『新修 斑鳩町史 上巻』の紹介、それも考古学の研究成果の紹介が続いていますので、ここらで一度、気楽な内容をはさみましょう。
「聖徳太子はいなかった」説は、マスコミを含め、素人の興味を引きがちなので、以前からネットにたくさんの関連記事があがっていました。また、1400年遠忌の前後には、各地で様々なイベントが行われ、また雑誌の太子特集や太子関連の書物・ムック類もいろいろ出されており、ネットで検索するとそれらもヒットします。
そうしたイベントや刊行物やネット記事などの中には、聖徳太子について本格的に研究していない人が書いたり語ったり、あるいは企画のまとめ役をやっていたりする場合が少なくありませんでした。以前は、花山信勝、金治勇、望月一憲などのように、熱烈な太子信奉者であって、一生を太子研究に捧げた研究者、あるいは坂本太郎のように幅広い研究をしつつ太子研究に全身全霊で打ち込んだ学者がかなりいたのですが、現在はそうした人はいません。
つまり、古代史学、仏教史、美術史、考古学、建築史その他の専門家が、自分の専門の立場から、時に聖徳太子ないし太子に関連する事柄について研究論文を書く、といった程度になっているのであって、中には太子研究にかなり力を入れている研究者も数人いる、といったところが実情です。
だからこそ、このブログでは、聖徳太子に関するそれらの諸分野の最近の論文や研究書を紹介しているのです。そのため、考古学や美術史などの専門家が、その領域に限定して聖徳太子や法隆寺関連の論文を書くなどはできますが、聖徳太子の全体象に関する最新の研究状況を語ろうとする場合、「このブログを見ないと、現在の状況を知ることはむずかしい」という状況になっているのです。
しかし、上で述べたようなイベントや雑誌の特集、ネット上の対談などで聖徳太子について語っている人には、太子や関連する事柄について本格的に研究した論文を書いたり本を出したりしていない人が目立ちましたし、このブログを見てないと思われる人がほとんどでした。
つまり、古代史の世界、考古学の世界などでかなり名が知られた研究者や、聖徳太子と関係深そうな研究所の役職を務めている(務めた)研究者などが引っ張り出され、聖徳太子に関する学界の最新の説、ないしは自分の新しい発見であるかのように語ったり書いたりしている場合が多かったのです。
中には、「聖徳太子研究の第一人者」とか「聖徳太子の専門家」などの肩書きで紹介されている人もいました。そう称されておかしくない人も数人います。ただ、そこまででない研究者の場合も、イベントなどでの紹介はどうしても大げさになりがちでし、雑誌が特集を出す場合などは、監修者について「~や~が専門だが、聖徳太子についてもかなり前に論文を書いたことがある〇〇教授」などとは表記しにくいでしょう。
そうした人を見分ける簡単な方法は、論文データベースである CiNii(こちら)で、「フリーワード」欄にその人の名を入れて検索することですね。大量にヒットする場合は、「人物」欄にその人の名を入れ、「フリーワード」欄に「聖徳太子」とか「法隆寺」とか入れて検索します。
個別の事柄に関する題名で書いている場合もあるため、論文の「タイトル」蘭ではなく、「フリーワード」で検索することが重要です。「厩戸王」とか「上宮太子」いう語を用いている人もいますので、念のためにそちらでも検索すると良いでしょう。
たとえば、現代における代表的な聖徳太子研究者の一人である東野治之氏を例にとると、「人物」欄に「東野治之」、「フリーワード」欄に「聖徳太子」と入れて検索すると12件ヒットし、本も出しており、学術雑誌にそうした内容の論文を多数書いていることが分かります。
また、「人物」欄に「東野治之」、「フリーワード」欄に「法隆寺」と入れて検索すると、28件ヒットし、題名だけ見ても細かな検討をした論文を多数書いていることが知られます。
東野氏の名前だけを「フリーワード」欄に記して検索すると、324件ヒットし、古代史の様々な分野について実にたくさんの論文、それも題名から見てきわめて学術的で詳細な論文を書いていることに驚かされます。
「フリーワード」欄で検索したのは、東野氏の本に対する書評や、論文に対する批判が出ている可能性があるためであって、そうしたヒット数が多ければ、それだけ注目されている証拠、ということになります。
あまり論文を書かず、時間をかけて研究書を出すタイプもいますので、その場合は、諸大学図書館のデータベースである CiNiiBooks(こちら)で著者名で検索してみると、どんな本を出しているかわかります。東野氏の場合は、68件ヒットし、古代史に関する幅広い内容の学問的な本を出したり編集したりしていることが分かります。
これに対して、Amazonなどで著者名で検索すると大量の本がヒットする人でも、題名や出版社を見れば、一般向けの本やムックなどの監修ばかりであって、実際にはライターや若手任せで自分では論文を書いていないらしい、といったことが分かったりします。
また、本を出しているからといって、きちんとした内容であるとは限りません。「邪馬台国は自分の故郷の何々遺跡がそれだ!」などといった本でも出してくれる自費出版専門の出版社はたくさんあります。ですから、どのような出版社から出しているかも重要です。あやしい本や雑誌や一般向けすぎるムックなどの場合は、大学図書館には入っていないこともよくあります。
また、有名な出版社から出していてもお粗末きわまりない内容である場合もあることは、このブログの珍説奇説コーナーでとりあげた人たちが示している通りです。出版界はきびしい経営状況ですので、とにかく話題になる本を出さないとやっていけませんし、著書との長年のつきあいで出さざるを得ない場合もあるのです。
聖徳太子について学術的な本や論文を出している人でも、20年くらい前のことであって、最近はまったく太子関連の論文を書いていないといった研究者もいます。この場合は、本を出した後も関心を持って調べている場合もありますし、その研究者自身は業績をあげている勝れた学者であっても、最近は他の分野の研究に力を入れていて聖徳太子についてはあまり研究しておらず、最近の学界の研究動向には詳しくない可能性もありえます。
「聖徳太子 最近の説」とかで検索するとヒットする人については、こうしたやり方で調べてみることをお勧めします。CiNiiでは、最近は論文の情報だけでなく、PDFへのリンクが貼ってある場合が増えてきていますので、そうした場合は、論文を読んでみることもできます。そうすると、どういう学風の研究者であるかが判断できるでしょう。
大学や研究所に所属する研究者の場合は、researchmap(こちら)に登録するのが原則ですので、そちらで探して学歴・職歴・業績などを知ることができますが、文系でパソコンが苦手な人や面倒くさがりの人、あとあまり業績がない人は、きちんと書き込まない場合が多いですね。
なお、CiNiiで「聖徳太子」で検索すると大量にヒットする人でも、国家主義の立場で太子を礼賛する文章ばかり自分たちの雑誌に連載しているような人もいます。また、西洋美術の研究者であったのに史実無視の日本礼賛者となり、トンデモ本ばかり書き散らすようになった田中英道氏のような人物もいますので、大学教授だったからといってすぐ信用せず、注意することが必要です。
素人読者は、このブログの「珍説奇説」コーナーで扱った梅原猛の「法隆寺怨霊鎮魂説」、井沢元彦の「逆説」ならぬ珍説日本史、古田武彦とその素人信奉者たちの九州王朝説などが示すように、珍奇な主張を「真相」だと断言し、他の研究者の学術的な研究を居丈高にこきおろす声高タイプにだまされがちなので。