たんなるエスノグラファーの日記

エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために

すべての実在を引き受ける不在への態度

2007年12月29日 22時57分40秒 | 文献研究

私用でここ数日関西に留まったが、今日は少しだけ時間があったので、雨のさなか、宇治の平等院に足を伸ばした(写真は鳳凰堂)。極楽浄土をイメージした鳳凰堂の仏教芸術の素晴らしさとその展示の巧さについてはとりあえず置いておくとして、平等院の鳳凰堂が、今から954年前の永承8年(西暦1053年)に建立されたという歴史的事実について、あるいは、その事実の時間了解について、以下、できの悪い覚書。

浄土教の影響を受けて、平安時代の仏師・定朝によって、阿弥陀仏坐像が作られ、さらに、壁には、天女のような雲中供養菩薩像52体が掲げられているという、拝観時の解説者の説明を、わたしは、納得しながら聞き入ったのであるが、はたして、わたしは、どのような態度において、わたしが直接には想起しえないような、そのような歴史的な事実を承認したのだろうか。いいかえれば、わたしは、わたし自身が直接観察したことがない事柄を承認したことになるのだ。

そういうふうに考えるのは、わたしが最近読んだ『「時間」を哲学する:過去はどこへ行ったのか』(中島義道、講談社現代新書、1996)のまったくの受け売りである。

中島義道は、そのようなわたしが直接知覚しえない過去の事実を承認する態度について、以下のような語り口で説明しようとする。

 現実世界のほとんどをあなたは現に知覚していない。しかし、その不在を含めてそれが実在していると了解している。なぜ、こんな了解ができるのか。それは、・・・(中略)・・・あなたが現在するものではなく現在しないもの・不在のものを通して、すなわち「不在への態度」を通して実在性という概念を了解しているからです(151ページ)。

 「ああ今日は暑かった」とふと語るそのときに移行がなされるのです。昼間の暑い体験を過去形の文章でとらえることによって、それが「もはやない」ことを言い表している。つまり、涼しいという現在体験に加えて不在としての暑さの体験をそこに現出させているのです(158ページ)。

 たしかに、数百億年昔のビッグバンを私は想起できませんが、過去とは何であるかを思い起こしてみると、それは同時に「不在への態度」が開かれる場であり・・・(中略)・・・ビッグバンが「あった」ことを私が承認することは、昨日起こったはずの直接経験しない膨大な事象を私が承認することとまったく変わらないのです(167ページ)。


本を読んだときには分かったような気がしたけれど、抜書きしてみると、なんだかハッキリとしない。その「不在への態度」とは、いったいどのようなものであるのだろうか。

それは、例えば、男女が恋愛する過程で、お互いの過去について、虚飾や嘘や思い違いも含めて、話し合う。二人はお互いに、間接的に聞いたことだけを承認するのではなくて、まだ見ていない聞いていない過去の事柄について、必要であればいつでも承認しようとする態度をもっている。つまり、そのような「間接的にさえ私が体験しなかった事象に対しても、それが過去に実在したということをいつでも承認する態度」(121ページ)こそが、「不在への態度」だという。わたしたちは、そのような「不在への態度」を介して、すなわち、「自分が体験したことと並んで自分が体験したのではない膨大な事象が過去に実在したことを、いつでも受け入れるような態度」をもって、過去を経験する、時間を了解するのだという。つまり、そのような「不在への態度」をもって、わたしは、平等院の建立という過去時間を了解したのである!(へ~)。

そのような中島の哲学的な時間論の観点からは、時間を運動する一本の線のようなイメージで捉える物理学の時間論は批判されることになる。時間は、過去に、未来にわたって、どこかにあるわけではない。
http://blog.goo.ne.jp/katsumiokuno/e/89fbb126046408689404d6d26075e93e
さらには、そのような物理的時間を括弧に入れて、現象学的な態度に基づいて、過去・現在・未来を捉える立場も同様に批判される。「不在への態度」こそが、時間了解の基礎だという。

中島義道の時間論が面白いのは、物理学や現象学が前提としているような客観的な時間の次元あるいは秩序に対する特有の視点である。それは、「時間が速く過ぎ」たり、「遅く過ぎ」たりすることに対することへの説明に端的に表れているような気がする。

 一般に、過去の客観的「遠さ」とその感じにはいつでもずれがあるのです。三年前のことが一年前のことより「近くに」感じられたり、二〇年前のことが三〇年前のことより「遠く」に感じられたりすることは
しょっちゅうです。われわれは、じつのところカレンダー・日記・新聞・写真・テープ・他人の証言などさまざまな証拠によって、さらに因果関係を適用し推理をたくましくして、実感にさからって客観的順序をつけるのです。
 ここに見えてくることは、実感にさからって客観的順序をつけるからこそ、実感にもとづいて「もうそんなに経ってしまったのか!」という詠嘆が生まれる、ということです。つまり、時間の速度とは過ぎ去った過去時間の客観的長さと主観的長さ(実感される長さ)との「ずれ」を表現するさいに登場してくるらしい(66ページ)。

過去の時間は、必ずしも、客観的な線の上にはない。実感として、つねに、ぼんやりと感じられたり、間近に感じられたりするものである。それを、わたしたちは、客観的な時間の秩序の上に位置づけた上で、それとの距離の「ずれ」を語っている。人間の時間経験のなんたる「過剰」なことか!

ところで、わたしが、時間の問題に特大の関心を抱いたのは、サラワクのプナンの時間感覚に大きな驚きを感じたことに由来する。
http://blog.goo.ne.jp/katsumiokuno/e/d87380cfa38c8884cb317393612e757c
はたして、上のような哲学的な考察が、わたし自身が抱えている、「時間の起源」「時間観念の発生」をめぐる問題にどのような方向を与えてくれるかという点について、いまだに整理できていないが、中島義道は「時間という不在に対する態度」という言い方で、以下のようなことを述べているので、そのことを、最後に書き留めておきたい。

 農業が可能であるためには膨大な「認識」が必要です。かつての試行錯誤における太陽や気温や水や害虫との関係を憶えていなければならない。「いつ」種を蒔き、「いつ」水をやり、「いつ」除草し、暴風雨のときにはコレコレ、害虫が発生したさいはコレコレ、日照りの場合はコレコレ・・・・・という膨大な経験則の上に、はじめて稲作は可能です。眼前のチョロチョロ生える稲は、これから来るべき害虫や疫病や日照りや台風といったおびただしい「不在のもの」への態度に裏打ちされて収穫に至らねばなりません。それは、人間が過去の気象状況や害虫発生状況などを記憶していることであり、またそれを未来に向けて予期することでもあります。つまり過去のデータを未来に延ばすことです。・・・(中略)・・・
 思い切り具体的に語りますと、われわれ(個体や種)を生かすものや殺すものこそ実在であり、しかもそれに関する不在への態度、つまりただちに飛びかかったり逃げたりするのではなく、時間的空間的距離をおいて熟慮してそれに迫る態度が「認識」なのです。こうした態度で時間に対することが、とりもなおさず客観的時間を「認識」することなのです(46ページ)。

中島義道を援用すれば、間接的にでさえわたしが経験しえなかった事柄についても、それが過去に、さらには未来において実在した(するであろう)ことについてじっくり考えた上で、日常の暮らし(=生業)のなかへと経験的に組み込んでいくようなことが、客観的な時間を認識し、了解することへとつながるということになるのかもしれない。


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