我が山荘は平面図的には単純な長方形をした建物である。
南側北側の壁が水平方向で長さ8m、東側西側のそれが6mというコンパクトなものだ。
南側と北側の壁面では、窓の直上から45度の角度で軒が垂れ下がり、外壁から70-80cmほど外に突き出している(この点に関しては、鎌倉の自宅も同様である)。
最初の画像(↓)の通りだ。
山荘も自宅も掃き出しの窓は設けていない。
この軒と窓の位置や方角の関係が確保できれば、夏の暑い盛りに南からの日光が屋内に直接射しこんでその壁や床を温めることはない。
したがって屋内の気温がどんどん上昇することもない。
降雨時もこの窓を開けていられるので、通風も確保できる。
ところが、最近の日本の住宅は軒や庇がほとんどないものが多くなった。
地球温暖化で夏の外気温は危険なほど高くなって来たというのに、屋内を自らどんどん温めるような設計の住宅が多くなって来た。
私は以前からそれをとても不思議なことと思っていて、3か月ほど前にこのブログで「避暑地目的の山荘なら、もはや「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(徒然草 by 兼好法師)」を書いた。
この現象はあまりに不思議なことなので、その後、私は建築家のウェブサイトをあれこれ当たって、その原因を調べてみた。
まとめると、以下の5点に分けてその原因が説明可能なようだ。
【外観的問題(1)】
わかりやすい原因としては、まず住宅デザインの洋風化あるいは和風デザインの現代化があるようだ。
住宅メーカーは基本的に自社のコンセプトにお客さんをはめ込むようなことをするので、洋風デザインがウリのメーカーに施工を頼んだ施主は、自動的に軒や庇の小さい、あるいは全く無い家に住むことになる。
一方、和風のデザインの家は本来美しく軒が出るはずだが、はやりのデザインはモダン和風だそうで、軒や庇も小さく、あるいは全く無くなってきている。
これ(↓)は木造でもないし和風とは言えないだろうが、有名な建築家安藤忠雄の有名な作品で「住吉の長屋」。
つまりこうしたデザインを究極な形として、これに近いものが多くなってきているということなのだろう。
【外観的問題(2)】
5年くらい前だろうか、よく売れた小説に狭小邸宅というのがあった。
「狭小」な「邸宅」とはオクシモロン(撞着語法)で、タイトルから想像つくように、不動産業界を扱ったおかしな小説だった。
都心やその郊外にこの本の表紙の絵のような家が増えているのだ。
都心に近くなるほど土地は高価であり、遺産でも受けとらない限り、個人が購入できる土地の面積には限りがある。
一方都心に近いと建蔽率、容積率はそこそこ大きい区域もあるので、そうした場合に、こんな外見の家が建ちやすい。
軽のワンボックス・カーと同じで、法的に許容されるぎりぎりの幅や奥行きや高さに調整された設計だ。
外壁から隣地境界線までの余裕もあまりない。
当然ながら、こうした住宅で1階、2階、3階それぞれに軒や庇を大きくつけるのは不可能であるか、あるいはつけたらデザイン的に変になってしまう。
【カネの問題(1)】
次はコストの問題だ。カネの問題である。
しかも施主側のカネの問題というより、設計者や施工者側の問題が大きいというところが複雑だ。
当然ながら、まともな設計者なら、建物を雨水から守り、日照をうまく遮ってくれる軒や庇の重要性はわかっている。
しかし住宅建築を受注する上で、施工者や設計者サイドにとってそれは厄介な問題でもあるのだ。
単純な話、軒や庇をつけると、その分住宅価格が上昇するからである。
施主はおおむね素人である。軒や庇の重要性などあまり認識がない。
月刊ハウジングなんて雑誌を見ても、軒が長く出た住宅などあまり出で来ないし。
したがって施主はその点に重きを置かない。
一般に施主が複数の住宅メーカーや工務店にコンタクトして比較するような場合、より安価な住宅を提案した住宅メーカーや工務店の方が、当然ながら有利になる。契約をとれる可能性が高くなる。
そんな時、施主が関心を持たない立派な軒や庇をわざわざ設計に組み込み、住宅価格を引き上げて提案する良心的なメーカーや工務店は稀だ。
【カネの問題(2)】
