ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

子育ての民俗

2010-10-08 06:00:00 | 矢田だより
昨日の「県立民俗博物館」企画展の続きです。
大和の子供が生まれてから、幼児、小学生と成長して大人の仲間入りをするまでの
民俗が写真と実物で展示されています。

膨大な内容ですので、抜粋してお伝えします。



「大安寺八幡神社の鳩」
奈良市東九条町の大安寺八幡神社は、子授けの神社として有名で、かっては近隣だけ
でなく、京都府南山城地域からも多く祈願に訪れたといいます。
鳩は御祭神八幡神の使いとされ、子宝に恵まれたい人は、神社に奉納されている
鳩の土人形を頂いて持ち帰り、成就すればお礼として新しいものを奉納します。
(展示説明より…以下同じ)




「乳授け、乳預けの祈願絵馬」
粉ミルクなどなかった時代、乳の出が悪いときはもらい乳をしたり、代用として
スリコ(米を石臼でひき、飴または砂糖を加えて炊いたもの)や重湯を飲ませる
などの方法しかなく、子どもの生死に直結する問題でした。乳授けの祈願絵馬も
その切実な思いの表れです。なお、同図の絵馬は、母乳が不要なときの乳預けの
祈願にも使われました。



「疱瘡神(ホウソウガミ)送り」
かって疱瘡は、最も恐れられた病の一つで、様々な祈願やまじないが行われました。
これは大和高田市辺りで行われたという、疱瘡神送りを再現したものです。
米俵の口を塞ぐサンダワラの上に、御幣、赤ご飯とともに何か赤い色のものをのせて
流します。
赤い色は、災厄を祓う色とされていました。



子守り箱と子守り籠です。小さい子どもをこの中に入れて、あやしました。



イノコのデンボ





「ジョウトンバ(尉と姥)図絵馬」
(昭和13年(1938)8月15日奉納、北葛城郡上牧町新町 春日神社 )
奈良県内では、中和地区を中心に、初宮まいりなどの際に氏子入りのしるしとして、
絵馬を奉納する風習が広く見られますが、かっては村落単位でその年氏子入りした
子どもが連名で大絵馬を奉納することもありました。
上牧町新町では、氏神春日神社の秋祭りの宵宮に村落内でその年誕生した子どもが
連名で氏子入りの絵馬を奉納し、10歳くらいの子どもたちがその絵馬を持って村中
を回って披露したということです。



「亥の神さんへの供え物」
こどもたちが作った摸擬農具を「亥の神」に供えます。
亥の神は本来「田の神」で、イノシシは多産なので稲の豊作を感謝して秋にお祀り
したようです。(変愚院)



「シャカシャカ祭り」
祭日 6月5日、場所 橿原市上品寺町
農業の季節に、農業の無事や地域の安寧を願って、県内各地で行われる「ノガミ祭り」
の一つで7歳から15歳までの子どもを中心に行われてきました。「ジャ(蛇)」と
呼ばれるわら縄をか担いで、村中を練り歩いた後、ノガミサンの木に巻き付け、お神酒
やちまきを供えます。ジャは農業に欠かすことのできない水の神の化身といわれます。



「鍵の蛇巻き」
6月第一日曜(昔は5月5日)に行われる野神まつりの一。
巨大なジャ体を作って子供たちがこれを担ぎ、引き合い、暴れつつ、ハッタンと
呼ばれる祭城まで巡行し、また手作りの農具模型をおさめたドサン箱によって、
その一年に慶事のあった家などを祝福して廻る、などの特色ある儀礼を伴うこと
によって知られている。
行事は数え年17歳のものが指揮権を持ち、17歳~14歳の「頭持ち」と呼ばれる
少年たちが中心となって行う、男の子の祭りである。
このまつりによって、村の安寧が保障される一方、子供たちはこれに参加する
ことを通じて共同体社会の生活様式を学び、ムラの一員としての自覚と、連帯感
を育んでいく。17歳でこの行事をすませると「大人の仲間入り」といわれる。



その「蛇巻き」の頭部。田原本町鍵