kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

時期尚早

2016年02月14日 | 生活
諸君
わたしの忠告を聞きなさい
最後通告です

低気圧通過地の
全昆虫に告ぐ
全植物に告ぐ
ただちに
地中に戻りなさい
芽吹いてはいけません
この高温は一過性です
すぐに気温は低下します
一刻も早く土中に戻ること
まだ春ではありません
もう一度言います
土から出たものは
全員土に戻りなさい
特に虫の諸君
君たちは間違っている
わたしを信じてほしい
まだ春ではない
早まるな
時期尚早だ
そこの虫
君に言っている
出てはならん
君は早合点しているに過ぎない
タイミングが間違っている
わたしを信じろ
ただちに
土に戻りなさい
早まるな
お前
そこのやつ
君だ
君に言ってる
戻れ
戻りなさい


   ああ 
   あったかい
   やっと春がきたべ
   なあ太郎どん

   だなあ
   腹へったべ
   ああ
   あったけえなあ次郎どん

   腹へったなあ
   あっかるのお
   おてんとうさまじゃあ


だから春じゃねーって
戻れって
マジ










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泣きそうになった

2016年02月13日 | 生活
運動に勝る
薬なし

西尾の茨木のり子展
に行って
泣きそうになった
ちゃんと茨木のり子は
読んだことがなかった

そんな知らせが届いて
なぜ 泣きそうになったかを
思っていた
情景が
判り過ぎるくらいに
判りやすい知らせだった
理由を考えてみたけれど
景をどうしようなく
納得してしまうので
理としては
どうにもならない

泣きそうになった
その言葉が
正しい
草の如く
正しい

連関して
泣くということを
考えてみた
人間はあらゆる分泌液を出す
茨木のり子の言葉を借りれば
涙は『熱い塩化ナトリウム』

涙って
喜怒哀楽の時
目から分泌される
花粉が目に入った時
目水で異物を外に出す
のが
涙なら判る

けれど
喜怒哀楽の時
涙を流すのは
脳が
平常に戻るための
危険信号であって
視覚的に
または
声を出して泣けば
音声的にも
他者に
生命の危機を
訴えて
救済を求めることができる

人間の体は
常に生命保持のため
機能している

でも
どうもしっくり納得できない

「なぜ涙が出るのかなあ」
と訊くと
「そんなこと考えんと晩飯のことでも考えとき」

京都弁で
たしなめられた


雨やんだ





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付属物

2016年02月11日 | 生活
足ふらつき
歯 浮き
疲労困憊

『家がないということは
どんなふう』

そんな歌詞を思っていた

家とはよく考えてみれば
面白い
人は家を持つ
小さく機能的な家から
装飾した大きな家まで
少数をのぞいて
どんな人も
家を持つ

人類は家を持つ
滑稽なほどに

表札を出し
わたしの名前は
小久保圭介(そうらしい)

自分の名前を
意識したのは
幼稚園に入って
上靴やスモッグに
「こくぼけいすけ」
と黒いマジックで
書かれた時からだ
小学生になると
「小久保圭介」
と漢字になっていた
誰かに呼ばれるたびに
「小久保」
という漢字が
脳で刻まれ
なぜ
音階や色彩の配列で
名前にならなかったのか
葉っぱの所有枚数とか
葉の種類とかでは
ダメだったのか
毎日
あらゆる名称が変われば
社会は機能しないだろうけれど
実体ははるかに
見えやすい

決めごとなんて
疑わしいね
何もかも

肉を三枚食べ
お風呂にも入らず
十時間
眠る






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コロッケパンの歌

2016年02月10日 | 生活
明るい早朝
自転車の灯り
つけずに

札幌ナンバーだったので
訊くと
札幌の人
紫色の大きな車
四月に帰るのだ
と笑みが言う
室蘭の窒ウんも来て
福井から
船で一日半
眠って帰ることができるという

北海道の星がきれい
と言うと
「冬に行ったの? 夏行かなきゃ」
と札幌の人が言う

牡蠣を台車に乗せて
女は南へ向かった

コロッケパンの歌を
あの人が歌い始めた時
「夕暮れが 夕暮れが」
と鈴を鳴らして
子供が通り過ぎていった



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少し風が 出てきたよ

2016年02月09日 | 生活
左手の
いくつかの指先に
ささくれができて
赤く血の跡
指は痛い


のちに
西の空に青
青はどんどん広がって
陽光が南西に出た
目指すは
太陽の対角
北東の空だ
虹は太陽の180°のところに出る

ビルで遮られた
狭い
空に
懸命に探しても
虹は見ず
それでもいいような気がした
虹が吉兆とは限らないから

グレイの空に
吉を見つける

花なき小さな庭に
花を見る
わたしたちの脳は
夢を創作する能力をもっている
現実を超えた
美しい音色を聴くために
手を合わせる

鳥が三羽
西へ向かった



「少し風が 出てきたよ」 =@朝野由彦
言葉は歌になると
もっと艶やかになる時もある

少し風が
出てきたよ

そして
夜の



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光の強さ

2016年02月08日 | 生活
旧正月

クレシェンド
デクレシェンド

午後
大通りを歩いていると
太陽の光が
強くなっていることに気づく
春の光が
わたしたちに
注ぎ

人は光を求めて
生きている
デニッシュパンや
メロンパンの歌を
みんなが歌い始めたとき
冬が終わりつつあり
春のスケッチを
開始する



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ハレとケ

2016年02月07日 | 生活
昼前の階段

わたしたち
のぼった
一人は遅れてやってきた

卓の上に
ワインやビール
わたしは水
パスタやムール貝
ピザにドリア
会食は3時間か4時間
酩酊の極みの先
嬌声は高く響き
帰路の
道路で二度
転唐キるほどに
うれしかったのだ きっと