次に施主側のカネの問題。
施主も施主で、工務店側に対して「貴社のつくる住宅の平均的坪単価はいくら?」なんて質問をよくする。
坪単価が安いという理由で決めてしまう施主もいる。
住宅メーカーのカタログにも「坪単価〇〇万円」と書いてあることがある。
しかし坪単価=住宅価格 ÷ 総床面積だ。
軒や庇を作ることは価格上昇要因だが、それを作っても総床面積は変わらない。
だったら軒や庇なんてあまり作らずに「坪単価」の安い住宅を設計して、坪単価をやたら気にする施主に提案した方が、工務店にとっては契約が取りやすいことになる。
しかし坪単価ほど雑な指標はない。
簡単な例で言うと、ご覧の通り、我が山荘は1階だけ壁を立ち上げ、そこに切妻屋根を載せただけのシンプルな構造だ。
平屋にして天井全体を吹き抜けにすることもできるし、1階の壁を立ち上げたところに板を載せて2階の床とし2階全体を屋根裏部屋にしてしまうこともできる。
総床面積は、後者のつくりでは前者のつくりの2倍近くになるわけだ。
一方、住宅の総工費はどちらでもそんなに変わらないので、前者か後者かでいわゆる坪単価は劇的に変わる。
そんな坪単価で、住宅の是非を判断できるだろうか?
また坪単価は、住宅に使用された資材や建具のグレードや工法の違いをなんら考慮していない。
総価格を床面積で割っただけの数値だ。ほとんど意味がない。
【カネの問題(3)】
最後は最もややこしい話だ。
軒を出せば出すほど、そのコストは乗数的に高くつくのである。
暴風や竜巻が起こった時、屋根全体が吹き飛ばされた家の話がテレビ・ニュースに取り上げられることがある。
ああいう時にニュースになるのは、軒がちゃんと出ている家だ。
逆に言うと軒の無い家では、風に屋根材をはがされることはあっても、屋根全体を持ち上げられ吹き飛ばされることはまずない。
暴風や竜巻は家の外壁にぶちあたり、上空あるいは地面の方向に逃げようとする。
その時に軒が出ていると、屋根が暴風により、持ち上げられてしまうのである。
軒の役割を正しく評価し、きちんと軒を長く出せば出すほど、暴風の際に屋根が吹き飛ばされるリスクが乗数的に大きくなるのだ。
したがって長く十分な奥行きを確保した軒をつくろうとすると、屋根をしっかり建物に固定するための作りが必要になる。
そのコストは軒の深さに比例して高くつくどころか、先述の通り「乗数的に高くつく」(厳密ではない表現で恐縮だが)。
軒を長く伸ばすほど、屋根やその先の軒を支える棟木(屋根の一番高いところを走る木)、母屋(「もや」、棟木と並行して一段低いところにある木)、垂木(棟木と母屋の上に載せて、屋根の傾斜にそって斜めに掛けられる木)や、それらの上に載る屋根をつなぐ構造も、それに応じた強度が必要になるのである。
例えば、奥行を75cm確保した軒は風から受ける力が大きいため、その1/5の奥行きである15cmの軒と、同じ材を使い、同じつくりで、単に軒を5倍延長しただけでは済まないのだ。
****************************
以上5点で説明は終了。
多くの設計者がいろいろ書いていたが、整理すると以上のようになった。
こうした背景から、施工者サイドから施主に対して「お客様、軒を十分だしましょう」と提案することは、あまりないらしい。
そんな提案をしていたら、彼らは契約を逃してしまうかもしれないからだ。
したがって日本の住宅の軒は小さくなるか死滅してしまう傾向が顕著。
その結果ただでさえ暑くなる夏の日中に、開口部から住宅内側への太陽光の直接的侵入を許してしまい室内気温を上昇させておいて、その気温を下げるために今度はエアコンを酷使していることになる。
もしあなたが施主で、設計者や工務店側が「軒を十分にだしましょう!」とあなたに提案して来たら、その人たちは立派だ。
ぜひそういう人たちと山荘や住宅の設計・施工を契約しよう。
【つづく】
記事内にある以前の投稿「避暑地目的の山荘なら、もはや「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(徒然草 by 兼好法師)」のリンク:
https://blog.goo.ne.jp/kama_8/e/c6bb86d800c2da626e00420579146466
