kenroのミニコミ

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物語で知るナチス下フランスの村の話 「アーニャは、きっと来る」 

2020-12-02 | 映画

原作は児童文学だそうである。しかし訳者も評しているとおり、内容は決して「子供だまし」ではない。12歳の牧羊見習いの少年ジョーから見た戦争。そこには大人なら知っているユダヤ人差別やナチスの非道について、都市から遠く離れた農村だということもあり、彼は知らない。スペインとの国境ピレネー山脈の小さな村レスカンにもナチスの手は伸びて来る。駐留するドイツ軍は割と友好的だ。穏やかで村人とも対等に付き合う伍長ホフマンと仲良くなり、一緒に鷲を見に行ったりする。しかし、羊を追っている時熊に出会い、逃げた山中娘と別れて、今はユダヤ人の子供をスペイン側に逃そうと計画するベンジャミンと出会うことで、人生が変転していく。ベンジャミンを匿っている村はずれの偏屈バアさんオルカーダに食料を運ぶ役を引き受けることになるのだ。やがてジョーの頼りになる祖父アンリ(実はオルカーダをずっと好きだった)、捕虜となっていた父ジョルジュも還って来て、村をあげてユダヤ人の子供を助けようとする。一方、ベンジャミンは強制収用所送りになるところをすんでのところで逃れさせた娘アーニャとの再会を待っている。

登場人物が分かりやすい。日々成長するジョーと仲の良い多動の少年ユベール、子供らを羊飼いに化けさせ山越えを発案するジョーの母リーズ、教会の神父、冷たい雰囲気と貫禄のナチスの中尉など。それぞれの役割が明確で、個々の微妙な心の揺れが詳しく描かれるのはジョーとホフマンだけだ。冷酷無比の権化とされるナチス将兵にこんな人間臭く、おおらかな人がいるのかと思うが、人間は一様ではない。ジョーも未熟な羊飼いだが確実に成長していく。

実話ではなく、創作なのでどうとでも描けると言ってしまえばそれまでだ。しかし多分、実際未熟な目から見た戦争の実相は必ずあり、冷酷だけではなかったナチス将兵もいただろう。事実フランス側から中立国スペインに農民らによって逃れたユダヤ人は7500人に及ぶという。近年のナチス映画では、一市民がユダヤ人を匿ったり、助けたりする作品が多い。「ソハの地下水道」(2011)、「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」(2016)、「ユダヤ人を救った動物園」(2017)など。いわば市井の小さな人、小さな話から人を助ける、それも逃れられない死が待っているユダヤ人を救うという物語へ。小さな物語の積み重ねと、普段からその物語の準備という精神性と差別を許さないという批判的視点。その積み重ねが次代のホロコーストやジェノサイドを防ぐのだという思いでフィルムは作り続けられているのだろう。

作中、レスカンの村人が第2次大戦を「グレート・ウォー」と呼び、ナチス中尉が、否定し「現在の戦いがグレート・ウォーだ」という下りがある(フランスが舞台なのに会話が全て英語というのはさておき)。ドイツにとっては第1次大戦の屈辱が、究極の排外主義ナチスの伸長を許したとの歴史的解説がなされるが、過去の戦争をどう評価、命名するかという課題は、再びその惨禍を引き起こさないという人間に普遍的に課された宿命とも思える。

そして、ジョーも一家も、ユダヤ人の子供らを助けるモチーフとなった羊(飼い)は、言うまでもなくキリスト教における犠牲の象徴である。

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