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kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

しろあと歴史館の「芥川山城跡 発掘調査速報展」に行ってきました。

2021年02月04日 | 観戦・鑑賞・参観・見学ほか
「芥川山城跡」は、2019年にハイキングで行った三好山にありました。

高槻市しろあと歴史館


令和3年1月28日 新聞掲載

朝日新聞・読売新聞・産経新聞・徳島新聞 に掲載されていました。


新聞の記事によると、大阪府高槻市の芥川山城(あくたがわさんじょう)跡で、櫓(やぐら)の機能を持っていたとみられる蔵の跡が見つかり、市が発表した。

戦国時代後期に近畿、四国に勢力を広げた三好長慶(ながよし)(1522~64)が城主だった時期で、城を権力誇示の象徴にした時代の先駆けだった可能性がある。

出土品の展示と、発掘調査の様子

えっ!これだけと思いましたが・・・(^^ゞ

発掘調査の場所

芥川山城は標高182メートルの三好山に築かれた戦国期の広大な山城です。
山頂の本丸より一段下の曲輪(くるわ)を調査し、建物跡を確認しました。

ドローンで見ると、頂上はお弁当を食べたところですが
そのすぐ下で2段目の景色を見た西側が、発掘調査のあった場所でした。
あの時は木が茂っていただけの所です。

北から見る発掘調査

南側に見えるビル群はJR高槻駅周辺です。

芥川山城跡

頂上の西側でお弁当を食べていたので
その下がこの辺りになります。


調査の建物は南北に建っていました。


塼(せん)列建物

4,2メートル四方に置かれた礎石と、内部の床を支える束石(つかいし)のほか、「塼(せん)」と呼ばれる高さ27センチ、幅22センチの瓦製の板が建物を囲むように地面に差し込まれていた「塼列(せんれつ)建物」だったことが判明しました。



塼 :基壇を支える基礎
礎石:建物の柱を受ける土台石
束石:木造建築の床束などの下に据える石
礫石:河原石のように表面の風化した石

模式図


南側突出部

発掘場所が分かってスッキリしましたが
芥川山城のことを、もっと知りたかったです。(^^ゞ
コメント
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