ハレとケ

普段はみな静かに
それぞれの暮らしを大切にして

ハレとケ

祝いの曜日
日曜日

酒豪だった
父の酩酊を
思い出していた
愉快が顔を占拠して
転ばぬように
腕をとって
歩いたことも


魔の水とは
よく言ったもの

ハレとケ

罵声を発して
乾杯

卓は騒がしくて
静かな話をしていた人の
声が消され
身を乗り出しても
聞こえぬゆえ
わたし
オリーブオイルで蒸した
ムール貝を
何皿も





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茨木のり子展

2016年02月07日 | 文学
茨木のり子展 愛知県西尾市にて

先日
西尾へ

---

田の掘り返し
剥きだしの土
鳥が集まる

シャベルで掘る → 鳥が認識
棒を浮ェる   → 犬が認識 DNAへの書き込み 叩いたのは人間
火を浮ェる   → 猪が認識 DNAの書き込み 山火事の記憶(火を炊くと猪は体でそれを消しにくるという

―――以下 展覧会場でのメモ書き


なつかしの「かんばせ」
まなかい

熱い塩化ナトリウム  『花の名』より

すべては動くものであり
すべては深い翳をもち
なにひとつ信じてしまってはならない 『いちど視たもの』より

落ちこぼれにこそ
魅力も風合いも薫るのに
落ちこぼれの実
いっぱい包容できるのが
豊かな大地         『落ちこぼれ』より

たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人も
いますもの              『歳月』

面白いことはおもしろかったが
くたびれて死にそうだ     
(S15.3.15 名古屋太平洋博覧会を記述した日記より)

夏草しげる焼跡に
しゃがみ
若かったわたくしは
ひとつの眼球をひろった
遠近法の測定たしかな
つめたく さわやかな!      (出典は書き忘れ)

―――

帰りの車窓
梅の白き花 発見

「誰かをはげますために詩を書いたことは一度もなかった。すべて自分へ向けてのもの」
とロビーで、
この展覧会のために作られた
VTRで
誰かが
茨木のり子さんの
言っていたことを
追想
していた

「劇場(東京)で舞台に熱中した。しかし、言葉の不足を感じた
                 ―(VTR)より

茨木のり子
言葉を持つ人ではなく
人の内なる言葉を
引き出すための
磁石みたいなものを
持参している
そんな人

『詩人』と
『言葉の人』とは
まったく
違う

言葉は物理だ

やさしい人

無駄な言葉がない


西尾市岩瀬文庫特別展 茨木のり子没10周年  

2016年2月21日まで

http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/kaforuda/40iwase/kikaku/62ibaraginoriko/ibaraginoriko.html

☆ 名古屋から名鉄電車 西尾市下車 くるりんバス(100円)あり
  わたしは西尾口で降りて 徒歩15分
  帰りはくるりんバスで。
  電車でゆられて車窓を見るのも素敵
  こんな展覧会が無料とはすごいです
  お礼に岩瀬文庫(図書館の隣)にて
  茨木のり子の会の会員になってきました

アクセスはこちらです http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/kaforuda/40iwase/iwasebunko/koutu.html  







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笑み

2016年02月06日 | 生活
echo
その人たちの笑顔を
見ていると
うれしくなって
サンドウィッチやチョコのうたを
うたいたくなる

奈良の人は
奈良のことを話してくれて
森であったり
高野山への電車であったり

---

まだ10代だろうか
知らぬ外国で
労働し
笑みと(求められたように思えたので)
満面の笑みが返ってきた
不安だろうに
知らぬ外国の暮らし

彼らは4人の仲間で
労働具が入ったバッグを背負って
休日の前
彼ら
どこへ遊びにゆくのだろう
一様にスマホを持って

日に焼けた顔のDNAは
どこのふるさと?
夕暮れ前の通りを
彼ら
歩いてゆく
ひとつでも多くの
幸よ
彼らにあれ

この島国の人間が
あなたたちに
親切で
やさしくありますように
ふるさとに帰って
労働先での暮らしは
悪いことばかりじゃなかったよ
とわずかでも
思って
食卓の家族と
笑えますように

まだ10代だろうか
彼ら4人
夕暮れの街を
西へ向かった






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バンジョー

2016年02月05日 | 生活
はちみつの朝
だんだん
春めいた
陽の強さ
ロールケーキのうたや
チョコのうたを聴きながら
バンジョーを渡されたので
夜のうたをうたう

夜のお弁当を食べると
体があったかくなって
白湯も飲


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立春

2016年02月04日 | 生活
立春
これだけ
海の近くにいるというのに
その恵みを見るまでもなく

ひらめ
西へ向かった

豆のおいしさ
一日おくれの
歳の数豆
肉まんのうた
サンドウィッチのうた

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ららら

2016年02月03日 | 生活
エレベーター前
掲示板の記事
温水器のメンテナンス

帽子の人
あらわれ
わたしたち
風の中で
立ち話
帽子の人は
庄内緑地に
友人と
散歩してきたのだという
この寒さの中
けれど
元気そうでよかった

寒いので
白湯
節分なので
太巻き

ららら
と歌って
夜の街を
歩いていた

きらきら光るは
お星ではなくて
ここに立っているなんて
思いもしなかった


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