個別ケアを取り入れるとともに、国の方針に伴い、いち早く入所者の身体拘束廃止を指示し、利用者の視点に立ったケアのアプローチを自ら提案し実行。高齢者の口腔ケアやトイレへの誘導も充実させ、現在の「おむつゼロ」に結びついている。
 外国人介護福祉士候補者の受け入れや研修、介護ロボットもいち早く導入し、老人保健施設リバティ博愛、ユニットケアタイプの特別養護老人ホームゆら博愛園などを開設。県社会福祉協議会理事なども務め、地域福祉の向上に大きく貢献した。
 小林氏の話 支えて下さった職員、博愛会の歴代役員、地域の皆さまのお陰で、感謝の一言に尽きます。

瑞宝単光章 原山亮市氏
海の安全守り30年以上

 昭和60年に海上保安庁から依頼を受けて、御坊市の灯台2基の灯火監視協力者として、船が針路の方向を誤らないよう海の安全を守るために尽力している。
 中学校を卒業後、父親と同じ漁師となり、まき網漁を中心に、夕方から朝まで漁をしてきた。
 当時灯台の番をする人が少なく、海上保安庁からの依頼で、御坊市の「紀伊塩屋港南防波堤灯台」と関西電力(株)御坊発電所の近くにある「御坊鰹島灯台」の2基の監視を任された。個人としては珍しかったという。
 灯台の火は、仲間の漁師らがそれを頼りに戻ってくるため、消えていると針路を誤ってしまうこともあり、まだ暗いうち漁から帰ってくる漁師らの重要な目印になる。ほぼ毎日漁に出るので、その帰りに灯っているかを確認し、消えていれば、すぐに田辺海上保安部に電話で連絡する。
「苦になることなく続けてこられた。灯台の火を見に行くのが癖になっている」。現在で30年以上も続けており、雨の日や台風の翌日などは心配になり、体が勝手に動いて、自転車で灯台の火を見に行くようになっているという。
 原山氏の話 特別なことはなにもしていない。受章できたのは家族、仲間の支えがあったからこそです。

瑞宝単光章 山崎敏治氏
消防活動、防災に尽力

 昭和50年8月に旧川辺町消防団員となり、合併後は日高川町消防団副団長を経て、平成26年4月1日に団長に就任。災害現場だけでなく、住民の防火意識の向上や団員の士気高揚と組織力強化に努め、40年間余にわたって町の消防活動はじめ防災に尽力した。
 平成20年10月深夜の土生八幡神社社務所火災では、分団長として現場にいち早く駆けつけ、長年の経験を生かした迅速で的確な判断で指揮統制を図り、隣接する民家への延焼を食い止めた。これらの功績は同僚団員からも評価された。
 副団長在任時の平成23年に発生した豪雨災害では、早期に警戒にあたり、町からの避難勧告や避難指示が発令されると、各分団員に指示を出すとともに住民の避難誘導を行い、迅速な判断で人的被害を最小限に食い止めることに貢献した。
 川沿いに集落が点在する地域特性から、家屋火災が延焼拡大する危険性が高く、予防活動の重要性を重視。団員の出動や消火活動に万全の体制を整え、資機材の整備点検はじめ、自ら消防資機材の操作を実演するなどして、新入団員の指導や団員の士気高揚と団結力の強化にも努めた。
 山崎氏の話 団員や多くの方々の協力があり、代表として頂いたものです。今後はご恩を返したい。


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