南側北側の壁が水平方向で長さ8m、東側西側のそれが6mというコンパクトなものだ。
南側と北側の壁面では、窓の直上から45度の角度で軒が垂れ下がり、外壁から70-80cmほど外に突き出している(この点に関しては、鎌倉の自宅も同様である)。
最初の画像(↓)の通りだ。
山荘も自宅も掃き出しの窓は設けていない。
この軒と窓の位置や方角の関係が確保できれば、夏の暑い盛りに南からの日光が屋内に直接射しこんでその壁や床を温めることはない。
したがって屋内の気温がどんどん上昇することもない。
降雨時もこの窓を開けていられるので、通風も確保できる。
ところが、最近の日本の住宅は軒や庇がほとんどないものが多くなった。
地球温暖化で夏の外気温は危険なほど高くなって来たというのに、屋内を自らどんどん温めるような設計の住宅が多くなって来た。
私は以前からそれをとても不思議なことと思っていて、3か月ほど前にこのブログで「避暑地目的の山荘なら、もはや「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(徒然草 by 兼好法師)」を書いた。
この現象はあまりに不思議なことなので、その後、私は建築家のウェブサイトをあれこれ当たって、その原因を調べてみた。
まとめると、以下の5点に分けてその原因が説明可能なようだ。
【外観的問題(1)】
わかりやすい原因としては、まず住宅デザインの洋風化あるいは和風デザインの現代化があるようだ。
住宅メーカーは基本的に自社のコンセプトにお客さんをはめ込むようなことをするので、洋風デザインがウリのメーカーに施工を頼んだ施主は、自動的に軒や庇の小さい、あるいは全く無い家に住むことになる。
一方、和風のデザインの家は本来美しく軒が出るはずだが、はやりのデザインはモダン和風だそうで、軒や庇も小さく、あるいは全く無くなってきている。
これ(↓)は木造でもないし和風とは言えないだろうが、有名な建築家安藤忠雄の有名な作品で「住吉の長屋」。
つまりこうしたデザインを究極な形として、これに近いものが多くなってきているということなのだろう。
【外観的問題(2)】
5年くらい前だろうか、よく売れた小説に狭小邸宅というのがあった。
「狭小」な「邸宅」とはオクシモロン(撞着語法)で、タイトルから想像つくように、不動産業界を扱ったおかしな小説だった。
都心やその郊外にこの本の表紙の絵のような家が増えているのだ。
都心に近くなるほど土地は高価であり、遺産でも受けとらない限り、個人が購入できる土地の面積には限りがある。
一方都心に近いと建蔽率、容積率はそこそこ大きい区域もあるので、そうした場合に、こんな外見の家が建ちやすい。
軽のワンボックス・カーと同じで、法的に許容されるぎりぎりの幅や奥行きや高さに調整された設計だ。
外壁から隣地境界線までの余裕もあまりない。
当然ながら、こうした住宅で1階、2階、3階それぞれに軒や庇を大きくつけるのは不可能であるか、あるいはつけたらデザイン的に変になってしまう。
【カネの問題(1)】
次はコストの問題だ。カネの問題である。
しかも施主側のカネの問題というより、設計者や施工者側の問題が大きいというところが複雑だ。
当然ながら、まともな設計者なら、建物を雨水から守り、日照をうまく遮ってくれる軒や庇の重要性はわかっている。
しかし住宅建築を受注する上で、施工者や設計者サイドにとってそれは厄介な問題でもあるのだ。
単純な話、軒や庇をつけると、その分住宅価格が上昇するからである。
施主はおおむね素人である。軒や庇の重要性などあまり認識がない。
月刊ハウジングなんて雑誌を見ても、軒が長く出た住宅などあまり出で来ないし。
したがって施主はその点に重きを置かない。
一般に施主が複数の住宅メーカーや工務店にコンタクトして比較するような場合、より安価な住宅を提案した住宅メーカーや工務店の方が、当然ながら有利になる。契約をとれる可能性が高くなる。
そんな時、施主が関心を持たない立派な軒や庇をわざわざ設計に組み込み、住宅価格を引き上げて提案する良心的なメーカーや工務店は稀だ。
【カネの問題(2)】
次に施主側のカネの問題。
