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ビエンナーレで失敗した神戸が雪辱? 見応えあるTRANS-

2019-11-01 | 美術

神戸ビエンナーレで失敗を経験した神戸市はあまりにも「石橋を叩いて」でスタートしたのだろうか。TRANS-は、宣伝が足りないように思える。公開されていない展示スペースへの移動の間、出会った美術史研究者の方は、「問い合わせに対する対応など運営の仕方が問題」旨おっしゃっていた。

出展作家はたったふたり。やなぎみわとグレゴール・シュナイダー。やなぎは神戸市兵庫区出身。会場は、兵庫区の新開地や長田区など三宮など洗練された地区ではなく、神戸でもディープゾーンと言われるところ。神戸の地理について詳しくない人のために紹介すると、いくつかある会場のセンターとなった兵庫区新開地は、労務者の街、そして風俗の街。会場の一つ、兵庫港界隈は川崎重工業や三菱重工業など造船で栄えた街で港湾労働者の街、そして新長田は在日朝鮮・韓国人も多く、阪神・淡路大震災で壊滅的打撃を被った街。

会場選択はすごい。その最たるものが、旧兵庫県立健康生活科学研究所(「消えた現実」)。目的は県民の「健康生活科学研究」なのだろうが、そのためにしていたのは動物を使った実験など。シュナイダーのインスタレーション(展示後、「兵庫荘」などは解体されることが決まっている)は普通に任せておけば、その歴史を無視して解体、胡散霧消される実態を、止めることによって記憶の淵に留め置くことを目指していると思える。旧兵庫県立健康生活科学研究所のあるフロアは天井も壁も全ての造作が真っ白に塗られ、時が止まったかのよう。しかし、事務室であったであろう部屋はついさっきまで働いていた人がいたかのように机も器具も書類も全て乱雑に遺されたまま。そして、屋上の動物をつないでいたであろう檻は、極彩色の動物の斎場であった焼却場は無残に姿をさらす。そう、人間の記憶は一般的に都合のいいように上塗りされるし、流れるままにしておけばやがて忘れ去られ、留められない。特に負の記憶は。動物実験そのものは、人間の「健康生活科学研究」のために合理化されるが、筆者は会場で日中戦争時の七三一部隊が戦後、ミドリ十字に繋がったことを想起せざるを得なかった。

シュナイダーのインスタレーションは、兵庫荘でも展開される(「住居の暗部」)。港湾労働者が住んだ「荘」は1畳ちょっとほどの寝るスペースに申し訳程度の収納スペースがある二段ベッドを含めた4人一部屋のプライバシーの全くない空間。お風呂やトイレなどはもちろん共同だ。1950年に開設、2018年に閉鎖されたそのプライバシースペースには酒瓶や競馬新聞などが残され、全て漆黒に染められている。スタッフに渡された小さなライトを足元に照らしながら進むと、このような昭和の学生寮(それも北海道大学の恵迪寮を想起させる)みたいなのがついこないだまであったことに驚くとともに、ここに住み、働いていた人たちはどうなったのだろうかと思う。シュナイダーはここでも記憶のピン留を描いたのだ。

ある意味、極め付けなのは、神戸高速鉄道の地下通路に設営された「条件付け」。何があるのかとドアを開けたら、なんてこともない浴室。次のドアを開けたらまた同じ浴室。次も開けたら…。パブロフの犬なら慣れてしまうかもしれないが、これが永遠に続くとなると人間にはきつい(はずだ)。しかし、人間は慣らされる存在だ。神戸市営地下鉄駒ヶ谷林駅コンコースの会場(「白の拷問」)は、アメリカ軍がキューバに秘密裏に設けた、グァンタナモ湾収容キャンプ内の施設を再現しているものだ。シュナイダーが収監者の証言を元になどして再現したものだが、ベッドと便器、手洗いしかない究極の殺風景。ここで、ムスリムに豚肉を食べるよう強制したり、裸でピラミッドを作らせていたのかと思うと、ドイツ映画「エス」を思い出させる。人間だけが一番非人間的になれると言ったのは誰だったろうか。しかしここも慣れるのだろうか、収容者も監視者も。

あいちトリエンナーレで問題になった表現の自由、政治的メッセージにあふれたドイツのドクメンタなど、美術表現は現実の政治課題と無縁ではいられないとは筆者の持論だが、シュナイダーの手法はヒトの記憶の有限性を問題にしている点で、ある意味、あいトレやドクメンタより本源的に深く考えさせられるものを含んでいる。やなぎの公演を見ていないし、その他会場で繰り広げられるパフォーマンスも見ていないし、私宅を会場にしたインスタレーションには触れず、シュナイダーだけになってしまった。しかしかなりのオススメである。(兵庫県立健康生活科学研究所の焼却炉)

 

 

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