施主も施主で、工務店側に対して「貴社のつくる住宅の平均的坪単価はいくら?」なんて質問をよくする。
坪単価が安いという理由で決めてしまう施主もいる。
住宅メーカーのカタログにも「坪単価〇〇万円」と書いてあることがある。
しかし坪単価=住宅価格 ÷ 総床面積だ。
軒や庇を作ることは価格上昇要因だが、それを作っても総床面積は変わらない。
だったら軒や庇なんてあまり作らずに「坪単価」の安い住宅を設計して、坪単価をやたら気にする施主に提案した方が、工務店にとっては契約が取りやすいことになる。
しかし坪単価ほど雑な指標はない。
簡単な例で言うと、ご覧の通り、我が山荘は1階だけ壁を立ち上げ、そこに切妻屋根を載せただけのシンプルな構造だ。
平屋にして天井全体を吹き抜けにすることもできるし、1階の壁を立ち上げたところに板を載せて2階の床とし2階全体を屋根裏部屋にしてしまうこともできる。
総床面積は、後者のつくりでは前者のつくりの2倍近くになるわけだ。
一方、住宅の総工費はどちらでもそんなに変わらないので、前者か後者かでいわゆる坪単価は劇的に変わる。
そんな坪単価で、住宅の是非を判断できるだろうか?
また坪単価は、住宅に使用された資材や建具のグレードや工法の違いをなんら考慮していない。
総価格を床面積で割っただけの数値だ。ほとんど意味がない。
【カネの問題(3)】
最後は最もややこしい話だ。
軒を出せば出すほど、そのコストは乗数的に高くつくのである。
暴風や竜巻が起こった時、屋根全体が吹き飛ばされた家の話がテレビ・ニュースに取り上げられることがある。
ああいう時にニュースになるのは、軒がちゃんと出ている家だ。
逆に言うと軒の無い家では、風に屋根材をはがされることはあっても、屋根全体を持ち上げられ吹き飛ばされることはまずない。
暴風や竜巻は家の外壁にぶちあたり、上空あるいは地面の方向に逃げようとする。
その時に軒が出ていると、屋根が暴風により、持ち上げられてしまうのである。
軒の役割を正しく評価し、きちんと軒を長く出せば出すほど、暴風の際に屋根が吹き飛ばされるリスクが乗数的に大きくなるのだ。
したがって長く十分な奥行きを確保した軒をつくろうとすると、屋根をしっかり建物に固定するための作りが必要になる。
そのコストは軒の深さに比例して高くつくどころか、先述の通り「乗数的に高くつく」(厳密ではない表現で恐縮だが)。
軒を長く伸ばすほど、屋根やその先の軒を支える棟木(屋根の一番高いところを走る木)、母屋(「もや」、棟木と並行して一段低いところにある木)、垂木(棟木と母屋の上に載せて、屋根の傾斜にそって斜めに掛けられる木)や、それらの上に載る屋根をつなぐ構造も、それに応じた強度が必要になるのである。
例えば、奥行を75cm確保した軒は風から受ける力が大きいため、その1/5の奥行きである15cmの軒と、同じ材を使い、同じつくりで、単に軒を5倍延長しただけでは済まないのだ。
****************************
以上5点で説明は終了。
多くの設計者がいろいろ書いていたが、整理すると以上のようになった。
こうした背景から、施工者サイドから施主に対して「お客様、軒を十分だしましょう」と提案することは、あまりないらしい。
そんな提案をしていたら、彼らは契約を逃してしまうかもしれないからだ。
したがって日本の住宅の軒は小さくなるか死滅してしまう傾向が顕著。
その結果ただでさえ暑くなる夏の日中に、開口部から住宅内側への太陽光の直接的侵入を許してしまい室内気温を上昇させておいて、その気温を下げるために今度はエアコンを酷使していることになる。
もしあなたが施主で、設計者や工務店側が「軒を十分にだしましょう!」とあなたに提案して来たら、その人たちは立派だ。
ぜひそういう人たちと山荘や住宅の設計・施工を契約しよう。
【つづく】
記事内にある以前の投稿「避暑地目的の山荘なら、もはや「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(徒然草 by 兼好法師)」のリンク:
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